第14話 牡丹その2
デレデレの笑顔で取り出したスマホの待ち受け画面を撫でる西園寺の指先はどこまでも優しい。
照れ屋な瑠璃はなかなかカメラに向かって笑ってくれないらしく、焦れた西園寺はこっそり愛妻を隠し撮りしているらしい。
来るたび違う写真が待ち受けになっているので、日に日に隠し撮りの腕前は上がっているのだろう。
「ほんとに綺麗な奥様ですもんね」
「そやねん。最初に会った時な、かぐや姫ってこんな感じなんやろなぁって思ったんよ」
「え、素敵・・・!」
「どこがだよ」
「音々ちゃん、御伽噺好きなら、ファンタジー系の本もよーさん図書館にはあるから。あと、電車で一駅行ったらSNS映えするカフェなんかもあるで」
「そうなんですね!覚えておきます」
「なんや。ぜんぜんこの辺りのこと教えてやってないやん。知晃、いくら可愛いお嫁ちゃんでも籠の鳥は可哀想やで」
「お前がそれ言うか?・・・・・・今度連れてく」
「ありがとうございます。でも、その前に仕事決めないと」
「だからそれは焦るなって・・・」
「あのさぁ、その仕事やねんけど、家政婦とかどない?」
「え?」
「は?」
ぎょっとなった知晃が、剣吞な眼差しを西園寺に向けた。
「うちの家、家政婦さん来てもろてるんよ。事務経験無くても、家事や掃除ができるんやったら紹介所に登録してうちのサポート家政婦って事で・・・次の仕事が見つかるまでの繋ぎで」
「ほんとですか!?」
「なんでお前の屋敷で俺の嫁が働くんだよ!?」
二つの声が綺麗に重なった。
音々としては願ったり叶ったりである。
両親共働きの家庭で育ったので、家事や掃除は一通りできるし、プロに教えて貰えばそれなりに役に立てるかもしれない。
が、明らかに不機嫌になった知晃を横に諸手を挙げてぜひ、と言い出しにくい。
現状知晃の仮初めの妻として、家のことをやりつつ店番もこなしている音々が、家政婦業を始めるとなると、店番か家事のどちらかは確実に疎かになってしまう。
店番をやらせてくださいとお願いしたのは自分だし、それを中途半端にするのも申し訳ない。
考えなしだっただろうかと委縮して小さくなった音々と、分かりやすく苛立ちを露わにした知晃を交互に見やって、西園寺がしゃーないなぁと肩をすくめた。
「そない怒らんでもええやん・・・実際音々ちゃんは困っとるわけやし。独り暮らししたいんやろ?」
「あの・・・このお家に不便とか不満なんて一切ありませんし、ほんとに助けて貰って感謝しかありません!でも、いつまでも家に置いてもらって、店番やらせてもらうのも・・・・・・いつかは出て行かなきゃいけない時が来るんですから」
「そんな日は当分来ねぇよ。今でも十分兼業主婦だろ、これ以上仕事増やすな」
「音々ちゃんは、お前が他所から花嫁連れて来て追い出されるんを心配してるんやで?なあ、音々ちゃん」
「あ、いえ!もちろんその時は喜んで祝福しますし、すぐに出て行かせてもらいますけど、そのためにもやっぱり資金が」
「だから、それをしないためにお前に嫁役頼んだんだろが。放り出すのかよ」
「そうじゃなくて・・・いつか旦那様が好きな人と結婚したくなったときに、居候が居たらやっぱり邪魔だし・・・よくないと思うんで・・・・・・いざという時のための貯金を・・・」
もう二度と行き場を無くしたくはない。
姉夫婦の結婚式で、大学を卒業した後は、どうにか一人でやって行こうと決めたのだ。
もう誰のお荷物にもなりたくない。
だから、何があっても大丈夫な状況は、自分の手で作っておきたい。
「健気な子やなぁ・・・知晃、なんか言う事無いん?」
「・・・・・・邪魔じゃないから余計なことすんな」
「余計なことじゃないと・・・・・・思うんですけど」
「俺にとっては十分余計なことなんだよ」
ぴしゃりと撥ね付けるように言ってのけた知晃が、話は終わりだと母屋へ戻って行ってしまう。
あれもこれも手を出すなという忠告はごもっともだと思うのだが、それだと引越し資金はいつまでも貯まりそうにない。
何だか理不尽な怒りをぶつけられた気がしないでもないが、邪魔じゃない、という一言は素直に嬉しかったし、胸に響いた。
実際、音々がこの家で生活を始めてから、一度として知晃は音々をぞんざいに扱った事が無かった。
頼んでもいないのに、音々のための食器を揃えて、可愛い着物を沢山譲ってくれたのは他でも無い彼だ。
冷蔵庫にデザートが常に入っているのも、彼が音々を気遣ってくれている証である。
して貰うばかりで、このまま何も返せないうちにここを去ることになりそうで怖い。
眉根を寄せる音々の背中を優しく叩いて、西園寺が勘弁してな、と口を開いた。
「ごめんなぁ、音々ちゃん。知晃は言葉足らずやから補足させてなぁ。大事なお嫁ちゃんは外に出したくないんやって。いつまでもここにおって欲しいんやって。大事な奥さんとして」
「・・・・・・ほんとにそうならいいんですけど」
今一番怖いのは、彼から急に必要ないと言われることだ。
深入りしないと決めたはずの心がこんなに揺らいでしまっては、もう知らん顔なんてできない。
「俺はお似合いやと思うんやけどなぁ・・・ふたり」
頬杖をついた西園寺が、音々に向かって頑張りや、と淡く微笑んだ。
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