第6話
そんな一幕を知るよしもなく。
「始めていこうではないか!」などと息巻いてから一時間後。レッスン室の床の上、映像再生用のモニターの前で、ベリアルたちは憮然とした表情で座り込んでいた。
モニターに表示されているのは、彼女たちの練習風景。「撮影しながら、確認できるようにしましょう」とアスモダイが言い出したために記録したものだったのだが――
「……これはひどい」
苦々しく呟くベリアル。彼女の言う通り、そこに映っていたのはそれはもう、どうしようもない光景だった。
三人とも動きもリズム感もバラバラで、ただでさえ人間態の動かし方が十分でないものだからつんのめりそうになるのも一度や二度ではない。
動作自体も機械的で固く、見る人が見ればよくできたロボットダンスだと思うことだろうが別にそういうコンセプトのダンスではない。
先ほど記憶したPの手本とは似ても似つかぬその動きを眺めながら――最初にすっくと立ち上がって口を開いたのはビュレトだった。
「ええい、腹立たしい! だいたい何だというのだこの珍妙な動きの数々は! 戦術的意味を全く感じぬ非効率的な挙動ばかりではないか!」
「人間の文化ではこれが『可愛い』という概念に相当するんでしょう。実に興味深いところではありますが――しかし困りましたね、これでは先ほど見たPさんの動きには程遠い」
冷静に分析するアスモダイに、ビュレトは忌々しげに鼻を鳴らす。
「知ったことか。なぜ我々がこんな、人間みたいな真似をせねばならんのだ」
「それがPさんと締結した約束ですからね。不本意ではありますが。……どうします、まだ一時間程度です。もう少し繰り返せば学習効率も上がっていく可能性はあると考えますが」
そう話し合う二人に、黙っていたベリアルが「いや」と口を開いた。
「人間みたいな真似、か。確かにビュレトの言う通りだ――我々が『練習』などという、人間のように非効率的な学習行動をとる必要はない」
「と、言いますと?」
首を傾げるアスモダイに、ベリアルはにやりと笑ってモニターを操作する。するとそこに表示されたのは、Pが参考用にと入れておいた映像データ……「復興の女神」とPが言っていたアイドルのライブ映像だった。
「この動作パターンを視覚解析してコピーし、我々のモーションデータとして組み込む。そうすれば完璧なダンスを一気に学習できる。……Pとやらの動きなぞを真似るより、奴の言うトップアイドルの動きをコピーした方が出来も良いだろう」
「なるほど、流石はベリアル、名案ではないか!」
表情を輝かせるビュレトと対照的に、アスモダイは眉根を寄せてこう返す。
「ですが、これではPさんの提示したダンスとはまるで別物ですが」
「どうでもいいだろう、要は歌を歌ってダンスを踊っていればよいのだ、アイドルというのは」
「そういうものでしょうか……」
「そうする以外ないだろう、今からたった一日で、完璧なダンスを習得しなければならんのだから」
そんなベリアルの言い分に、まだなにか言いたげではあったもののアスモダイも頷いた。
「よし、そうと決まれば映像を見て、モーションデータのコピーだ。歌は……よし、いっそこの映像の曲をそのままコピーして我々の声紋データを載せよう。そうすればアスモダイ、お前の懸念も解決するさ」
「ふはは、あのPとかいう男が驚く顔が目に浮かぶわ。『魔王』たる我々を侮ったこと、後悔させてやる」
「「フゥーハッハッハッハ!!」」
馬鹿笑いをしているベリアルとビュレトの横で、アスモダイだけが乏しい表情のまま、じっと沈黙していた。
――。
そんなこんなで、その日の晩。事務所にPたちが帰ってくると、そこにはふてぶてしい様子でソファに座る三人の姿があった。
「おお、Pよ。遅かったではないか?」
「野暮用が長引きまして。……皆さんは、随分と余裕そうですが、練習の方は捗りましたか?」
「うむ、問題ない。余裕過ぎてあくびが出そう――と、人間は言うのだろうなこういう時は」
言いながらベリアルは自信満々に指を鳴らす。すると事務所のモニターが点いて、そこに映像が流れ始める。
そこに映し出されていたのは、「復興の女神」のステージ……その歌と踊りを完全に、完璧に。一挙一投足のブレもなく再現している三人の姿だった。
「……これは」
「ふふん、どうだ。凄かろう、凄かろう」
鼻高々にそう言うベリアルと、その後ろでこれまたドヤ顔のビュレト。対するPとベルは、流れる映像を見てしばし呆気にとられていた。
「……私のお教えしたダンスとも、ベルさんの作った曲とも違うようですが」
「問題なかろう。ベルが言うには、『復興の女神』とやらはアイドルの中でもトップなんだろう? ならばそいつの歌とダンスをコピーすれば、アイドルとして完璧なはずだ」
「それは……」
何か言いかけてベルはPの方を見て。けれどPはというと、いつもどおりの無表情のまま、小さく頷く。
「そうですね、パフォーマンスとしてはそちらの方が完璧でしょう。初心者アイドルがやるならば、いきなりオリジナルで攻めるよりもコピーバンド的に勝負を仕掛けた方がクオリティの確保に繋がるとも考えられます。実に合理的な判断……と言えば、貴方がたらしいでしょうかね」
そんなPの言葉。その中になぜだろう、ほんの少しの違和感を覚えて、ベリアルは眉をひそめた。
「……なんだ。何か、言いたいことでも――」
「ふははは、Pも我々の性能に驚いたようだな。愉快愉快、これでライブとやらも盤石、我々は『あいどる』として一気にトップに躍り出て、人間どもを掌握できようぞ!」
言いかけたベリアルの言葉は、そんなビュレトの大言壮語にかき消された。
Pはというとそれ以上は特に何かを訴えるわけでもなく、無言で鞄から携帯端末を取り出して操作する。するとベリアルたちの電脳に、「ライブスケジュール」と銘打たれたファイルが転送されてきた。
「明日の予定になります。皆さんの出番は、午後の後半の部――『復興の女神』の前座です。初ライブの成功、お祈りしていますよ」
そう言いながら奥の事務机に向かって、据え置きの電子端末を操作し始めるP。
そんな彼の顔を見つめながら――ベリアルは無意識のうちに胸元に手を当てていた。
非論理的な表現だが、そう……「なんだかもやもやとしたもの」が、そこにわだかまっているような気がしたのだ。
――そして、一日は静かに終わり、再び朝日が登る。
ベリアルたち「魔王」の、記念すべき初ライブの日が、やってくる。
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