第17話 観世水その1

「お手伝いして貰えて助かるわぁー。新婚さんを引っ張り出してごめんなさいねぇ」


人の良い笑みを浮かべながら手際よく端切れ布を並べていく白井の隣で、音々は緊張気味に笑顔を返した。


「・・・お邪魔にならなければいいんですが」


「邪魔だなんてとんでもない!うちはいつでも人手不足なのよ、こういうイベントの時はとくにね。だから、来てくれて本当に助かってるのよ。西園寺さんにお願いして良かったわー。適任がおるから任せときって言われた時には半信半疑だったんだけど・・・まさか小梅屋の若奥さんに来てもらえるなんて!」


嬉しそうに言われて、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


偽若奥さんで本当にすみません。


白井に倣って長机の上に端切れ布を並べていると、事務所長が様子を見にやって来た。


葵色に撫子柄の着物を身に着けた音々を見て、嬉しそうに目を細める。


「いやあ、和服の女性がいると華やかでいいねぇ。今日のお手玉づくりにピッタリじゃないか」


西園寺グループが所有する市民アートギャラリーで不定期開催されている地域交流イベントのお手伝いを頼まれたのは週の初めのことだった。


西園寺が直々に音々にお願いをしにやって来て、断れるはずもない。


知晃はあまり乗り気ではないようだったが、音々がやってみたいなら、と最終的には賛成してくれた。


毎月テーマを変えて行われている地域交流イベントは、親子交流を目的としたおもちゃ作りや絵画教室、高齢者向けの生け花や歌声喫茶と催しは多岐にわたる。


今回は、近隣の老人ホームのアクティビティーとして、着物の端切れ布を使ったお手玉づくりをすることになったらしい。


前回のお手玉づくりもかなり人気で、今回は参加希望者がさらに増えた為、サポートスタッフとして音々に声が掛かったのだ。


当然端切れ布の提供者は知晃である。


市民アートギャラリーといえば、音々が知晃のお店を知るきっかけになった漫画家の個展が開催されたいわゆる聖地である。


ギャラリースペースだけではすべてのイラストや原稿が展示しきれず、大会議室まで開放された大規模イベントだった。


その帰り道、生原画を見れた興奮を引きずりながら姉と二人で歩き回っているうちに、偶然小梅屋を見つけたのだ。


今思えば運命のような出会いだった。


まさかその数年後、小梅屋の店主の偽装妻になっているだなんて。


「伊坂さんってかっこいいんだけどどこかミステリアスでしょう?どんな人をお嫁さんにするのか気になってたのよねぇ」


「ご、ご期待に沿えずすみません・・・」


咄嗟に謝罪を口にしてしまうのは、小梅屋にやって来た歴代の知晃のお見合い相手の女性たちが口を揃えて”こんなパッとしない地味な子が嫁なの!?”と愕然としていたからだ。


お見合い相手は、伊坂呉服と縁続きになろうとするような家柄のお嬢さんばかりだから、皆手入れの行き届いた抜群のスタイルと美貌と気品に溢れていた。


10人男性がいれば、間違いなく全員が美人だと認めるような容姿の女性ばかりだったのだ。


そんな彼女たちの毒気を抜くためか、はたまた真逆のタイプが好みだと思わせるためか、知晃は音々を偽装妻に選んだ。


アンティーク着物は似合うけれど、女性としての魅力には些かかける田所音々を。


「あら、何言ってるのよ!ご期待以上よ!お似合いだわぁ。小梅屋の若奥さんって感じ」


「あはは・・・・・・そう・・・ですかね」


自分でも小梅屋の店員はしっくり来ていると思うので、胸を張っていいのだろうが、若奥さんと言われると胃が痛い。


頑張って小梅屋の看板娘になることは出来ても、伊坂知晃の妻として胸を張る事は出来そうにない。


「うちのアートギャラリーによく来る松本さんがね、知晃くんはいいお嫁さん貰ったって言ってたわよー。私も同意見!」


「え・・・松本のおばあちゃんが・・・?」


馴染みの人物の名前が飛び出して、音々は目を丸くした。


伊坂家の近所に住む高齢の松本のおばあちゃんは、小梅屋の数少ない常連客だ。


一人暮らしの知晃の身体を心配して、これまでもしょっちゅう煮物やら野菜やらをお裾分けしてくれていたらしい。


急に店番を始めた音々の存在に最初は驚いて、結婚したことを知晃が告げるとそれはもう手放しに喜んで、祝福してくれた優しいおばあちゃんである。


散歩がてら近所を歩いていることは知っていたが、アートギャラリーの常連だったとは。


「知晃くん、三十路すぎてもずーっと隠居生活だったでしょ?お店も閉まってる事のほうが多いし・・・地域行事にも西園寺さんが連れ出さないと顔見せないし。いつか孤独死するんじゃないかって心配してたのよ。でも、こんな若くてしっかりしたお嫁さんが来てくれたなら安心だわぁ。やっぱり二人は着物が縁で知り合ったの?」

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