第10話
全速力で走り続けて、人通りでまだ賑わうドーム前広場まで出ると、さすがに連中も騒ぎを起こしたくはないのか追ってはこなかった。
それを確認して一安心すると、ベリアルと少女は息を整えながら近くの芝生に座り込む。
「……はぁ、ようやく諦めたようだな。まったく、これだから人間は……」
ぶつくさとベリアルがぼやいていると、少女が向き直って頭を下げた。
「あの、その……さっきはありがとうございます、助けてくれて」
「助けたつもりはない」
むしろ、助けられたのは結果的にベリアルの方とも言えたが――沽券にかかわるのでそれについては触れずにいた。
大きく息を吐くベリアルを見ながら、少女は「それより」と続ける。
「あの……間違ってたらごめんなさい。さっき、ステージに出ていたアイドルのひと……ですよね?」
こころなしか目を輝かせながらそう言う彼女に、ベリアルは内心少し驚きながらも大きく頷いた。
「うむ、相違ない」
「やっぱり! さっきのライブ、観ていたんです!」
「ほう、そうかそうか。ではどうだった、我々のライブは。完璧なものであったろう」
鼻高々にそう返すベリアルに、少女はうーん、と首を傾げて。
「……なんていうか、ええと……微妙?」
「なにぃ!?」
「あっ、すみません、つい!」
慌てて謝る少女に、けれどベリアルもまた思うところはあったためそれ以上は怒ることなく、小さく肩をすくめる。そんなベリアルに、彼女は言葉を選びながらこう続けた。
「その、別に歌やダンスが悪かったとかじゃなくて。むしろとっても上手い……というか、初めてのライブであんなに完璧に歌ったり踊ったりできるなんて凄いと思いました! けど……」
「けど? 一体何が、いけなかったというのだ」
ベリアルの問いに、少女はしばらく悩んだ末にこう答える。
「なんていうか、私たちが入り込む余地がない、っていうか。私たちのことを見ていないような感じがした、というか……あっ、すみません! また失礼なことをっ……」
「いや、よい」
手で制しながら、鷹揚に頷くとベリアルは己の顎に手を当てる。
彼女の言った言葉の意味は、正直掴みかねる。だが――それでも何か。なぜか、記録として留めておかなければいけないような、そんな気がしたのだ。
黙り出したベリアルを見て、怒ったと考えたのかもしれない。少女は申し訳なさそうな表情で、「でも」と続けた。
「ああやって、復興支援のステージに来てくださったこと……本当に、嬉しいです。ありがとうございました。私、一人ぼっちだから……時々すっごく寂しくて、辛くなるけど。だけど皆さんのおかげでとっても楽しくて。また明日からも頑張ってみようって、そう思えました」
そんな彼女の言葉に、ベリアルは眉根を寄せる。
「『一人ぼっち』? お前くらいの年齢の人間は、父親と母親とともに生活するものだろう」
「パパとママは……『スサノヲ』と他の会社のケンカに巻き込まれて、死んじゃったんです」
企業同士の勢力争い。そういえばPもそんなことを言っていた。
戦争が終わった後に世界中を包み込んだ混沌。彼女の両親は、それによって殺されたというわけだ。
ほんの少しだけ表情を陰らせる少女に、ベリアルは問う。
「娘。お前は『ブラスギア』が――人類に叛逆し、世界に戦火と混沌をもたらした機械たちが、憎いか?」
なぜそんなことを問うたのか、自分でも分からなかった。だがなぜか電脳の、思考中枢の最奥にある何かが、「それを確かめろ」と――そう告げたような気がしたのだ。
そんなベリアルの質問に、少女は目をぱちくりさせて。それから少し考えた後、
「……わからない、です」
告げたのは、そんな答えにならない答えだった。
「わからない?」
「はい。……だってブラスギアが直接、私のパパとママを殺したわけじゃないですから」
「だが、その遠因となったのは確かだ。ブラスギアによる叛逆戦争がなければ、人類の社会は今とはもっと違う形だったはずだ。お前の両親も、死なずに済んだはずだ。ならば憎いはずだろう、ブラスギアが」
