第19話

 一瞬、意識がブラックアウトしていたらしい。

 ベリアルが目を覚ますと――すぐに頭上から声がした。


「大丈夫ですか、ベリアルさん」


 Pの声だ。見ると、ベリアルに覆いかぶさるようにしている彼の黒いスーツは粉塵であちこち白くなっていた。

 周囲を見回すと、そこらかしこに巨大な瓦礫が転がっている中、アスモダイやビュレト、他のスタッフたちがよろよろと身を起こしている様子が見て取れた。


「ビュレト、一体何があった……?」

「わからん、ただ、尋常でない電磁場の乱流を観測して――重粒子砲か、これは? 一体、どこから……」


 ビュレトもまた混乱を隠せない様子。そんな彼女たちの横で、Pが周辺スタッフに安全確認を呼びかけた後、インカムに向かって口を開く。


「ベルさん、ベルさん、聞こえますか」

『――ューサー……ん、プロ…………さん! ああ、よかった、ご無事だったんですね!』


 ベリアルたちが傍受する中、Pは今現在事務所にいるベルに問う。


「ベルさん、今の状況はどうなっていますか。ドームの屋根が急に崩れて、何がなにやら――」

『ええとですね、何から説明すればよいやら――とりあえず端末でも何でもいいので、適当なニュース放送を見て頂ければ!』


 そんな彼女の言に従ってPは懐から通信端末を取り出すと映像チャンネルを繋ぐ。

 映し出されたのは、緊急ニュースのテロップ――


「……『ルヴェイユ・インダストリがスサノヲ重工に宣戦布告』?」


 さすがのPもいささか驚いた声音である。ベリアルたちも覗き込む中映像が切り替わり、次に映ったのはルヴェイユの社章が入った壇上に立つ、金髪の若い男。その顔には、いつぞやのニュース映像でも見覚えがあった。


「こいつは?」

「クレト=アルカム。先の戦争のさなかにルヴェイユ・インダストリを急成長させ、社長まで上り詰めた男です。……もっとも、戦中に反社長派の有力役員たちが一人残らず不審死を遂げたため――という理由もありますが」


 Pがそう説明する中、画面内で男――クレト社長は薄笑いを浮かべながら演説を始めた。


『さて、スサノヲ重工の諸君。見ていただけただろうか、僕たちの保有する新型荷電粒子砲【神の雷】の威力を。宣戦布告して間もないことだから、射撃出力は13%に抑えさせてもらった――まあ、新商品のデモンストレーションとでも思ってもらえれば光栄だ』


 それこそ商品の説明でもするかのように、壇上でスクリーンを指し示しながら彼は続ける。


『この【神の雷】は見ての通りの高威力を追求した新型。最高威力なら今しがた直撃したドームくらいなら跡形もなく消し飛ばせるんだが……いかんせん射程に難があってね。わざわざ運搬しないといけないところが難点……いや、そんな話は脇道だな。今君たちに伝えるべきは、二日後に僕たちが本格的な侵攻を開始するという一点だけだ』


 彼の指し示すスクリーンに、艦隊に積み込まれる無数のブラスギアたちが映し出される。

 映像の範囲内でも、相当の規模であることが見てとれる。


『とはいえ僕たちもね、このご時世いたずらに資源や物資を投入して戦争なんてしたくはない。平和的な解決ができれば一番だと考えている――そうだね、具体的にはスサノヲの保有する【ゲーティアモデル】由来の技術情報の全開示、そしてスサノヲ管轄の経済領域の1/4の無条件譲渡……このあたりでどうだろうか』


