5.労働

「ここが迷宮都市ですか。」




都市への入場手続きを済ませた俺はその賑やかな街並みを見て驚嘆の声を上げた。初めて千葉にある某テーマパークに来た時と同じくらい興奮した。


街並みは王都のように統一感はなく皆が思い思いに建物を作ったような雑多で賑やかな街並みだ。




「迷宮都市はここ以外にもあるんだけど、ここ大ラビリニスタンはその中でも一番巨大な迷宮を中心に街が作られているの。ここの地下の迷宮は現在68層まであるのが確認されているらしいけど、まだどこまで続いてるのかはわかっていない。」




「そうなんですね。迷宮攻略に参加するんですか?」




そう聞くと彼女はスッとこちらに向き直って「するわけないでしょ。」




と言い切った。かなりホッとした。危なそうなので行きたくないと思っている俺にとっては朗報だ。ひとまず日が暮れる前に宿屋に泊まって計画を練ろう。


 


 と思ったが俺たちはダンジョンの入り口に立っていた。


どうしてこうなったか簡潔に説明すると宿屋に泊まろうとしたのだが、そもそもいきなり逃げて来た都合上手持ちのお金が少なかったことや、そもそも王都で流通している貨幣がここでは使えなかったことなどから手っ取り早く金を得るために、役所でパーティー申請をしてから、登山届のようなダンジョンに潜るという届出を出して今ダンジョンに潜るところだ。


ダンジョンには潜らずに済むと思っていたことや、途中で未帰還者の名前が書かれた掲示板を見てしまったこともありもう既に胃が痛い。俺はとりあえずシルヴィアが財務大臣と接触して復権してもらい俺を元の世界に帰す研究を開始してくれるのなら多少過酷な労働にでも従事する覚悟はあったが、その過酷な労働は飲食業くらいの意味であってダンジョンで恐ろしいモンスターを狩ることではない。


中途半端に情報を知らされている人間に対しては「俺は勇者だぞ?」とハッタリで切り抜けることもできるがモンスター相手だとそれも難しいだろう。


今月お小遣いが足りないから日雇いバイトでも行くか。とでも言いたげな顔をしたシルヴィアにくっついて迷宮に入る。多分俺にできることは肉壁くらいだ。






ダンジョンはもっとこう狭くて薄暗くて圧迫感のあるところだと思っていたのだが、実際目の前にあるダンジョンは一層から十層まで大きな穴があけられており、大きめのリフトが四つ稼働していた。


中には武器屋や救護所、休憩所や魔術や武器の試し撃ち用の空間などがあり想像とは違う明るいところだった。ダンジョンにおいてモンスターは影から出現するようなのだが、十層までは明るく照らされており、いきなり人の影からモンスターが出て来ても冒険者たちは足元で子犬が走りまわっている時のような緊張感のない対応しかしない。これがダンジョンか。といったところだ。




「多分一層から十層までは冒険者が骨の髄までしゃぶり尽くしたせいで魔物から得られる素材が値崩れを起こしていてここで頑張っても利益にならないし、ベテラン冒険者からしたら魔物も脅威ではないからこんなふうになったんだろうね。ちょっと意外だった。」




この世界を熟知している彼女でさえ想定し得なかったことなのだから俺が意外に思うのも仕方ないのだ。




「おそらく十層より下にいる敵は簡単には制圧できない敵なんでしょ。つまり何か手に入れたら宿代くらいにはなるかもしれないってこと。」リフトから降りた俺たちは下に続く階段を降りる。




「つまり十一層で狩をするんですね。」




「そう。」喋っていると十一層に到着した。




階段の前にはバリケードが作られていて、その内側に三人の男女が座り込んで弁当を食べていた。


上で食べればいいのにとも思ったが、多分やむを得ない理由があるのだろう。内部は黒い石レンガで作られており、大量の太い柱で補強されている。また、ところどころ崩落しており。さらに奥に進むと周りから視線を感じた。「来る。」そんな気がした途端、影の中から三体の蜘蛛型の魔物が這い上がって来た。そして俺たちは完全に囲まれた。俺が慌てているとシルヴィアは何食わぬ顔で前に出て




