第11話

「というわけで、練習をするぞ!」


 ライブ翌日。レッスン室に他の二人を集めると、ベリアルは腰に手を当てそう宣言した。

 まだ早朝も早朝で薄暗い中、ジャージ姿で体育座りで床に座っていたアスモダイとビュレトは、目を輝かせているベリアルをじんわりと見つめて――互いに顔を見合わせる。


「……事情は、分かりましたが」

「とはいえ、理解できん」


 ブラスギアは、お互いの進化を促進するために個々の経験を共有し、己の経験として活かすことができる。そのため昨晩の出来事はすでにアスモダイとビュレトにも共有され、あの少女とのやりとりの中でベリアルが何を思考し、どういった演算処理を行っていたかについても他二人は過去のログデータとして認識できていた。

 とはいえ高度に発達した彼女たちのAIは、データとして記述不可能なレベルの深思考によって緻密な戦略的判断を行う。そういった部分は、単なる情報共有のみでは伝達しえないのだ。

 だからこそ、非効率的にも感じられるが――彼女たちは時にこうして、言語化した上での直接的な会話を行う。

 怪訝な表情で、ビュレトはベリアルに口を開く。


「我々が人間について無知である、という点については認めよう。だがどうしてそれが、『練習をしなければいけない』ということになるのだ?」

「論理が不連続ですね」


 アスモダイもまたそう言葉を添える。そんな二人に、ベリアルは「うーむ」と唸りながら頭をかいた。


「正直、私もまだ正確に言語化できていない。だが昨日あの人間と話していて思ったのだ。我々は、ただの模造品ではない……人間がやるのと同じように、我々が我々自身で創り上げたライブを、人間どもに届けなければいけないと。そうでなければ我々は、人間を理解することはできないと」

「『温かみ』というやつでしょうか。人間たちは工業品よりも手作りで生産したものに対して愛着を抱くとも聞きますが」

「分からんが、そうかもしれん」


 学者肌のアスモダイは【ゲーティアモデル】の中でも珍しく、戦時中から人間の文化に対して興味を示していた変わり者だ。

 そんな彼女が言うのであればそういうものなのだろう。そう結論づけて、ベリアルは大きく頷く。

 ……ちなみに余談ではあるが、これまでの会話はすべて当初の男性声で行われている。どういう理屈かは彼女たち自身にも分からなかったが、アイドルとして使う女性声よりもこちらの方が楽に発声できるのだ。