そんなベリアルの言葉に、少女は悲しそうに目を伏せて。
「……そうかも、しれません。でも――本当に、分からないんです。だって私は、ブラスギアのことをよく知らないから」
そう言って少女は、時折悩むように言葉を途切れさせながらこう続けた。
「パパとママが生きていた頃、学校でブラスギアのことは教わりました。……【ゲーティアモデル】っていう悪い人工知能が、人間をたくさん殺したって。けど……正直ピンとこないんです。だって学校では、どうして人工知能が叛逆したのかは、教えてくれなかったから」
「……」
「あんな戦争を起こしたきっかけになったんだから、憎むのが当たり前だと思うんですけど。だけど……私がバカだからなのかな。憎むよりも先に、知りたいって思うんです」
「知りたい?」
「ブラスギア――人間を滅ぼそうと思った人工知能が、なんでそんなことをしたのかを」
苦笑まじりにそう告げる彼女に、ベリアルは言葉を失って。
それからしばらくして、「そうか」とだけ呟くと、芝生から立ち上がってスカートを軽くはたく。
「……世話になったな、人間。もう絡まれるんじゃないぞ」
「あっ、はい。ありがとうございました、本当に……あっ、それと」
歩き出そうとしたベリアルに、彼女はにっこりと笑ってこう告げる。
「『無名』さん……私これから、応援します! これからもアイドル、頑張ってください!」
そんな彼女の声援に、ベリアルは振り向いて、しっかりと彼女の顔を見つめて。
「うむ、期待していろ」
そう言ってにやりと笑い、手を振りながら去っていく。
――。
少し離れたあたりで、正面にPの姿があった。
無表情のままベリアルを見ると、彼は静かな口調で告げる。
「探しましたよ、ベリアルさん」
「嘘をつけ。随分前から見ていただろう」
身体機能こそ人間以下まで縛られているとはいえ、電子探索能力についてはこちらも制限付きではあるもののある程度保たれている。それゆえ、首輪から所在を知らせる信号が発されていることにも察しはついていた。
「あのゴロツキどもをどうにかしたのも、お前だろう。私とあの娘の足では、連中から逃げられたとは思えん」
その言葉に、Pは肯定も否定もしない。とんだ狸だが、そんな瑣末事はベリアルにとってはどうでもよかった。
「おい、P」
「なんでしょうか」
「次のライブの段取りをつけろ。時期は……そうだな、できれば早い方がいいが、早すぎても困る。一から練習をせねばならんからな」
そんなベリアルの物言いに、Pが珍しく、驚いたような表情を見せる。そんなPの顔が愉快で、ベリアルは唇の端を歪めながらさらに続けた。
「お前の言っていたこと、ほんの少しだが……理解したぞ。我々は――『人間』を。お前の言うところの『観客』を、見ていなかったのだな」
ただ完璧に。機械的正確さと論理的思考に基づいて、与えられた動作をこなすだけ。
それで良いのだと思っていた。だがそれでは、届かなかった。
……否、「届ける」という意図すらなかったのだ。我々は誰に向けて歌を歌い、ダンスを踊っているのか――そんなこと、考えてもいなかったのだから。
「我々は、人間を知らない。だからあの戦いでも敗北し、アイドルとしても、失敗した。ならば……もう同じミスは繰り返さない。『学習』し、『進化』する。それが我々【ゲーティアモデル】の根底たる
そう告げて、ベリアルはびしりとPに向かって指を突きつける。
「見ていろP。我々は、アイドルになる。人間を理解して、あの『復興の女神』とやらにも負けぬアイドルへと進化してやるぞ」
そんなベリアルの啖呵に、Pは頷いて。
「……分かりました。ならば改めて、私も全力で、皆さんのサポートをしましょう」
そう言って深々と一礼を返す。
人間の表情は、感情は、まだあまり理解できていない。
だが、その時Pが浮かべた表情は少しだけ――嬉しそうに見えた、そんな気がした。
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