「迷宮に出てくる魔物はこの迷宮自身の自己防衛機能だと言われてるの。


カゲボウシみたいな一時的な魔物の召喚なら簡単にできるんだけど、魔物から採取される物品が半永久的に残り続けるような、例えばあなたを召喚した時と同じような高度な召喚はとても手間と時間がかかるの。


でもこの迷宮ではそれを何体も連続で、違う場所で同時に、しかもほとんど予備動作もなく全自動で行なっている。


私は迷宮の底よりもこの召喚術式に興味がある。」




そう呟くと彼女はしゃがみ込み地面に手を当てる。「捕まえて。」と唱える。すると俺たちを囲んでいた蜘蛛の周りに無数の腕が生えて来て蜘蛛に掴み掛かる。


蜘蛛も必死にもがくが腕の力は強くたちまち全ての脚を引き千切られた。動けなくなった蜘蛛は苦しそうに口の部分を動かしていたがやがてぴくりとも動かなくなった。




「すごい。」と思わず呟く。




「このタイプの魔物は壁や天井を素早く移動する上に、全身が硬い皮膚で覆われてて刃も簡単には通らない。


しかも脚や牙の先端も鋭くて、一度刺さると抜けない形状になっている。毒を持ってる個体もいるから、いくら低級の魔物とはいえ装備も整わない人が組み付かれたら最悪死ぬ。


私も君もコイツらを叩き潰す力がないからこうやって脚をもいで殺すのが最善策なの。」




すごいドヤ顔だ。まあ実際すごいので仕方ない。そうすると彼女は鞄に入れていたナイフを俺に渡した。




「これは?」と質問すると




「この蜘蛛を裏返して腹を切って糸、精巣、毒袋と脚を持って帰るの。私は周りを警戒しとくからやっといて。あと、毒があるかもだから気をつけてね。」




と素っ気なく無理難題を押し付けられた。思い切ってナイフで切り込みを入れてみると血が染み出してきたしひどい匂いがした。俺は戦えないからこんなことしかできない。


これすらしなければ完全にお荷物だからやらなければならない。腹を切って大きく開く。俺は吐いた。




一時間ほど迷宮内を探索して何度も吐きそうになりながらシルヴィアが謎の腕で引きちぎった蜘蛛を解体して8匹分の換金できる素材を布袋に詰めた。


叩き潰したり切ったり燃やしたりしなかったため死体の状態は良くおそらく高値で売れるだろう。




「それにしても、毒袋なんて買って何に使うんですかね、上の人たち。」




「この毒はネズミの駆除に丁度いいから安定して売れる。そんなに高くはないけど一食分くらいにはなるよ。」




「人間に使われたりはしないんですか?」




「人間に使うには弱い毒だからそういうのには使われない。多分。」少し濁したのが不安だ。




「これくらいあれば宿代くらいにはなるんじゃないですか?」




「相場がよくわからないけど一旦出て売りに行こう。あとすごくお手洗いに行きたい。王都からずっと我慢してる。」




「これで足りるといいですね。トイレは勝手に行ってください。」




そんなこと言われてもどうしようもないのだ。ただ、俺も吐きすぎて気持ち悪いしお互い早くここから出たいという点では一致しているので状況が変わる前に外に出るべきだ。


向こうから蜘蛛が出現した音がしたので急いでこの場を離れようと歩き出した時、後ろから人の声がしたような気がした。シルヴィアに音を立てないようジェスチャーで伝えてから耳をすます。




