第16話

「……なんということだ」


 あの路上ライブの日の、翌日のこと。

 Pが撮影していたという路上ライブの映像を事務所で見ていた三人は、揃ってくたびれたような表情でモニターを注視していた。


「……いやぁ、酷いものですね。ベリアルのソロパート、音程が外れまくりじゃないですか」

「うるさいぞアスモダイ! お前とて、なんだこの蚊の鳴くような歌は!」

「ああ、我としたことがこんなところでステップを間違えて……うぐぐ、歌詞も間違えているではないか! ぐあぁ……」


 三者三様にそう言う通り。冷静に我に返って見てみると、彼女たちのライブは……はっきり言ってお粗末そのものだった。

 歌でメインパートを務めていたベリアルは、音程を間違えたりリズムが走りすぎていたりと勝手気ままな歌い方で、ダンスについても他二人とぶつかったり、立ち位置の間違いも多い。

 一方のアスモダイはというと、ダンスは上手くこなしていたもののそちらに気を取られすぎていて、ベリアルの指摘の通り声がろくに出ていない。

 ビュレトは歌もダンスもそこそこにそつなくこなしているものの、緊張ゆえか細かなミスが目立つし何より表情が固く、目線が観客たちに行っていない。


「こんな情けないパフォーマンスで満足していたとは、我としたことが屈辱ッ……!」

 本気で悔しがるビュレトを横目に、顔を見合わせるベリアルとアスモダイ。


「ビュレトの奴、こんなに入れ込むとは……」

「基本的に真面目ですからね、ビュレトは」


 地団駄を踏むビュレトを前にして若干我に返りつつ、ベリアルは肩を落としてモニターを切る。


「……まあ、振り返りで問題点の把握ができたのはよいことだ。あとはここからどうやって改善していくか、ということだが」

「練習だ、練習あるのみだ!」

「それだけでは非効率的です。もっと効果的な練習メニューを考えていくことも必要かと」


 そんなことを話し合っていると、その時ばん、と大きな音を立てて事務所の扉が開く。


「それだけじゃありませんよ、皆さん!」


 入ってきたのはベルだった。人間はこういうのを既視感と呼ぶのだろう、とどうでもいいことを学習する三人。


「うわ出た」

「人をおばけみたいに言わないで下さいアスモダイさん!」


 ふくれ面になるベルを半眼で見つめながら、ベリアルは肩をすくめて問う。


「今度はなんだ。また私たちに妙なことをさせるわけではあるまいな」

「妙なこととは心外な。お役に立ったでしょう、アルバイト?」

「……まあ、否定はしないが」


 彼女の斡旋であのアルバイトを経験して、人間たちと触れ合ったことはベリアルたちにとって大きな経験値となったし――それにあれが路上ライブの盛況に一役買ったのもまた事実ではある。

 不承不承頷くと、ベルはにこにこしながら両手をぽんと打った。


「よろしい。で、話を戻しますと――今日は皆さんに、そろそろ次のステップに進む準備をして頂こうと思いまして」

「次のステップぅ?」


 怪訝な顔になるビュレトに、ベルは「はい」と頷いて。


「皆さんに、『歌詞』を書いてもらいたいんです」


 笑顔のままそんなことを言う彼女に、ベリアルは眉根を寄せた。


「歌詞だと? 歌ならもうあるではないか」

「ちっちっち。今の皆さんの持ち歌はたった一曲だけじゃないですか。そんなんじゃ今後、単独ライブをしようという時にとてもじゃないですが曲目が足りません。というわけで、せっかく次の予定も未定な今こそチャンス。新しい曲の歌詞を、皆さんで是非書いてみて下さい」


 そんな彼女の言葉に、アスモダイが首を傾げた。


「非効率的です。今ある曲の歌詞は、貴方が書いたものでしょう。なら歌詞の書き方なんて分からない僕たちより、貴方が書いた方がよいのでは?」


 アスモダイのそんな疑問に、ベルはけれど首を横に振った。


「ノンノン。次に作ろうと思っているのは、皆さんお一人お一人がメインパートを務める曲ですから――歌詞も、皆さん自身に書いてもらった方がきっと良いものができると思うんです」

「そういうもの、ですか」

「そういうものです」


 有無を言わせぬ彼女の笑顔の前に、アスモダイは納得せざるを得なかったようだ。

 反論がそれ以上ないことを見て取ると、ベルは用意していたらしいノートとペンをベリアルたちに手渡す。不承不承それを受け取りながら、ベリアルはベルへと問う。


「……で、歌詞とは一体、何を書けばよいのだ。お前の書いた歌詞ではいまいちよく分からなかったが」

「ぬう、ひっかかる物言いですがまあよいでしょう……。何を、と訊かれたらそうですね――皆さんの『想い』。それに尽きると思います」

「想い?」


 難しい顔で訊き返すベリアルに、ベルは大きく頷く。


「はい、想いです。皆さんが今までに感じてきたことだったり、あるいは観客の方々に伝えたいことだったり――そういうことを自由に、皆さん自身の言葉で書いて下されば、それでいいと思います」