 彼の告げたその条件が無茶苦茶であることは、ベリアルたちでも分かる。要するに、撃たれたくなければ言いなりになれ……と、そういう話だ。

 スクリーンに映し出された地図、そこにマーキングされた着弾地点を指し示しながら、最後に彼はこう締めくくる。


『今回撃った地域には『人はいない』けど、次もそうとは限らない。そのことをよく頭に入れて、懸命な商談ができることを期待しているよ、スサノヲの諸君――』

『現在スサノヲ重工では対応について緊急に協議しており――』


 ルヴェイユ側の映像が終わり、再び代わってアナウンサーが喋り始める。そこで映像を切ると、Pは無言で渋面を浮かべた後、ベリアルたちに向き直って口を開く。


「……まずは一旦、事務所に戻りましょう。崩れるのが屋根だけとは限りません」


 そんな彼の提案に、否定の声を挙げる者はいなかった。


――。

 街全体がパニックに陥っている中、事務所まで戻った頃には夜になっていた。


「ああ、皆さん! ご無事でよかった……」


 泣きそうな顔でベリアルたちを迎えるベル。するとその奥、事務所のテレビモニターから別の声が聞こえてきた。


『怪我とかはないみたいね。まあ、その人が一緒なら大丈夫だと思ったけど』


 モニターでの通信越しにそう告げたのは、リンカだった。ただその服装は最近のラフな格好ではなくスサノヲ重工の制服をきっちりと着込んでいる。

 そんな彼女に、Pは真剣な表情で問うた。


「リンカさん。今どちらに?」

『緊急招集でね、今はスサノヲの本社。……ああ、でも安心して。私のパーソナルオフィスだから、盗聴や通信傍受はできないようになってるから』

「……こうして通信を頂けているということは、現況を教えて頂けるということですか」

『まあね。私の立場で掴んでる範囲で、だけど』


 そう言うと腕を組んで椅子に深く背を沈め、改めてリンカは口を開く。


『ルヴェイユからの先制攻撃の後、スサノヲの上層部からの方針決定はすぐに発表されたわ。……まるで最初からこうなることが分かってたみたいにね。『スサノヲ重工の総力を挙げての全面戦争』――っていうのが表向き、一般社員レベルまでの方針。だけど警備部門の上に伝えられた作戦指示は全然別物だったわ』

「別物、と言いますと」

『二十六から三十番までの湾岸地区へ敵部隊をおびき寄せて、【ヤタノカガミ】で一網打尽』

「【ヤタノカガミ】って……重力爆雷? 条約に抵触しかねない大量破壊兵器じゃないですか! そんなものまだ持ってたんですか、スサノヲは!?」


 声を上げたのは、ベルだった。

 重力爆雷。膨大なエネルギーによる大規模な空間湾曲と重力場の発生、それによるマイクロブラックホールの生成で辺り一帯根こそぎ喰らい尽くす、悪魔の兵器。

 爆弾の大きさにもよるが、使用されれば少なくともその瞬間に三次元半径数キロ圏内が消し飛び、続発する空間歪曲によってさらにその周囲十キロほどがマイクロブラックホールから発生する重力場によって吸引、消滅する。

 先の大戦で使用された際にはその影響で惑星の公転周期にも影響が及んだという観測データもある――まさしく禁忌の兵器である。

 血相を変えながら、ベルはリンカに問いをぶつける。


「自分ちの庭であんなもの使うとか、何考えてるんですかスサノヲは!?」


 そんな彼女の横で、冷めた様子でPがぽつりと呟いた。


「爆弾でルヴェイユだけでなく『廃棄街』も一掃する……それがスサノヲの狙いですか」

『さすがプロデューサーちゃん。大正解』


 肩をすくめてウインクでそう返すリンカ。だがそんな彼女たちのやり取りを、ベリアルたちはいまいち理解できない。


「……どういうことだ?」

「この『廃棄街』には、スサノヲ重工に対して反抗的な人間も身を潜めています。そういった勢力をこの機会に処分し、ルヴェイユの戦力も一網打尽にしてめでたしめでたし――ということでしょう」


 そんなPの説明に、ビュレトが声を荒げて反論した。


「待て、Pよ! この街にいる人間すべてがスサノヲへの反乱分子というわけでもないだろう! 無関係の人間も、たくさんいるはずだ! なのに――」

「人間は、いませんよ。スサノヲ重工にとっての『人間』は」

「っ……!」


言葉を失うビュレト。その横で、アスモダイも難しい顔で口を挟む。


「ですが、そもそもそう上手くいくものでしょうか。……そもそも今回のその作戦自体、敵が都合よくこの二十六番地区に侵攻してくる確証もない。なのにそれを前提とした作戦というのは、非論理的です」


 そんな彼女の疑問に、頷いたのはリンカだった。


『そのとおり。でも人間っていうのはね、対話をする生き物なのよ。いい意味でも悪い意味でも』


 その意味が分からず首を傾げる三人に代わって、はっとした表情を浮かべるベル。


「まさか、ルヴェイユ側から情報を漏らしている人がいるってことですか?」

『推測だけどね。でも、このスサノヲ側の作戦立案の早さを見ても最初から台本があったとしか思えないわ。ルヴェイユの現社長は色々あくどい手を使ってのし上がったから内部に敵も多い――そういう連中が社長の失脚を狙って、作戦の情報をこっちに売り渡したんでしょう』


