7-1.地下室
10年くらい前だったかな。
俺は東北のある大学で歴史学を専攻していた。博士課程でな。
歴史学というか、厳密に言うと考古学だけどな。だが、博士論文っていうのは難しくてな。まさに修羅の道だ。
そりゃもうすごい論文を書かなきゃ博士にはなれない。
だからこそ俺は何かないかと探していた。
それで、お前らも覚えてるだろ。ちょうど10年前くらいに東北でデカい地震があった。
俺は地震で直接被害は受けなかったが、俺の故郷は漁港だったからみんな死んだかもしれねえ。
俺は当時の状況をテレビの速報でちょっと見ただけだから実際どうだったのかは知らない。
俺は丁度その時大学にいて、教授や仲間とワンセグテレビの小さい画面を茫然としながら見てたよ。
そんな時、俺の携帯に院の頃の後輩からメールが来た。
「津波が来るって言われたから高台に避難したけど、さっきの地震の影響で遺跡みたいなものが出てきたみたいです。落ち着いたら博士論文のテーマにしてみたらいいんじゃないですか。PS 俺も家族もみんな無事です。心配しないでください。」
ってな。俺の博士論文より自分を心配しろって思ったけどな。ただ、それは興味深かった。
とりあえず、落ち着いたら調査に行こうと思った。後輩たちの様子も見たかったしな。
だが、そうのんびりしてられなくなった。たしか、発電所が爆発したとかで放射線がばら撒かれて人が入れなくなるんじゃないかって隣の理系の研究室の奴らが騒いでるのが聞こえた。それはまずいだろう。遺跡っていうのは高温多湿の日本では変に地表に露出すると状態が悪くなってその後の調査に支障をきたす。
チェルノブイリなんかだと何十年も封鎖されてたりするからな。
だからなんとしてもあの地域が封鎖される前に遺跡を調査したかった。
俺は家族の様子を見てくると言って研究室を飛び出して、探検に使えそうなもの一式と使い捨てカメラを持って原付で現地に向かった。
できるだけ肌を露出しない格好でマスクとゴーグルをして後輩が言っていた丘の上に登った。
もうその時は近くの原子力発電所の事故が知れ渡っていて丘には誰もいなかった。
放射線の危険もあったし、余震で被害を受ける可能性もあった。だが、そんなリスクよりも好奇心の方が勝った、何かあっても自己責任なのは承知の上だった。
薄暗くなった丘の上を探していると、あった。基礎があったと思われるところが地震の影響で地面に露出していた。
おそらく、俺の勘だが、あれは奥州藤原氏とかそのあたりの時代の武家の屋敷跡かなんかだろう。
まあ、詳しく放射性年代測定とかをしたわけじゃないから完全に俺の勘だ。ただ、そのあたりの特徴があの遺跡にはあった。暗くてよく見えなかったところもあるからわからないけどな。
そうやって見て回ってると、地面に違和感を感じた。その部分を脚でガーっとやったら、扉みたいなものが出てきた。
それも日本のものじゃない。明らかに西洋とかオリエントとかそのあたりの様式の扉だった。
開けてみた、すると下には階段が奥まで続いていた。ただならぬ事態だと考えた俺は一旦準備を整えてから入るか迷った。だが好奇心には勝てなかった。
戦時中に作られた防空壕とかだったら困るからな。少し確認するだけだ。そう思って下に降りた。
地下室に通ずる階段の作りは明らかに西洋のそれだった。日本のものじゃない。
中は埃っぽくて蜘蛛の巣だらけだった。
照らしてみるとそこには、西洋の本や武器、道具があった。地下室にあって状態も良かった。間違いなく日本のものじゃなかった。それも昔のな。
明治とかその辺りにそこらの金持ちが舶来品をコレクションしていたのとは違う。明らかにこの時代の日本にあるはずのものじゃない。
最高だと思わないか?この時代にこの地域では西洋との交流があった。どことどこ、誰と誰、何と何、どうやって、いつから、いつまで、これがわかれば博士どころじゃない。教授として一生考古学を生業として生きていける。俺は思わず奇声を発した。
不気味な地下室で反響した奇声が恐ろしすぎて我に帰ったがな。
一通り写真を撮った後一旦外に出ようと思った。これだけの証拠が抑えられれば論文を書けるし、大規模な発掘の予算も降りるだろう。そう思って興奮覚めやらぬまま外に出ようとした。
だが突然地面が大きく揺れた。おそらく余震だ。地下室の中のものは音を立てて転げ回り周りの木材や石材はギシギシ音を立てやがる。恐ろしくなって外に出ようと階段を登ろうとする。