「感じたことを自由に、ですか。曖昧な表現ですね……」

「なに、自由ということは、何を書いてもよいのだろう? ならば私が書くことは、ただひとつ――人間どもに今度こそ君臨する、それだけだ」

「まあ……それでもいいです、この際」


 自信満々に告げたベリアルに苦笑いしながらそう言って。そこでベルは、無言で息を潜めていたビュレトの動向に気付く。


「おや、ビュレトさん――意外ですね、筆が進んでいらっしゃる」

「なっ! 見るな!」

「見てませんって。……あ、ちなみに曲についてはちゃんと皆さんの書いた歌詞に合わせてわたしが作らせて頂きますので、ご安心を。カワイイ系からかっこいい系までなんでもござれです」


 なんとも便利な話であった。

 そんなこんなで小一時間ほど、ベルを囲んでうんうんと頭をひねった末。


「……できた」


 ようやく書き上げたものを見て、ベリアルはほう、と息を吐いた。

 最初は簡単なことだとたかをくくっていたが、大間違いだった。「己の思考を言語に変換して表出する」ということはすでに慣れ親しんだ行為であったが、それをさらに文章にするというのは、彼女たちにとって新たな試みだったのだ。

 それゆえだろうか。普段言語化しているそれとはまた違う思考の表出がそこにはあって。自分が書いたものだというのに、それはどこか自分とは違うもののように見えて、ベリアルは奇妙な感覚を受ける。

 三人から受け取った歌詞に目を通して、ベルはうんうん、と満足気に微笑んでいる。そんな彼女にベリアルは、戸惑うように問うた。


「なあ、それで……そんなもので、よいのだろうか。私にはよく分からないんだ。書いているうちにどんどん、それが本当に自分が考えていることなのか、自信がなくなってきて――もっと他に書くべきことがあったのではないかと、そう思えてしまう」


 けれどそんなベリアルの言葉に、ベルは笑顔のまま、大きく頷いてみせた。


「いいんですよ、それで。そうやってベリアルさんが悩んだ末に出てきたものなら、それが一番いいものなんです」

「……悩めとか、練習をしろとか、お前たちは理解に苦しむことばかり要求するな」

「ふふ。大いに悩んで下さい。皆さんに倣って言うなら、それが皆さんを『進化』させていく大事な要素なんですから」


 したり顔でそう告げる彼女に、ベリアルは眉根を寄せながら腕を組む。


「……お前はAIのくせに、ずいぶんと人間じみたことを言うものだな」

「まあ、皆さんよりは人間と一緒にいる時間が長いですからね。……とはいえ皆さんだって、最初に比べれば人間らしくなってきたと思いますよ?」

「我々が? 人間らしく?」


 ベルのそんな言葉に、ベリアルは少なからず驚きを感じる。

人間らしくなった、と言われたからではない。そう言われたことに、さして抵抗を感じなかったからだ。

 他の二人も同じような表情をしているところを見ると、胸中は同じなのだろう。

 以前の自分たちであれば、人間などという愚かな存在と同一視されることなど決して良しとはしなかったはず。

 であるならばこれもまた、変化なのだ。……それが進化なのかは、まだ分からないが。


 そんなことを考えていると、その時事務所の扉が開いて、Pが入ってきた。


「おはようございます、皆さん」

「お疲れさまです、プロデューサーさん」


 そう返したのはベル。そういえば、昨日は事務所までベリアルたちを送り届けて早々、彼は夜中にまたどこかへ出かけていた。

 そのせいか、いつもの無表情ながら目元には少しクマが浮いていて、どことなく疲労感が漂っているように見える。

 そんな彼の様子に、流石のビュレトも少し心配そうに口を開く。


「……おい、大丈夫か貴様?」

「ああ、失礼。昨日は少々立て込んでいて徹夜だったもので」

「徹夜だと? なぜそんなことを」


 眉間にしわを寄せるビュレトに、彼は珍しく、その鉄面皮にほんの僅かな微笑を浮かべてみせた。


「昨日の皆さんの頑張りを見せて頂いて、私も頑張らねばと思いまして。……ですがその甲斐あって、少しばかり皆さんにいい報告ができそうです」

「「「いい報告?」」」


 首を傾げる三人に、彼はしっかりと頷いてこう続けた。


「次のライブが、決まりました。以前の復興支援イベントと同じ、ウズメドーム――皆さんだけの、単独ライブです」

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