 そう告げたリンカに、Pもベルも険しい表情を作る。


「予定調和の戦争――嫌な話です」

『本当にね。でも、こうなった以上は開戦は絶対でしょう。明日にもスサノヲ側も正式な声明を発表、明後日には予定通りにこの一帯で戦闘が開始するはず』


 そこでリンカはベリアルたちに視線を動かし、こう続ける。


『貴方たちも、早く逃げた方がいいわ』

「逃げる、だと!? ライブはどうなる」


 言い返したベリアルに、首を横に振るP。


「この状況で開催するわけにはいきません。観客やスタッフを戦場になる場所に集められませんし、会場も破壊されています」

「ぐ……」


 言葉に詰まるベリアルの代わりに、アスモダイとビュレトが並んで反論する。


「観客が入れられなくても、オンライン上に配信する方法もあるのではないですか」

「会場も、ステージ部分はそうひどい状態ではなかったぞ。あれならばまだ使える! それに、スタッフがおらずとも機械類の操作は我が遠隔操作でやってやる――」

「……それでも、できません」

「何故ですか。非論理的です」


 珍しく食い下がるアスモダイに、Pは鋭い視線を向けて。


「いいえ、論理的です。私はプロデューサーとして、ライブひとつのために貴方がたアイドルを危険に晒すわけにはいかない」

「ライブひとつのために、だと? お前がそれを言うのか、Pよ――アイドルにするためにこの我々を奪い出した、お前が」


 唸るように真っ向から睨み返したのは、ベリアルだった。

 獣じみた獰猛な笑みを浮かべながら、彼女はPに向かって静かに続ける。


「我々は戦争のために生み出され、戦場の中で育った存在――ならば戦場は我々にとって故郷のようなもの。そこで歌って踊る程度、危険のうちには入らん」

「……今の貴方がたは、ただの人間とほとんど変わらない存在です。瓦礫が落ちてきただけでも簡単に死んでしまう、小さな存在です」

「死ぬ、か。あいにくと我々に『死への恐れ』はプログラムされていないのでな、よく分からん」


 にやりとシニカルな笑みを浮かべるベリアルに、Pは戸惑うような、少し怒ったような視線を向けて。

 そんな二人に、言葉を挟んだのはリンカだった。


『……でも、待って。ライブか、それは案外悪くないかも』

「リンカさん、何を言っているんですか」


 声を荒げるPに、リンカは腕を組んだままこう続ける。

『小悪魔ちゃんたちがライブを発信すれば、『二十六番地区に人がいる』っていう確かな証拠になる。……反乱分子でもなんでもない、ただのアイドルがね』


 そう告げた彼女の意図を、ベルもまた察したようだった。


「『人間がいる』ことを大々的にアピールしていれば、スサノヲは爆弾を落とせなくなる……!」


 そんな二人の言葉に、Pは「ですが」と険しい表情のまま俯く。


「スサノヲ側が爆弾を落とさなくとも、ルヴェイユの攻撃に晒されることに変わりはない。やはり、許可するわけには――」


 なおもそう告げる彼に、ベリアルはまっすぐな視線を向けて、淡々と問うた。


「なあ、Pよ。攻撃してくるのは、人間なのだろう?」

「当然です。無人のブラスギアは現在条約で禁止されていますから……少なくとも表立ってそんなものを使ってはこないはず」

「ならば、大丈夫だ」

「……え?」


 不思議そうに訊き返すPに、ベリアルは自信満々にこう告げる。


「人間は、対話をする生き物なのだろう。そしてアイドルは、観客に己の存在を、メッセージを伝えるもの――ならば我々がやることは、全力でライブに臨んで『観客』どもに見せつけてやること。それを我々に教えたのはP、お前のはずだろう?」


 そんな彼女の言葉に、Pはその闇色の目を大きく見開いて。

 それからしばらく沈黙した後――観念したように、大きく息を吐き出した。


「……ベルさん、『会場スタッフ』の皆さんに連絡を」

「はい、ご用件は」

「ライブは予定通り決行、ついでに配信用の機材も用意するようにとお伝え下さい。それと、無理を言ってすみません……と」

「――了解です!」


 びしりと敬礼を返すベルに頷くと、次にPはリンカへと向き直り、


「リンカさんにも、いくつかお手伝いを頼めれば」

『高くつくわよ?』

「後日、必ず」

『それは楽しみ。何頼むか考えておかなくちゃ』


 そう告げると楽しげな表情で手を振り、通信を切るリンカ。

 最後にPはベリアルたちに向き直ると、その漆黒の眼差しでじっと三人を見つめる。


「……皆さんの覚悟は分かりました。こうなれば私も、覚悟を決めるとしましょう」


 そう言うや彼は――深々とベリアルたちに頭を下げて、こう続けた。


「プロデューサーとして。絶対に皆さんのライブを、成功させてみせます」


 そんな彼の言葉に、ベリアルは満足げに頷いて。


「当然だ。期待しているぞ、プロデューサー」


 したたかな笑みを浮かべながら、そう返すのであった。

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