第28話 七宝その1

当然のようにこの先一生外で働く必要はないと言われた音々は、今後も引き続き小梅屋の看板娘を目指していくことになる。


「吉祥文様はやっぱり華やかで素敵でしたね。お姉ちゃんも、和装の良さに目覚めたって言ってました」


扇や御所車が描かれたシックな黒の打掛は重厚な雰囲気で、鴛鴦や鶴と桜が舞い散る桃色の打掛は可愛らしく、牡丹や菊が大胆に描かれた紅の打掛は伝統的な装いで、どれも素敵すぎて選びきれない。


一通り写真を写して姉夫婦に送ってみたのだが、当分迷いそうだ。


「宣伝にもなるから、お色直しは無制限って叔父さんたちも言ってただろ」


「私客寄せパンダの才能ありませんよ」


「俺も、嫁を客寄せパンダにするつもりはない。だから外には出さない・・・・・・窮屈に感じたら言えよ。そんときは相談しよう」


「・・・お家があるだけでありがたいですよ」


「ほんと欲がねぇな・・・・・・なんかあるだろ?子供の頃の夢とか。言ってみろ。大抵のことなら叶えてやれるから」


「・・・・・・それ、軽々しく言っちゃだめなやつですよ・・・知晃さん」


これがリップサービスではないと分かっているからこそ、言葉に迷ってしまうのだ。


贅沢を望んではいないし、今まで通りの穏やかな毎日が送れればそれでよい、と婚約指輪の辞退を申し出た音々に、知晃はやっぱりな、とあっさり引いて、西園寺は勿体ないで!?とまるで自分が結婚するかのように口を挟んできた。


『音々ちゃんがでっかいダイヤ言うたら、現地飛んで原石探すところからやれるくらい懐があったかいねんから、バーンと派手なん買うて貰たらええやん?家くらいの値段のやつ』


真顔で言われた台詞に本気でドン引きして、助けを求めるように知晃を見たらまんざらでもなさそうな顔が返って来たので、これは本当に姉が大騒ぎした通りの玉の輿婚なのかもしれない。


まったく実感はわかないけれど。


「お前にしか言わない。なんかないの?」


「・・・・・・これからも、家族仲良く暮らしましょう・・・末永く」


心からの願いを口にすれば、知晃がこくんと頷いて、頬の高い場所にキスが落ちた。


「・・・・・・よし、分かった」


撫でるだけだった手のひらが、二の腕に下りて脇腹を撫でられる。


「っひゃ」


さっきよりいくらか緊張が解けた音々の身体を抱きしめて、知晃が真上から覗き込んできた。


「じゃあ、作らないとな」


「え?」


「子供。欲しくない?」


結婚を決めた後も、そういう話を知晃としたことは無かった。


なんせ真っ新な状態で勢い任せに飛び込んだ新生活なので、何もかもが手探りだ。


けれど、彼の子供は産みたいと思う。


立派な母親になれるかは分からないけれど。


「・・・・・・・・・そう・・・ですね・・・・・・・・・ほ、欲しいです」


音々の返事に嬉しそうに頷いた知晃が、頬を撫でてシーツの上に縫い留めた指先を絡ませてくる。


「でもまあ、こればっかりは授かりものだから、気長に行こう。時間はたっぷりある」


軽く引き寄せた指の先に、キスが落ちて上目遣いにこちらを見つめる彼が小さく問いかけた。


「続き、してもいいか?」


姉夫婦に嘘を吐いたまま伊坂家に身を寄せ続ける事が唯一の懸念事項だった音々の心配事は完全に消えてなくなってしまった。


挙式に向けた準備は着実に進んでおり、姉夫婦も音々の晴れ姿を楽しみにしてくれている。


頷いた音々の唇を優しく啄んだ知晃が、絡ませた指先に力を込めた。


ノックされた唇の隙間を広げればするりと入り込んできた舌が、ゆっくりと口内を巡って音々の温度を確かめた後で離れて行く。


「・・・・・・っ」


「大丈夫。お前が怖くないようにしてやるから」


パジャマの隙間に入り込んできた手のひらは、想像以上に熱くて、大きい。


何度も撫でられてもう覚えたはずの温もりに、これから乱されるのだと思うとやっぱり息が詰まる。


この後自分が出来ることはなにもない。


それだけはわかっていた。


唇を引き結んだ音々のこめかみにキスを落とした彼が、そろりと胸のふくらみを包み込んだ。


確かめるように撫でられて、泣きそうな気持ちになる。


触れられていないのに凝った胸の先が痛いくらい張りつめている。


はしたないと思うより先に、硬い指の腹でそこを撫でられて意図せず腰が跳ねた。


背筋を駆け上がった電流が、腰の奥を蕩けさせる。


まって、もう無理かもしれない。


涙交じりで知晃を見上げれば、目を伏せた彼が唇を寄せて舌先を擦り合わせてくる。


「今日は、気持ちいいことだけしような」


それが何かも分からずに必死に頷いて目を閉じれば、腰を抱き寄せた知晃の唇がそっと首筋に落ちた。


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