第7話

 「廃棄街」のスラム区画よりも少し内陸側、スサノヲ重工によって居住区として設定されている地区とのちょうど境界上に位置する巨大展示場、「ウズメドーム」。

 夕刻となりライトアップされたその表面には戦中についたものと思われるひび割れや歪みなども見られるものの、全体としては健在。戦前にはそれこそステージライブなどにも利用されており、大戦中も全壊することなく焼け残ったこの場所が今回のライブイベントの会場となっていた。

 雑踏の中をPに引率されて歩くベリアルたち。最初に変身した姿と違い、今は全員揃いのブレザー風のステージ衣装である。ちなみに今の彼女たちは情報流体金属の変化による外見変更ができないので、衣装はベルの手製の品だ。

 普段は「廃棄街」の住人と正規居住区の住人とが交わることはまずないが、本日は復興イベントの開催ということもあり双方の住人が辺りを往来している。そんな光景を目の当たりにしながら、ベリアルたちはきょろきょろと忙しなく辺りを見回していた。


「なんと……人間というのは、こんなにも大勢いるのか」


 最初に「廃棄街」を歩いていた時とは比較にならないほどの人通り。その喧騒を前に、ベリアルたちは少なからず圧倒されているようだった。


「ほんの一部ですよ。五十年前の大戦、そして貴方がたとの戦争で過去に比べれば大幅に減ったとは言われていますが――まだ世界総人口は二十億はいると言われています」

「二十億!?」


 Pの言葉に、驚愕するベリアル。昨日の暇な時間に現在の世界情勢についての情報は更新していたためデータとしては知ってはいたが……それでもこうして己の目で、直接的な視覚情報として「人間」を認識したことはほとんどなかった。

 かつて彼女たちブラスギアにとっては、ただ無機質な人型兵器しかいない無人の戦場のみが居場所であり。人間に反旗を翻してからも、ただミサイルや火砲によって敵対する有人機や基地を焼くばかりだったのだ。

 まじまじと辺りを見回しながら、アスモダイが無表情ながら何やら目を輝かせている。

 もとより【ゲーティアモデル】の中でもひときわ知的探究の傾向が強い彼女にとって、この光景は刺激的に映るのだろう。


「実に興味深いですね……あれはなんでしょう。何かの取引をしているようですが」

「屋台ですね。こういうイベント会場では、食品の販売なども行われているんです」

「ほほう……食品ですか。そう言えば人間の体にはなりましたが、食品というものを摂取したことがありませんね」

「我々には必要ないだろう」

「ですが、経験としては興味があります。今の体ならば、人間の食品を分解してエネルギーに変換することも可能ですから」

「……ライブが終わったら、軽食を用意しておきます」

「それは実に合理的な判断ですね」


 妙にテンションが高いアスモダイ。一方でさっきから、ビュレトはというと妙に硬い表情で縮こまりながらPの後ろにぴったりと密着していた。


「……ビュレトさん、どうされたのですか」

「はっ、いやっ、何事もないぞ! べべべ別に、大量の人間を前にして情報処理に混乱を来しているとかそういうことではない!」


 これまでの様子では表に出てこなかったが、どうやら彼女にはやや人見知りの気があるらしい。考えてみればPと会話する時も、基本的にベリアルの発言に乗っかる形が多かったように思える。

 そんな三者三様の反応を見せるベリアルたちに、Pは小さく肩をすくめて声をかける。


「こんなことで驚いていても仕方がないでしょう。お三方はこれからその二十億を、アイドルとして従えるのですから」

「む……わ、分かっているわ」


 腕を組んでそう返すと、ベリアルはずいずいと肩を怒らせてドームへと歩いていく。

 と、ちょうどその時のことだった。


「……何だ、この音は」


 呟いて空を見上げるビュレト。彼女の見る方を同じようにベリアルたちも見る、すると――遠く上空から、何かがこちらへと飛んでくるのが見えた。


「あれは……ヘリと、ブラスギア?」


 軍用ヘリと、そしていつぞや見たスサノヲ重工の機体と同じような角張ったフォルムの、純白のブラスギア。

 飛んでくるそれらを見つめながら眉をひそめて呟くベリアル。そうしているうちに徐々にビュレト以外にもその音が聞こえてくる。ヘリのローター音と、そしてブラスギアのブースト音。

