迷宮都市編

4.安全運転

 野原に敷かれた一本の道を荷車が颯爽と駆け抜ける。シャルロッテが顔を隠せるようにと帆付きのものを用意してくれたおかげで寒さはかなりマシだ。風が来ないだけでも結構快適になる。




「これから行く迷宮都市ってどんなとこなんですか?」


すこし大きめの声で尋ねる。




「迷宮都市はね、この帝国の建国神話より昔からあると言われる迷宮、ダンジョンとも言うけど、それを中心とした都市よ。ダンジョンはね、いつから何の目的で存在するのかはわかってないんだけど、その内部には膨大な財宝や力の源が隠されてるってことが分かってたくさんのもの好き冒険者たちが命をかけて攻略している。で、彼らがダンジョンの周りに住み着いて街ができたの。」




「そうなんですね。そこに行くんですか?」




「そう。迷宮都市の住民は毎日飽きもせず迷宮の魔物たちと戦い続ける腕っぷしだけは強い奴らな上に、同じダンジョンのゴールを目指すもの同士結束が固くてね。帝国も渋々自治を認めているの。」




「なるほど、そこなら軍にも見つからない。」




「そう。条約があるから帝国軍は迷宮都市で活動する権限がない。でも徴税のための財務省の建物があるから私たちの潜伏にはうってつけよ。」




「なるほど。迷宮都市に潜伏して財務大臣との接触の機会を伺うんですね。」




「そういうこと!いつ来るかはわかんないけどね。」




「希望が持てますね。ところでこの車を引いてる生き物はなんですか?」




「コカトリスよ。」




コカトリス君は雑用にも食用にも使われているのかと少し哀愁を感じた。




 遠くから笛の音が聞こえる。走る車から音のした方向を見る。馬?




「後ろから馬が何匹か。人が乗ってる!」




ただならぬ雰囲気を感じ取りシルヴィアに報告する。


彼女は後ろを一瞥すると、




「まずい。警備隊だ。あいつらは軍の組織だから見つかるとまずい。」




「俺たちを王都から追ってきたんですか?」




「その可能性もある。」




「じゃあ逃げるしかないですね。」




「無理だ。騎兵の方が足が速いから逃げ切れない。」




「じゃあどうすれば!」




「お前も考えろ!」




ど正論を返された。ただ乗ってるだけなのでこの状況に対処するのは普通に考えると俺だ。


そうだ!俺は騎兵たちに笑顔で手を振った。これは俺の友好的な姿勢を示して、怪しい奴らなら手を振らないだろうと思わせる作戦だ。


だがそれは見事に逆効果だった。呼ばれたと勘違いした三人の騎兵がこっちに向かってきたのだ。


シルヴィアから恐ろしい視線を送られていた気がしたので振り向かなかった。咄嗟に鎧は目立つのでシルヴィアがの実験用のローブを羽織る。フード付きでオーバーサイズなので問題なく着られる。




「仕方ない。てきとうに誤魔化す。」








「止まれ、止まりなさい。」




騎兵たちに取り囲まれ車は停止する。




「これはこれは警備隊のみなさん。何か御用ですか?」




とシルヴィアは裏声で返事をする。




「いやあ失礼。最近王都で謀反人が逃亡したっきりまだ捕まってなくてね。王都から逃亡しようとしているかもしれないからとりあえず王都から出る者は一度身分を改めているんです。一度、荷台見せてもらっていいですか?」




ピンチだ。シルヴィアは眼鏡を外すことにより別人のフリで乗り切っているが、俺は鎧を脱ぐ時間がなかったのでそうはいかない。


赤い鎧なんて目立つし有名になっているだろう。大ピンチだ。俺の鎧は魔術には強いらしいが、物理攻撃に対してはプラスチック相応の防御力しかない。とりあえず言われた通りシルヴィアが召喚したヘドロみたいな魔物の下に隠れて息を顰める。




