第17話
Pの告げたその報告に、三人はしばらくぽかんとした様子で言葉を失っていた。
……そんな中、最初に発言したのは三人ではなくベルだった。
「ぷ、プロデューサーさん、単独ライブって!? 今の皆さんで、いきなりですか!?」
「はい。以前から交渉していたのですが、直近で催事もないということで使わせて頂けることになりました」
「なりましたって、すっごい都合のいい流れすぎませんか!? 皆さんまだド新人もド新人、下積みなしもいいところですよ!? まずは地下アイドル的な地道なチラシ配りとかそういうところからじゃないんですか!?」
「そう言われましても。何事も都合よく事が進んで悪いことはないでしょう」
「まあそうですが……」
何やら言い合う二人の間に、そこでベリアルが割って入った。
「ベルが何をそんなに驚いているかは知らんが、Pの言う通りではないか。我々の実力にかかればこのくらい順調に進んで当然だろう」
「さっきは皆で映像見て凹みまくってたのに立ち直り早いですね、ベリアルさん……」
若干呆れ気味に呟くベルに、アスモダイとビュレトが頷く。
「切り替えが早いのは、ベリアルの長所」
「うむ、さすがはベリアルだ」
「ベリアルさんを甘やかす環境が完成している……」
げんなりしながらぼやくベルを差し置いて、Pは三人に向き直ると――懐から通信端末を取り出して、皆に見せた。
「こちらを見て下さい」
画面に表示されていたのは、いくつものアイコンと、それに紐付けされた文章たち。
首を傾げているベリアルたちの横で、ベルが何やら感嘆の声を上げた。
「『コトアヤネ』じゃないですか。……うそ、皆さんの話題がこんなに」
「何だ、それは」
「ええと、ソーシャルネットワーキングサービス――ざっくり説明すると、いろんな人が日々の色んなことを文章化して記録する、皆の日記帳みたいなものです。そこで皆さんの路上ライブが話題になってるんですよ!」
熱弁するベルに対して、いまいち状況をよく理解しないながらも三人は画面を覗き込む。
「『けっこうカワイイけど、誰?』『無名って名前のアイドルらしい』『素人感あるけどこれはこれで』『この前の湾岸地区のチャリティーライブでも出てたよね』――」
「あ、ネット記事でも取り上げてもらってます! この写真……ママさんのお店でアルバイトしてた時の格好ですね」
見るとそれは、あの時記者を名乗っていた男が撮ったのと同じ写真である。……どうやら本当に記者だったらしい。
そんな調子で画面上の書き込みを眺め続けるベリアルとベルに、Pが再び口を開く。
「見ての通りネット上で、皆さんのことが話題になり始めています。……と言ってもまだほんの少し、ほんの小さな規模に過ぎませんが。それでもこうやって認知度が上がったおかげで、今回の企画を通すことができた。全ては皆さんの努力ゆえです。……『努力』という表現が非論理的であるなら、皆さんの『進化』ゆえ、と言い換えましょうか」
「どちらでもいい。要は、我々は上手くやっているということなのだろう? その確証が得られれば、十分だ」
にんまりと笑うベリアル。その横で、アスモダイが手を挙げた。
「それで、次の日程は? またいきなり明日、とかはご勘弁願いたいですが」
そんなアスモダイの問いに、Pは若干渋い顔になりながら答える。
「二週間後です。……これに関しては、もう少し時間が必要なところかとは思いましたが――申し訳ありません」
頭を下げるPに、しかし意外にも、三人の反応に反発や困惑はなかった。
「ふん、前回の倍の時間があるではないか」
と、ビュレト。ベリアルもまた両の手を打ち合わせて、
「人間ならば無理かもしれんが、我々ならば造作もない」
どこか楽しげな顔でそう言ってのけると、隣で困惑するベルにこう続けた。
「ベル。さっき言っていた新曲とやら――三日で全員分、作れるか」
「三日で!? 簡単に言ってくれちゃいますね……ああでも、二週間となると新曲の歌練習に、ダンスレッスンも含めると――」
俯きながらぶつぶつ呟いた後、ばっと顔を上げて彼女は叫ぶように返す。
「……ああもう、分かりましたよう! 三日と言わず明後日には仕上げてみせます! わたしだってAIなんですから、この程度なんてこたぁないですよ!」
「ありがとうございます、ベルさん」
深々と一礼するP。とそこで、アスモダイが再び口を開いた。
「曲はベルさんがやってくれるとして、そうしたら後は練習の問題ですね。前回のライブでの問題点の解消と、新曲の振り付け練習……二週間でやるとなると、少々演算がかさみそうですが」
「それについては、ご安心下さい」
そんなアスモダイの懸念に、Pはそう答えて。
「今回のために、特別講師をお招きしました」
彼の言葉と同時、事務所の扉が開いて――
「やっほー、小悪魔ちゃんたち。特別講師のリンカよ、よろしく~!」
軽快な調子でそう言って入ってきたのは、かのトップアイドル。リンカ=エーデルワイスその人だった。
この前のパイロットスーツ姿とは打って変わって、ゆったりとしたラフなセーターにジーンズという姿。そんな彼女をまじまじ見て、ベルがわなわな震えながらPに向き直る。
「なっ、なっ、なんでリンカさんがここにっ!? プロデューサーさん枕営業でもしたんですか!?」
「妙な言葉を覚えましたねベルさん。ベリアルさんたちに伝染ったら悪影響なのでやめて下さい、そんなことはしていません」
「たまたま私のスケジュールに余裕があってね。プロデューサーちゃんとは浅からぬ仲だし? こういう時に助けてあげれば、後でイロイロ役に立つかなって」
「やっぱり枕営業させられちゃいますよプロデューサーさん!」
「なんで貴方の思考ルーチンはそう俗っぽいんでしょうか……」
何やら慌てふためくベルに、若干呆れた様子で肩をすくめるP。そんな二人を楽しげに見つつ、リンカはベリアルたちに向き直った。
「と、いうわけで私が小悪魔ちゃんたちのレッスンに付き合ってあげる。時間もないし、超スパルタでやるけど――弱音は吐かないでね?」
そんなリンカの言葉に、ベリアルはふん、と鼻を鳴らして笑う。
「舐めるなよ、人間。我々はすぐ、お前も追い抜いてアイドルの頂点になるのだ――お前こそ、途中で恐れをなして逃げ出すなよ?」
「あら、お言葉」
ベリアルの挑発にくすりと笑って、それからリンカは宣言する。
「それじゃあ、皆。二週間後の単独ライブを成功させるため、全力でやるわよ!」
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