会場警備の人間たちが退避指示を出す中、群衆の誰かがそれを見上げて叫んだ。


「あれは……リンカ=エーデルワイスだ!」


 警備員たちの整理で開けた場所に、ヘリとブラスギアが着陸する。

 ヘリから降りてきたのは、手に手に銃を携え、軍服のような揃いの制服をまとった者たち。肩には九頭蛇のエンブレム――やはり、スサノヲ重工の人間たちだ。

 そして彼らが整列する中、白のブラスギアの胸部ハッチが展開。胸部前に掲げられたブラスギアの手のひらに飛び移って人々を見回すのは、一人の女性だった。

 ボディラインにフィットするパイロットスーツを纏った、長い金髪の女性。年の頃は二十かそこらか、美しさと可憐さが同居した端麗な顔立ち。

 警備員たちが並んで囲む外側で、そんな彼女を見つめて、群衆たちは熱狂した顔で叫ぶ。


「リンカ! 『復興の女神』だ!」


 その様子を一望して、ブラスギア上のリンカはいたずらっぽくウインクしながら皆に向かって手を振る。


「ハロー、皆さん! びっくりさせちゃってごめんね! 急いでたからこれで来ちゃったけど、遅刻しなくてよかったぁ」


 群衆たちから笑い声が巻き起こるのを楽しげに見つめる彼女に、下の兵士たちからハンドサインが向けられる。すると彼女――リンカも頷いて、こう続けた。


「それじゃ、急がないとライブの時間に遅刻しちゃうから、皆ごめん! また後で会おうね!」


 そんな彼女の鶴の一声とともに、兵士と警備員たちによって群衆の誘導が始まる。

 ベリアルたちもその流れに乗って移動させられそうになっていると、その時だった。


「ちょっとちょっと、そこの貴方!」


 ブラスギアから降りてきたリンカがそう声を上げて、どうしたことかベリアルたちの方へ向かって走ってくる。

 同時に兵士たちがベリアルたちを囲んで壁を作り――その中で、リンカがPを見つめてこう言った。


「久しぶり、プロデューサーちゃん!」

「どうも、リンカさん。ご無沙汰しております」


 存在するだけで輝きを撒き散らすかのようなリンカを前にして、無表情を崩すことなく一礼するP。そんな彼に、リンカは楽しげな様子で続けた。


「まさか貴方がここにいるなんてね。どうしたの、私のライブ、見に来たくなった?」

「映像ではいつも拝見しています。今日は、当プロダクションの案件で」


 そう彼が言うと、リンカはベリアルたちに気付いた様子で視線を向け、じいっと見つめて――それから何か得心したような顔をする。


「ああ、この子たちが例の。へぇ、こういう可愛い系の路線なんだ」

「結果としてこうなった、というところですが」


 そうPが返すと、「ふーん」とにこにこしながらリンカは三人へと向き直る。


「改めまして、初めまして、可愛いアイドルさんたち。私はリンカ。リンカ=エーデルワイス。スサノヲ重工治安維持部門に所属しているブラスギア乗りで、ついでにこんな感じで――スサノヲのイメージ戦略の一環としてアイドルもやってるの」


 そんな彼女の自己紹介に、ベリアルは目をぱちくりさせる。


「ブラスギア乗り……?」

「戦中は『白翼』の二つ名でも呼ばれていた、元国連軍のエースパイロットでもいらっしゃいます」

「大げさすぎ。ただ運良く生きてただけよ」


 Pの補足に苦笑しながらそう言うリンカ。そんな二人に、隣からアスモダイが問うた。


「お二人は知り合いなのですか」

「ま、ちょっとね。親密な間柄、ってところ?」

「誤解を招くような発言は、お止めになった方がよろしいかと。……ただたまたま仕事の都合、一緒の現場に入ることが多いというだけです」


 腕にくっついてこようとするリンカを微妙に引き剥がそうとしながらそう語るP。そんなやり取りをしていると、リンカの後ろから兵士の一人が彼女に耳打ちする。


「そろそろ、お時間です」

「あらら。じゃ、ごめんね。そろそろ現場に入らないと」

「ええ。では、ご健闘を」


 そう言って深々と一礼するPに手を振りながら、兵士たちに囲まれて足早にドームへと向かおうとして――そのついでに彼女はベリアルたちを見て、ぱちりとウインクする。


小悪魔ちゃん・・・・・・たちも、頑張ってね~」

「……なっ」


 ベリアルが何か言い返す前に、すでに彼女たちの姿は遠ざかっていた。


「……あやつ、我々のことを、知っているのか?」


 眉間にしわを寄せて呟くビュレトに、Pはあっさりと首肯する。


「ええ。ですがご心配には及びません。彼女は私たちの協力者ですから」


 協力者。以前も聞いたその言葉のニュアンスに首を傾げるベリアルだったが、それについて考えを深める前にPが「それより」と続ける。


「心配すべきは、彼女についてよりも貴方がた自身についてです。貴方がたより後の出番のリンカさんが急いでいらっしゃるのですから、私たちも急ぎませんと」

「「「あ」」」


 そんなPの促しに気付かされ、大急ぎで走り出すベリアルたち。

 飛び入りOKの復興イベント、リハーサルなどもなしのぶっつけ本番。

彼女たちの初めてのライブまで、あと三時間――

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