第18話 観世水その2

興味津々の表情で尋ねてくる白井に、照れながら頷く。


若奥さんは嘘だけれど、二人の出会いは本当なので嘘を吐かなくていいから気が楽だ。


「私、小梅屋のファンで、学生時代からずっと通ってたんです」


「あらー!いいわねぇ!あのお店、他所にはない品ぞろえでしょ?伊坂さんのお母さまがかなり趣味が良い方でねぇ。変わったデザインの着物をトルソーに着せてるのをよく見たわ。B級品って言っても品物自体はいいし、アンティーク着物も状態がいいものが多くてねぇ」


「そうなんです!私もネットとかで沢山着物を探すんですけど、なかなかあそこまで素敵な品揃えのお店は無くって・・・まだまだお部屋にも沢山着物があって、お店に出していない良品がいっぱいなんです」


趣味で着物を集めていたという知晃の母親のセンスを窺い知ることが出来る素敵な着物の数々は、見ているだけで胸がときめく。


紅色のモダン柄に山吹色のチューリップ、薄浅葱の菊に、ポップな秋桜色のガーベラ。


桐ダンスを開けると着物たちが語りかけてくるようだ。


「そんなに着物が好きだったらそりゃあ、伊坂さんとも気が合うわね。どっちから告白したの!?」


「え!?こ、告白ですか!?ええっと・・・・・・・・・それは・・・私、から」


母親の肩身である振袖を泣く泣く手放そうと小梅屋のドアを叩いたのは音々だ。


あれがきっかけで、知晃から偽装結婚を持ち掛けられたのだから、始まりは自分にあるはずである。


「こんな可愛い女の子から告白されたら、そりゃあ伊坂さんもその気になるわよねぇ!」


「え!?いえ、そんなことは全く!!!あ、いえ・・・あの・・・それなりに・・・・・・はい」


偽装夫婦ではあるけれど、当然ながら夫婦生活はなし。


スキンシップは多少増えたけれど、恋人同士や夫婦のような触れ合いも皆無。


たぶん、音々が勇気を出して迫っても、彼は反応を示さないような気がする。


もしくはからかわれて終わってしまいそうだ。


が、あくまでいまの音々は小梅屋の若奥さんなので、夫婦円満をアピールする必要がある。


旦那が新妻相手にその気にならないなんて思われては困るのだ。


恥を忍んで答えれば、にたぁと白井が両の目を三日月型にしてこちらを見てきた。


見ると事務所長も同じような顔でこちらを見ている。


「ごめんなさいね!新婚さんに余計な事聞いちゃったわー。伊坂さんが奥さんを外に出したがらないって言ってたから、どんな可愛い女の子なのかと思ってたけど、音々ちゃんみたいな子ならお家に閉じ込めておきたくなるわねぇ・・・なんていうか、世慣れしてない感じが危ういわぁ・・・人妻って響きに惹かれた愚か者が近づかないようにしないとね」


「いえそんなことはまったく・・・」


色気もありませんし見た目もこの通りちんちくりんですし、と言いかけたところで、会場である大会議室の開けっ放しのドアの向こうから聞き慣れた声がした。


「分かってんなら、なる早で返して貰えます?心配なんで」


「あら!伊坂さん!」


「だ・・・ち、知晃さんっ」


思わずいつもの調子で旦那様と呼びかけて、慌てて名前で言い直せば、本日も魅力的な留紺とめこんの着流し姿の知晃が、紙袋片手に立っている。


こんな風に公の場で彼の名前を呼ぶのは初めてのことだ。


音々の呼びかけてに目元を和ませた彼が、白井に向かって手に持っていた紙袋を差しだした。


「これ、差し入れです。お団子。休憩時間にみなさんで」


駅前の老舗和菓子店のお団子は老若男女問わず人気があって、しょっちゅう知晃がお土産に買ってくるものだ。


「まあまあ!ありがとうございます!お時間あるなら伊坂さんも一緒にお手玉づくりどうです?もうすぐ皆さん来られますし。老人ホームの入居者さん、伊坂さん見たら喜びますよー」


「生憎この後西園寺と打ち合わせなんです。どーだ?アシスタント、ちゃんとやれそう?」


「た、たぶん・・・小梅屋の名前を穢さないように全力で頑張ります」


真剣に答えれば、知晃が呆れた顔で笑った。


「気負い過ぎなんだよ」


伸びてきた指の背で頬を撫でられて、目を閉じたらそのままこめかみまでくすぐられる。


頬横の髪を掬って耳の後ろに流した知晃が、袂から何かを取り出した。


「髪、邪魔になるかと思ってな・・・・・・」


「え?」


瞬きをする音々の横髪を軽く押さえた知晃が手にしている何かを髪に差した。


「撫子の髪留め見つけたから、持ってきた。ん、やっぱいいな。可愛い」


少し離れてまじまじと音々の顔を確かめた後、知晃が満足げに笑う。


それから白井と事務所長の方を見て質問を口にした。


「終わるの何時です?迎えに来たいんですけど」


「二時間の予定だから、17時前には」


「分かりました。じゃあ、その頃迎えに来るから適当に頑張れよ」


前髪を優しく撫でて知晃が口角を持ち上げる。


視線を合わせて微笑まれた途端、心臓が大きな音を立てた。


もう、隠せないところまで、気持ちは育ってしまっているのかもしれない。

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