第12話

「……ぬう。なぜ我々が、こんなことを」


 昼前になり、徐々に客の入りも増してきた頃。カウンター近くでそうぼやいたのはビュレトであった。


「しかもこんな、給仕用の服を着せられるなどとはあの女め。我々をなんだと思っている」


 そう言う彼女の服装は、清潔感のある白と黒を基調にしたエプロンドレス――ベルが着ているのと同じような、けれど彼女のものより丈が短めのメイド服である。


「まあまあ。こういう経験もまた、新鮮で悪くないと思いますよ。人間とこんなに間近に接することなんて、今までありませんでしたから」

「つくづく物好きだな、貴様は……」


 そんな無駄話をしていると、ママがカウンターから料理の皿を出してくる。


「お二人さん、おしゃべりしてないで、お仕事お仕事。あすもちゃんはカレー定食をあそこのテーブルに運んであげて。びーちゃんは、お会計お願い」

「カレー定食。興味深いですね……」

「食べちゃダメよ?」


 そう釘を刺されたのは、一度アスモダイが我慢できずに注文の料理を味見したことがあったからだった。ちなみに客のほうはというと「美少女と間接キスなら悪くないっス……」と妙に好感触だったので、世の中分からないものである。

 さて、手際よく料理を運びに行ったアスモダイ。しかし反面、お会計を頼まれたビュレトはというと、難しい顔をしてその場に固まっていた。

 注文をとって戻ってきたベリアルがそんな彼女の様子を見て、肩をすくめる。


「まだその人見知り、続いているのか」

「ひ、人見知りなどではない! 人間と会話しようとすると、勝手に震えと言語機能異常と体温上昇、発汗を生じるだけだ!」


 それを人見知りと言うのではないだろうか、と思いつつも、言葉には出さずにおくベリアル。元来意地っ張りな性質の強いビュレトである、指摘するのは逆効果だ。


「……まあいい、私が代わりにやってやる。会計が溜まっても面倒だ」

「いや、そういうわけにはいかん! 見ておれベリアル、この程度、我だってできる!」


 ベリアルの申し出に、しかしビュレトは首をぶんぶんと横に振ると、ぎこちない足取りでお会計を待つ一団の元へと歩いていく。

 ……意地っ張りで気難しいが、やると決めたことはやるのだ、彼女は。

 緊張をありありと見せながらも真面目に会計をこなすビュレトを眺めていると、また新しい二人組の客が訪れた。

 席に座る二人組の、壮年の男たち。服装を見ると作業員かなにかのようだ。


「注文を言うがいい」


 大股で歩み寄り、お冷を置くや否や開口一番そう告げたベリアルに、少しばかり動揺した様子ながら口々に注文を告げる二人。

 メモを取るでもなく「分かった」と戻っていく彼女の背中を見送った後、彼らはカウンターのママへと声をかけた。


「ママさん、この子たち新しい子? カワイイじゃん、ちょっと個性的だけど」

「でしょう。今日だけ手伝ってくれてるのよ」

「えー、毎日いてくれた方が華やかで良いんだけどな。いや、ママさんも華やかだけど」


 などと軽口を交わしているあたり、どうやら常連のようだった。


「この子たちはアイドルなんだって。だからウチみたいなとこで会えるだけでも感謝しなきゃ」

「え、マジかい? ……ああ、そういや昨日の復興支援のライブで出てた子たち?」


 作業員の片割れがそう言うと、他の客の中からも「ああ」と声が上がった。


「あの上手いけど変な感じの子たちか!」

「変な感じとはなんだ、変な感じとは!」


 ビュレトが怒り出すが、客の一人は気を悪くした様子もなく「すまんすまん」と苦笑する。


「まあ、なんつーか独特すぎるテンションだったからちょっとノれなかったけどよ。まだ出たばっかりで緊張してたんだろ? 次のライブとかやるなら、見に行って応援してやるぜ」