「痛い…嫌だ…助けて…。」




という男性の声が聞こえる。




「助けに行きましょう!」




と言ってそっちに走り出す。シルヴィアも嫌そうについてくる。


声のするところに行ってみると血まみれで倒れている男に三体の蜘蛛が覆い被さっている。




「ボーナスだと思えば。」




そう言うとシルヴィアはまた手を召喚して蜘蛛を引きちぎった。


度重なる解体で蜘蛛のことがわかってきた俺も男の上にいる蜘蛛を蹴り飛ばす。


蜘蛛はそのまま逃げていった。蜘蛛がいなくなったので倒れた男に駆け寄る。息はあるがひどい怪我だ。


背中に大きな刺し傷、その他至る所に噛まれたり引っ掻かれたりした痕がある。




「ひどい怪我。とりあえず回復魔術で止血する。」




そう言ってシルヴィアは手から緑色の光を発生させると男の傷口に当てる。想像してた回復魔法のように立ち所に傷が治るものではなくほんのわずかに出血が減ったようなものだったが止血は大事だ。


そのままその男を十層に繋がる階段の前にあるバリケードの中に運び込んだ。


さっきはここに人がいたので彼らに助けを求めようとしたがもう既にいなかった。シルヴィアは俺に腰につけた短剣を渡すと




「こいつはおそらく毒を喰らってる。即死するような強い毒ではないけど、量によってはかなり危険だから血清と助けを呼んでくる。あとお手洗いにも。」




そう言って彼女は一人で階段を駆け上がっていった。


そんなに危険なら二人で担ぐとか力の強い魔物を召喚して上の救護所まで運ぶべきだと思うのだが。膀胱と天秤にかけられて負けた哀れな男に同情する。


しばらくすると担架や何やら大きな鞄を持った三人組が降りて来て、すぐに慣れた手つきで治療を始めた。


男は血清と思われる液体を注射されしばらくすると意識が戻ったのかか細い声で




「助けてくれてありがとう。」




と何度も何度も繰り返していた。しかし、救護係の三人はその男の手当をしながら、このレベルの冒険者がここまでひどい怪我をするなんて下でなにか恐ろしいことが起こってるのではないか。ということを話していたので怖くなり、担架で男を運ぶのを手伝うついで急いで上に上がった。


そして男を救護所まで運んだところでシルヴィアを探そうとすると、男に呼び止められた。




「本当にありがとう。お前ら多分最近ここに来たばっかりだろ。今はこれくらいしか礼ができなくてすまん。せめて持っていってくれ。」




と金貨のようなもの三枚を俺にくれた。それだけ渡すと男はそのまま力尽きたように眠った。渡された金貨がどの程度の価値なのか、そもそも金貨なのか、真鍮かもしれない。とりあえずありがたく頂戴することにした。






その後シルヴィアと俺は合流して蜘蛛八匹と男を助けるときにどさくさに紛れて回収した蜘蛛の一部を換金所に持っていって銀貨五枚と銅貨四枚を手に入れた。これが日本ではいくらになるのか考えてみたが、そもそも基準にできそうなものが何一つなかったので諦めた。


 この迷宮都市には全国から迷宮ドリームを手にするため無一文でこの街を訪れる者が多いのだろう。


彼らが宿泊できるように街の至る所に小さな宿がある。


俺たちはしばらく歩き回って、安宿の中でも比較的綺麗で銀貨一枚と銅貨一枚で泊まることのできる宿を見つけることができた。もちろん部屋は別だ。金はかかるがしょうがない。


部屋はネットカフェくらいの広さで、所謂ドヤというものだろう。前にドキュメンタリー番組でみたことがある。布団は汚いし窓は小さいのが一つあるが、ちょっと外を覗くくらいしかできないだろう。あとはボコボコの机と棚。


とりあえず鎧を脱いで寝転ぶ。異世界に来てから色々なことがあった。まだ夢である可能性は捨て切れないが、激動の三日間いや、四日間だったか。


と異世界に来てからを振り返っていると、ドアを叩く音がする。




「食べ物買ってくるから有り金全部頂戴。」




とシルヴィアに言われた。とりあえず蜘蛛を解体して得た金を全部渡した。金貨はもしもの時のために隠しておく。いざという時この世界で生活能力のない俺は大金を隠しておくくらいの権利はあるはずだ。




「じゃあ私は買い物に行ってくる。荷物を見張っておいてね。あと何が食べたい?」




「蜘蛛を連想しないものがいいです。」

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