そしたら上から地鳴りがした。聞いたこともない音だった。丘の一部が崩れたんだろう。土砂は出口を完全に塞いで階段にいた俺も雪崩れ込んできた土砂に吹っ飛ばされた。
目が覚めると真っ暗な中に懐中電灯の光が一筋土砂に塗れた床を照らしていた。俺は痛む体を無理やり引きずって懐中電灯を取りに行き出口を見る。完全に土砂に覆われており押してもびくともしない。
その瞬間俺は悟った。終わったなって。もちろんここに来る時に死ぬ覚悟はしていた。
ただ、一つ心残りなのはこの発見を論文として後世に残せないことだった。ため息をつく。
水や食料なんて持ってきてない。生きれたとしても後3、4日というところだろう。
ニュースをみた限り下は大変な状況だ。少なくともあと数日以内に救助が来ることは絶対にあり得ない。そう。絶対にだ。
わざわざ大災害の最前線に行くなんて普通の人間は猛反対するだろう。だから俺は黙って一人でここに来た。せめてもう一人気の合う仲間を連れてくれば、そいつの通報で俺はここから出ることができたかもしれない。
当然電話は繋がらない。電波が弱い上に、今は皆が家族や友人の安否確認のため電話をかけてかけてかけまくっていることだろう。少なくとも一週間は電話なんてまともに使えないだろう。
メールも送信に失敗している。このへんに散らばっている道具で土砂を掻き分けて脱出しようと思ったが、どの道具もまともに使える状態ではなくこの厚く積もった土砂を取り除くなんて俺にはできない。まいったな。万策尽きたってのはこういうことか。
なら、あと少しの命を有効に使おう。周りにある本を読み漁る。
懐中電灯の電池か俺の命か、どちらかが尽きるまで読む。この世界で俺だけが知っている事実があるのも悪くない。学問を志した者として至上の悦びだ。
勝った。俺は置かれている状況とは裏腹に喜びに満ちていた。すべての本を読み終えた。俺は昔から記憶力が良い。見たものをそのままの形で記憶することができる。
最初は皆できることだと思っていたのだが、歳を重ねる内にそんなことができる人間はごく少数だということを知った。それを知ったのは写真記憶ができる東大生が出ていた番組だ。当然その番組の内容だって一言一句記憶している。
ここにある本も道具の形状も細かな装飾も記憶した。当然意味なんてわからないが、今この本を記憶しているのは自分だけと考えると充足感に満ちてくる。もしも心のかたちを読む超能力者がいたとしても、今から命が尽きようとしている人間の心だとは思わないだろう。
手持ち無沙汰になり弱くなってきた懐中電灯の光で部屋を照らす。
「ん?」
本棚の角、明らかに自然にできたものでない窪みがある。さらに俺の知識欲を満たしてくれる何かの出現を期待し、窪みに指をかけ残りわずかな力を振り絞って本棚を動かす。本棚が横にスライドして、その向こうには人一人が通れるくらいの小さな穴が空いていた。
もしかしたら外に出られるかもしれない。すでに諦めていた人生がわずかな可能性にかこつけて未練がましく俺にしがみついてくる。やめろ。期待するな。念の為足元に転がっていた強そうな道具を持ってそう思って穴の奥に進む。
穴を抜けた先にはそこそこ大きな空間があり、その中央には古い扉があった。
観音開きのそこそこ大きい扉だ。しかし壁にくっついていてどこかに続いているわけではない。空間のど真ん中に不自然にどこにもつながっていない扉がある。
シュールな光景だった。恐る恐る扉に近寄る。さまざまな可能性が浮かぶ。ただの扉、異界とこの世界を繋ぐゲート、悪魔の召喚、この災害の原因。この扉を開けること、それが俺の死につながることは容易に想像できた。
だが、ここまできたのだからせめて後悔のない道を選ぼう。力一杯扉を引く。扉の先は闇だった。
何も見えない。懐中電灯で照らそうとする。しかし懐中電灯は俺の知的好奇心の邪魔をするように消えてしまった。何度ボタンを押してもつかない。
電池が切れた。暗闇でもう何もわからない。戻ることはできない。栄養不足のせいで目が慣れることもないだろう。せめてもう一本電池を持ってきていればこの扉の向こうを見ることができたのに。
後悔してももう遅い。俺にできることは
あと一歩踏み出すことだった。
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