「む、むう……そうか。そうしたいなら、満更でもないぞ」


 思わぬ温かい態度に頬を赤くしながら小さく頷くビュレト。そんな彼女を、客たちが「かわいー」と囃し立てていた。

 そんな中、一人の男性客――帽子にサングラス姿の、やや浮いた風貌だ――がベリアルに声をかけてきた。


「なあ、君たち。せっかくアイドルさんとお近づきになれた記念に一枚、写真撮っても良いかい?」

「む、構わんが――何故だ?」

「記者まがいのことをしててね、珍しいものは撮りたくなる性分なのさ」

「ふむ」


 そんな彼の言葉に、あまり深く考えず了承すると彼は取り出したカメラで三人の姿を収める。ママも特に止めないところを見るに、怪しい奴というわけでもないのだろう。

 ……と、そんなことをしていると。その時不意に、天井から吊られていた電球が揺れた。

 いや、電球だけではない。ずずん、と……店全体に振動を感じて、ベリアルは眉根を寄せる。

 だが一方、他の客たちはというとあまり緊張感のない様子で、ただうんざりしたような表情を浮かべていた。


「まーた『ルヴェイユ』の連中か」

「近いな。この揺れだと、二十七番地区あたりか? ……また仕事が増えるぜ、嬉しいねぇ。クソがよ」


 口々にぼやく客たち。妙に慣れた様子の彼らを前に、ベリアルはママに向かって問う。


「なんなんだ、今の揺れは」

「あら、知らないの?」

「……最近、他所から来たものでな」


 即興の嘘だったが、特に疑われはしなかったらしい。ママは窓の外、遠くを一瞥しながら続ける。


「『ルヴェイユ・インダストリ』――太平洋の上で人工島を作って勢力を拡大してる新興企業でね。スサノヲとは比較的距離が近いこともあって、こうやって定期的にブラスギアを飛ばして嫌がらせに威嚇射撃をしていってるのよ」

「……ルヴェイユ。我々がいた頃には聞かなかった名だな」


 ぽつりとビュレトが呟く。首輪の影響で現在広域ネットワークからは切り離されている三人は、そのため電脳のデータベースの更新ができておらず、戦後の事情には疎いのだ。

 ママの話を聞いて、アスモダイが首を傾げる。


「スサノヲ重工は、この行為に対して反撃などはしないのですか?」

「しないわよ。今はどこの企業も睨み合いを続けてる真っ最中だもの、うかつに反撃なんかして本格的な戦争になったら他所につけ入る隙を与えるし……何よりアタシたちみたいな『廃棄街』の人間がどうなっても、スサノヲのお偉いさんたちには関係ないもの。ほら」


 断続的に響く振動で揺れるティーカップを押さえながら、ため息混じりにそう言うとママは棚上に置かれたテレビを指差す。

 そこでは、スーツを着た恰幅のいい老人と金髪の若い男が親しげに握手を交わしている光景が映し出されていた。


『スサノヲ重工とルヴェイユ・インダストリ間で意見交換会を実施。両社長が参加』

 画面に映る二人の社長の貼り付けたような笑顔を見て、ベリアルは眉根を寄せる。

「……なぜ笑っているのだ、敵同士なのだろう」

「裏では向こう脛蹴飛ばし合っても、表面では仲良くしてるフリをしないとお互い困るのよ。少しでも隙を見せたら、周りの企業が手出ししてくるから」


 そんなママの言に、ビュレトの前で会計を済ませていた客も肩をすくめながら呟く。


「とはいえ、いい加減イヤになるぜ。あーあ、早く平和になってくれねえかなぁ」

「……平和。貴様は平和を望んでいるのか、人間?」

 不思議そうに尋ねたビュレトに、言った客は苦笑しながら頷く。

「そりゃあそうさ、嬢ちゃん。世は並べて事もなし、平和が一番――毎日空見て怯える生活なんて、誰だってごめんさ。中央にいる企業のお偉方は、どう思ってるか分からんがね」

「……そう、なのか」


 そんな話をしていると、揺れが収まってきた。恐らく、ルヴェイユの攻撃が止んだのだろう。


「よし、そろそろ外出ても大丈夫だろ。……じゃあなママさん。また来るぜ。お嬢ちゃんたちも、ライブやるなら見に行くからな」


 そう言って立ち去る客の後ろ姿を見ながら、ビュレトはじっと、何かを考え続けているようだった。

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