第2話「神雲家」

 朝食の後、信三郎しんざぶろうはみんなに言った。

 みんなと言っても、月見、花見、孝太郎の三人にだ。


「さてと……、今日は午後から見廻りに行くからな。準備しておけよ。孝太郎、お前も一緒に来い」


「は……、はい。み、見廻りですか?」


「月見、後で教えてやれ、あと、孝太郎は午前中は少し寝とけ」


「は、はい」


「孝太郎様、では後ほど……。今は少しお休み下さい。大丈夫ですよ、こちらに来たばかりの方は皆さん同じ感じになりますので」


「は、はい、ありがとうございます」


 心と身体が猛烈に疲れている……。

 色々と考えなきゃいけないことはあるが、孝太郎は横になるとすぐ寝てしまった。



 戦国時代、通常は一日の食事は朝夕の二回だが、神雲家かみくもけは未来から来た人間で構成されているため、一日三食制となっている。

 と言っても、お昼ご飯は簡単な握り飯程度だ。


 月見が握ってくれたおにぎりはとても形の良いもので、3人でそれを食べた。

 昼食時に御屋形様の姿は無かったが、月見は孝太郎に神雲家かみくもけについて概要を教えてくれた。


 神雲家は、織田家に属しており、織田家から近くの神社を守る役目を与えられている。

 それもあり、この付近の地域を便宜上は治めているそうだ。

 便宜上と言ったのは、信三郎自身が統治自体に興味がなく、徴兵の必要もないため、形式的に治めているだけらしい。


 今、孝太郎たちがいる館は、信貴城しぎじょうと言い、信三郎が未来から連れてきた人を戦国時代に慣らすための施設であり、信三郎が未来と行ったり来たりするためにも使われている。

 その中で信三郎が未来から持ってきた物は、基本的には信貴城で管理されていると言う。


 信貴城は、信貴山しぎさんという山の中腹に建てられており、西側に山を下ったふもとに神雲家の本家屋敷がある。

 本家屋敷からさらに西へ3キロほど行った場所に楽田城がくでんじょうという城があり、ここが神雲家の前線になっている。


 織田家には所属しているものの、乱世であるため、領地の周囲は自分たちで守る必要があるが、神雲家の場合は東は山脈となっているため、西に広がる濃尾平野側だけを守ればよく、その拠点として、楽田城を置いている。


 ただ、最近は東側の山脈地帯から浪人や盗賊のたぐいが流れて来ている噂を良く聞くため、見廻りでは、それらの不審人物が地域に潜んでいないかを確認する意味合いもある。


 今回の見廻りは本家を素通りし、楽田城がくでんじょうまで行き、領地を一周回る形で行われる。

 繰り返しになるが、神雲家は積極的な統治を行なっておらず、領民からの年貢や徴兵も行っていない。


 領民達は、重要な神社や仏閣をメンテナンスするために動員されており、神雲家は、その仕事と引き換えに領地を守っているという関係性である。

 ただ、領地の境界線も曖昧で、織田家以外の豪族も多く、小規模な進軍は多々見られるため、定期的な見廻りが必要になり、神雲家当主である信三郎も頻繁に見廻りに参加している。


「帰りがけに本家に寄るとしよう。孝太郎をみんなに紹介しなきゃならんしな」


「はっ、御屋形様、し、しかし、御守方おまもりがたがまだ到着しておりませんが」


「うむ、ふもとの村の一つが襲われているという報があってな。そちらに向かわせた。最近、気になることもあるしな」


「そうですか、村の皆さんが心配ですね」


「うむ、まあ、何とかなるだろう。ってことで、今日は俺たちだけで見廻りへ行こう」


「なに心配してんのよぉ、月見ぃ。別に問題ないでしょぉ」


「ハッハッハッ!その通りだ、花見!では、行くぞ」


 信三郎の後ろに花見が乗り、孝太郎は月見の馬に同乗した。

 花見は二本の刀を持ち、月見も大きな弓を馬にくくり付けた。


 初めての戦国時代、安全・平和な現代日本とは全然違う場所。

 こんな少人数で出掛けることに、孝太郎は不安を感じたが、馬はどんどん山を駆け下りてゆく。


「最近は落ち武者も、落ち武者狩りも多くなってるようで御座います。孝太郎様、しっかり捕まっていてくださいね」


「は、はい!」


「まさしく乱世だな、最近の治安は最悪だ。織田家も何やら騒がしいしな……、東の山で何かしてやがるな」


 信三郎はブツブツ独り言を言っている。


 そして、しばらく進むと、目の前に森が広がり、視界が遮られる。

 ここからしばらくは森の中の道を進むことになる。

 森の中の空気はヒンヤリしていて、とても静かだ。


「…………、静かすぎますね……」


 月見が真っ直ぐ前を向いて言う。

 一行いっこうは少し速度を落とし、周りに注意しながら進む。


「やはり」


 月見の顔が深刻そうに曇る。


「やはり、軍団の到着を待ったほうがよかったかもしれませんね」


「ふんっ、構わん、森を抜ければ本家の脇だ、このまま進むぞ」


「かしこまりました、上様」


 月見は上様という呼び方を使った。

 どういう使い分けをしているのか、孝太郎には分からない。


「軍団?」


 孝太郎にはこちらの言葉のほうが気になった。


「コータローぉ、軍団ってゆ~のは、神雲軍団かみくもぐんだんのことだよぉ~!めっちゃ強いんだからぁ!」


 孝太郎の疑問に花見が答えてくれる。


「特に闘将とうしょうはやばいよぉ~」


「と、闘将?」


「御屋形様の見廻りには神雲軍団の幹部クラス、闘将と呼ばれておりますが、その方が誰かお一人は御守方おまもりがたとして付き添う事になっているのです。ですが、今日は、他に出払っておりまして」


「月見は心配性だからな、ハッハッ」


「御屋形様の御身おんみを心配しているだけです」


「ふんっ、俺も武将だ。この程度、恐るるに足らんわ、それに、まあ、今はお前らもいるしな、ハッ!」


 信三郎が気負っているのか、余裕なのかは分からない。

 武将は信三郎ひとり、あとは女性の月見、まだ子供の花見、そして孝太郎。

 孝太郎は、この状況を見て、一気に緊張した。


(ど、どうしよう、敵が来たら僕も戦わないといけないのだろうか、と言っても武器も何も持ってないし)


 戦国時代に安全なんていう言葉はない。

 生きるか、死ぬか、その運命の別れ道が常に目の前に存在するのだ。

 平和な現代日本に生きてきた孝太郎が、死を間近に感じたことは、ない。

 

(ほ、本当に戦国時代に来たんだ)


 現実を受け入れなかった。

 現実から逃げ続けた。

 孝太郎が生きてきた世界では、現実から目を背けることができた。

 しかし、ここでは、それが、できそうにない。


「待て!」


 信三郎が小さく、強い声で言った。


 …………………………………。

 …………………………………。


 馬を止め、あたりを見廻す。

 空気が……、重い。


 いつの間にか、信三郎は槍を持っている。

 前を見ると、月見も馬に括り付けた弓を外した。


「な、なにっ?」


 孝太郎の声が裏返る。


「来るよぉぉぉ!」


 花見が叫んだ。


(な、なにが来るの?)


 今まで生きてきた中で、感じたこともないような緊張感を、孝太郎は感じていた。



[つづく]

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