「なんだこの魔物は。拘束なしでの魔物の運搬は罰金刑だぞ。」




「拘束義務があるのは街の中だけでしょう?外の場合は任意のはずです。」




「しかし、王都から出てきたと言うことは王都の中でも魔物を拘束していなかったことになるだろ。」




「この魔物は検問所で受け取りました。そもそもこの荷車は市街地に入ってません。」




「証拠はあるのか?」




「ありますよ。検問所まで確認しに行けばいかがですか?」




異世界レスバがが行われている。俺も何かしら手助けすべきなのだろうが、何の知識もないので黙ってシルヴィアの勝利を待つしかない。


そうこうしているうちに数分間続いた押し問答が終わり、なんとかシルヴィアが警備隊を言い負かした。元貴族は伊達じゃないということだ。




「では私はこれで。」




なんとか危機を脱した。このままもう少し進めば目的地に…と思った瞬間馬車は変な方向に進みだし、そのままひっくりがえってしまった。


その勢いで俺は外に投げ出された。地面に転がった俺は騎兵たちと目が合った。




「何だお前は?」




まあ、そうなるだろう。




「赤い鎧を着ている?こいつまさか手配書の奴じゃないか?」




御名答。当ててほしくはなかったがその通りだ。そんな中シルヴィアも馬車の下から這い出て来た。




「大丈夫ですか?」




と声をかける。


「大丈夫、まずいな、眼鏡なしでやるんじゃなかった。」




どうやら眼鏡を外していたせいで馬車の操作を間違えたのだろう。一転してピンチだ。




しかし、運のいいことに相手も距離を詰めてこない。


出方を伺っているのだろう。文面だけ見れば貴族階級の魔術師と召喚された勇者だ。


そう簡単に突っかかってくるほど相手もバカではない。


騎兵たちも小声で自分達が戦うべきか増援を呼ぶか議論している。こちらも何かするべきだろう。


だが、こっちは武器なんて持ってないし、武道を極めたわけでもない俺が兵士三人に勝てるわけがない。


騎兵になる兵士はおそらく兵士の中でも上澄だろう。ここはシルヴィアの召喚に頼るしかないが、馬車も真っ直ぐ走らせられない裸眼視力の彼女がまともな召喚ができるかもわからない。


ここで戦ったらなんか強くなってて勝ったなんて展開があればいいが、おそらくそんなものはない。


ここ最近人と殴り合いの喧嘩なんてしたことすらない。だが、何とかしなければならない。


とりあえず時間を稼げばエリート貴族魔術師のシルヴィアが何とかしてくれるはずなのだ。




「召喚された勇者である私に立ち向かうとは愚かな。その勇気に免じて今回は許してやらんこともない。」




と精一杯どすの利いた声で今まで見て来た漫画や映画のラスボスが言ってたようなセリフを言う。


だが、冷静に考えたらそんな強い勇者が横転した馬車から転がり落ちたりするだろうか。いや、しない。俺はもう冷や汗が止まらないし足もガクガクだが、動揺しているのは相手も同じことだろう。少なくとも時間は稼げているから俺の策は的外れではない。大人しく土下座して命乞いの方が良かったかもと考えたがもう遅い。




そうこうしているうちに、遠くから馬の足音が聞こえる。増援が来たか。


終わった。数は1、2、3、4、5、6。六騎だ。これはもうダメだ。こっちは何かを召喚できるとしても9対2では勝ち目がない。増援の騎兵たちは俺たちを取り囲んだ。だが、警備隊の三人は狼狽えている。


すると増援のリーダーと思われる男が警備隊に




「帝国軍の兵士がどうしてここにいるんだ?ここで取り締まりはしない。あんたらが決めたことだろ?」




警備隊の隊長は苦虫を噛み潰したような顔で部下たちに目配せをすると馬に跨って帰っていった。


警備隊の三人が遠くに消えるのを見届けてからさっきのリーダーの男が声をかけて来た。




「あんたら迷宮都市に来るのかい?」




「はい。そうですよね?シルヴィアさん。」




やっと眼鏡を見つけて復活したシルヴィアに確認する。


「はい。迷宮都市に行きたいんです。助けていただいてありがとうございます。」




シルヴィアが礼を言ったので俺も便乗して頭を下げる。




「いいってことよ。あんたらを助けたんじゃない。あれは俺たちのためにやったことだ。帝国軍がこっちに干渉してこないように見つけた時はキツく叱っておかないといけないのさ。」




「本当にありがとうございました。迷宮都市の方ですか?」




俺も礼を言ってから質問する。




「そうだ。迷宮都市同盟の国境警備隊だ。こっから先は俺たちの管轄だ。というか、追われてたのか?」




「はい。色々あって王都にいられなくなりまして。」




シルヴィアが事情を説明する。




「そうかそうか!まあ、気にするなこっちの諺には、人生とは王都を追われてからが本番。っていうのがある。新しい人生を楽しめ!」




と豪快に笑う。笑い事ではないのだが。




「それよりこの人たちうちの町に来るんでしょ?俺今から戻るんで案内しますよ。」




端にいた騎兵が声をかけてくる。




「じゃあ頼んだ!二人とも、あの男について行きなさい。」




そう言って五人は走り去った。




残った一人の騎兵は俺たちのひっくりがえった馬車を起こすのを手伝ってから先導してくれることになった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る