時空の乱っ!〜織田信長になるはずだった男は未来を知り歴史をぶち壊すことにした〜

だうそんろめ

第1話「戦国時代に目覚めて……」

 時は1560年、戦国時代の真っ只中、濃尾平野の片隅に、神雲家かみくもけという小さな豪族が存在していた。


孝太郎様こうたろうさま、おはようございます」


「あ……、お、おはよう……、ございます」


 布団の敷かれた部屋から出ると、着物姿の綺麗な女性が笑顔で迎えてくれた。

 黒く長い髪は後ろに纏められ、首筋からうなじにかけて、白い肌が輝いている。


(嗚呼……、肌って、輝くものなんだな)


 外からの陽の光が、部屋全体にそそがれているせいもあるかもしれない。

 孝太郎は、やけにだる身体からだを無理に引きずりながら、広い居間のような場所で、あたりを見廻した。

 全く知らない人、それも女性から、様付けで名前を呼ばれた事に少し動揺している。


「あ……、あの」


「こちらへどうぞ、朝食にしましょう」


「は、はい」


(これ……、囲炉裏いろり?って言うの?)


 その周りに四人分の朝食が用意されている。

 上を見ると、古民家の天井みたいだ。

 ここは、ここは本当に戦国時代なのだろうか。

 孝太郎は彼女の対面に座ろうとした。


「あ、あの」


「は、はい!」


「申し訳御座いません、そこは……、御屋形様おやかたさまのお席でして」


「あ、あっ」


「こちらにいらして下さいね」


「あの、御屋形様おやかたさまって……」


 彼女はニコッと笑いながら、


「あなた様をここへお連れしたお方ですわ、神雲信三郎かみくもしんざぶろう様です。まもなくいらっしゃいますので、少しお待ち下さいね」


「は、はい」


 孝太郎は彼女から勧められた席に腰を下ろす。

 目の前を見ると、白飯とお味噌汁、煮物のようなもの、それと、瓶に入ったツナマヨが置いてある。


(ツナ……マヨ……?)


(ここは……、ここは本当に戦国時代なのだろうか?)


 孝太郎はジッとツナマヨを見つめる。


「あぁ、それですか」


 彼女はまた素敵な笑顔を見せながら、


「御屋形様が未来で好きになってしまったみたいで、可笑おかしいですよね、戦国時代の武将がツナマヨ好きなんて」


「あ、あなたも……、未来から?」


「ええ、月見と申します。お月見のツキミです。ここで御屋形様のお世話をさせて頂いております」


「あ、あの、孝太郎こうたろうです、って、さっき僕の名前知ってましたね、ハハッ」


(たぶん、僕の顔は相当に引きつっている……)


 それが分かり、孝太郎のは頬は少しあからいだ。


「楽にして下さいね、時空じくうを超えてくると大分疲れますし、当分は身体の怠さも残りますので」


「あ、は、はい……」


 …………………………………。


 …………………………………。


 草木の音、虫の音、鳥の音、

 生々しい自然の音しか聞こえない。


(現代社会の静けさと、ここの静けさは全然違うな)


 孝太郎は、ふぅ、と息を吐き、月見つきみの横顔を眺める。


 月見は、囲炉裏にある鍋から味噌汁をよそい、それをお盆に乗せると、ぐるりと回って御屋形様の席にそっと置いた。

 ほぼ同時にふすまが開き、


「おお!孝太郎っ!起きたかっ!ハハハッ!」


 デカイ声を上げながら御屋形様が部屋に入ってきた。


「おはようございます、上様うえさま


 月見はまさに三つ指立てて御屋形様に向かって挨拶をする。


(う、上様?)


 孝太郎もそれを真似て、


「おはようございます、う、上様」


 三つ指立てて、やってはみるが、ややぎこちない。


「ハハッ!無理するな、孝太郎ッ、仰々ぎょうぎょうしくせんでもいいわ、月見もな!」


 と言いながら、信三郎しんざぶろうは座るや否や、


 ガッガッ!ガッガッガッ!


 勢いよく朝ごはんを食べ始めた。

 いや、朝メシを掻き込み始めた、という表現が正しいだろう。


「おい、孝太郎、数日は身体があまり動かんと思うが、来週からはガンガン射撃訓練を開始するからな!いや、その前に基礎訓練が必要だなっ」


「あ、は、はい、わ、わかりました」


 孝太郎はボソボソと少量のご飯を口に運びながら答える。


「孝太郎様は射撃のお方なのですね、いま……、うちには居ないですからね」


「おお、これからはやはり鉄砲の時代だからな、長距離が撃てるシューターの確保は急務じゃ、期待しているぞ、孝太郎っ!」


「あ、は、はい……、が、頑張ります」


「ハッハッハッハ!しかし、俺は弓も好きだぞ、月見……。お前達の時代ではしっかり弓もスポーツとして残っていたしな。しかし」


 …………………………………。


「弓で戦闘機は落とせんわ!ワッハッハッハァ!」


 信三郎は勢いよくしゃべりながら、勢いよく朝食を口に運んでいく。


「おお、月見……、花見はまだ起きてこんか?」


「申し訳御座いません……。御屋形様よりも早く起きるように言っているんですが」


「構わん、構わん!寝る子は育つじゃ。それに」


 信三郎は箸をバシッと膳に置いた。


「まだ可愛らしさが残っとるうちが華よ、あやつは」


 信三郎の顔が少し強張こわばる。



 ガラッ!


 ふすまが空き、派手な着物?いや……、着物のようですそは短く、ヒラヒラのミニスカートのようになっている変わった格好の女の子が目を擦りながら入ってきた。


「あ、御屋形さまぁ、おはよう~ぉ」


「おう!花見、おはよう!よく寝れたか?」


「………、はぁい………眠いです………ふわぁ……」


 花見と呼ばれる派手な衣装の少女は、月見のすぐ傍にちょこんと腰を下ろし、彼女に寄り掛かった。

 そして、孝太郎の方を見て。


「ねぇ……、この人だぁれ?」


「あ、あの、その……」


 上手く対応できなかった孝太郎の頬は少し紅潮している。


「ハッハッハッ!こいつは孝太郎じゃ、昨日来たばかりだ」


「あ、そーなのね、アタシは花見よ。お花見のハナミ、よろしくね、コータロー」


「あ、は、はい、こちらこそ」


「で、この人は何する人なの?」


「孝太郎様は銃をお撃ちになるらしいわよ」


「へ~、そ~なんだぁ~、銃かぁ……」


 そう言うと、花見はゴシゴシと目をこすりながら……、


「そう言えば、前の人はすぐ死んじゃったよね……」


 …………………………………。

 …………………………………。

 …………………………………。


 木々が揺れる音が部屋の中に響く……。


(へ?)


 沈黙の中、全員が黙々と朝食を取り終え、月見はテキパキと片付けをする。


(死んだ?)


(な、なに?)


 静かになってしまった場に遠慮して孝太郎は何も聞けなかった。

 寝床ねどこに戻り、布団の上に腰をおろした。


(誰が死んだの???)


(何があったの???)


 生きるか……、死ぬか……。

 その分岐点が驚くほど近くに存在する世界……。

 孝太郎は今日、戦国時代に目を覚ましたのだった。



[つづく]

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