 それゆえに見た目にミスマッチな重厚感のある会話風景となるが、それはさておき。

 眉間にしわを寄せながら、ビュレトはベリアルをじっと見つめる。


「貴様は、そうするべきだと考えたのだな。ベリアル」

「ああ、そうだ」

「ならば、我には是非もない。……これまでも貴様についてきたのだ。これからも、貴様についていくさ」


 そう告げたビュレトを一瞥すると、ベリアルは「よし」と頷いて。


「ならば、練習だ。Pがまた次のライブの予定を取ってくる。それがいつになるかは分からんが、今からできることをしておくべきだろう」


 そう彼女が宣言すると同時、レッスン室のドアが勢いよく開け放たれた。


「よくぞそうおっしゃって下さいました!!!」


 入ってきたのはベルと名乗るあの事務員である。


「やっと分かって下さったのですね、ベリアルさん!」

「な、なんだいきなり……!」


たじろぐベリアルの手をがっしりと握ると、彼女はうんうんと頷いて一方的に続ける。


「ベリアルさんのおっしゃる通り。アイドルとして高みに登るため、皆さんに必要なのはまず人間を知ること――そのためにはまずどうすればいいと思いますか?」


 そんな彼女の問いに、まず手を挙げて答えたのはアスモダイ。


「食事」

「それもアリですね! では次、ビュレトさん!」

「な、我もか!? ……人間の生活や文化について、記録で学ぶ?」

「いい線いってますよ! では、ベリアルさん!」


 びしり、と指差されて、ベリアルはしばしの黙考ののちにこう返した。


「……実際に、人間と同じことをしてみるのが手っ取り早い」

「その通り! さすがベリアルさん、【ゲーティアモデル】の首領格ともなると違いますね!」


 言いながらその豊かな胸で抱きしめてくるベルを押しのけつつ、ベリアルは半眼で問うた。


「で、なんなんだ。一体何が言いたい」

「いえね、ちゃんと人間と向き合おうとして下さっている皆さんに、わたしもちょっとばかりご協力できればと思いまして――実はすでに用意を進めていたのです」

「何を」


 訊き返すベリアルに、彼女は唇を指に当ててにやりと笑って。


「それは、行ってからのお楽しみです。……というわけで皆さん、一緒に街へでかけましょう」


 ……などと、そんなことを言い出すのであった。


     ■


 ベルに連れられて、街へと出ていく三人。朝ゆえに人通りも以前と比べるとまばらな中、ベリアルは前を歩くベルへと問う。


「……いい加減、教えろ。どこへ向かっているのだ、我々は」

「わたしの知人が、この辺りで食堂をやっておりまして。今日は皆さんと一緒に、そこに行こうかと」


 にこにこしながらそう返すベルに、ベリアルは眉根を寄せる。


「何のつもりだ。我々は次のライブのために練習をしなければいけないのだぞ。そんな暇は――」

「やる気十分なのはおおいに結構。ですがこれも、皆さんがアイドルとして高みに登るための第一歩だとお思い下さい。……ああ、ここです」


 話しているうちに、どうやら着いたらしい。通りの狭間にひっそりと看板を出した、平屋の店舗。「廃棄街」にしては外観は小綺麗な方で、張り出した幌の屋根にも破れや汚れは目立たない。

 すりガラスのはめ込まれた扉を勢いよく開けて、ベルが声を上げた。


「どうも、ママさん。おはようございまーす!」

「あらベルちゃん。お久しぶり~」


 机の並ぶ店内、カウンターの奥からそう返したのは、筋骨隆々とした大男だった。

 鋼のような筋肉で鎧われたその巨体の上にはちきれそうなピンク色のエプロンをまとい、その面構えもまた顔面に大きな傷跡のある強面。

だがその強面に妙に女性的な笑みを浮かべると、大男はしなを作りながらベリアルたちを見た。


「その子たちが、今日手伝ってくれる子たちかしらぁ? 助かるわぁ~、カワイイ子たちばっかりじゃない」

「こちらこそ、むしろちょうどいいタイミングでした」

「おい、ちょっと待て!」


 何やら勝手に話が進んでいる気がして慌てて口を挟み、ベリアルは「ママ」というらしい大男を指差してベルへと問う。


「どういうことだ、手伝うとは、なんのことだ」

「ああ、すみません。ご紹介が遅れました、この人はママさん……この食堂を切り盛りしていらっしゃる店主さんです」

「ママ、というのは通常女性、母親を指す言葉のようですが」

「慣用的な使い方というやつですよ」


 首を傾げるアスモダイにそう言い切ると、ベルは続ける。


「それでですね。わたしとママさんはちょっとした旧知の仲というやつでして……今日はちょうどバイトさんがお休みで人手が足りなくなるというお話でしたので、是非とも皆さんをお貸ししようと」

「勝手に我々の身柄を貸し借りするな!」

「まあまあそうおっしゃらず。考えてもみて下さい」


 そう言うとベルはすす、とベリアルたちににじり寄って小声で続ける。


「皆さんは人間のことをよく知りたい、とおっしゃっていた。そしてそのためには、人間と同じことをしてみるのが手っ取り早いとも」

「まあ……そうだが」

「なら、ここで働くことは大きな経験になります。人間と同じ尺度での労働、という意味でもそうですし――それに食堂にはいろんな人間が来ます。そういう方々との触れ合いの中で育まれる経験は、きっと皆さんがアイドルとしてやっていく中でプラスとなることでしょう」

「確かに、一理はあるな」

「なるほど……合理的です」

「いいように言いくるめられているような気がするが……ベリアルが良いなら良いだろう」


 口々に言う三人の言葉を同意ととって、ベルはママにびしりと親指を立てる。


「お三方、こう見えて優秀な方々ですから、どんどんお仕事頼んじゃってください!」

「あら、それは素敵ね。じゃあ頑張ってもらっちゃうわ、ええと……」


例の名前で、とベルが耳打ちしてきたので、嫌々ながら三人はあの名前を名乗る。


「……『ある』だ」

「『あすも』です」

「…………『びーちゃん』」

「カワイイ名前ね! よろしく、お嬢さんたち!」


 にっこり微笑むママに、「じゃあ」とベルが続けた。


「ちょっと皆さんお着替えさせたいので、奥お借りしていいですか?」

「どうぞどうぞ~」


 ひらひらと手を振るママに見送られ、店の奥の扉へと押しやられていくベリアルたち。

 数分後、奥からは何やら騒々しく言い合う声が聞こえてきたが……ママは特に気にしたふうもなく、


「うふふ、賑やかになりそうだわぁ」


そう呟いて微笑みながら、開店の準備を続けていた。

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