第4話 扇その1
「ほんまに音々ちゃんの見立ては可愛いらしいわー。なんちゅーか、感性がやっぱり知晃とは違うから、こう・・・選ぶ色合いやら組み合わせやらが、全部丸っこいねんなぁ。いやぁ着物は奥が深いなぁ」
カウンターに並べたアンティーク着物と帯の組み合わせを確かめて、嬉しそうにそんな感想を口にしてくれた西園寺の表情は、いつにも増して柔らかい。
彼が愛妻のために定期的に知晃に着物の用意を頼んでいることを聞いたのは、最初に彼に挨拶をした日のこと。
それから二週間ほど経って店にやって来た西園寺が、知晃ではなく音々に妻のための着物を選んで欲しいと依頼をしてきた。
当然見立て依頼は初めてだ。
聞けば、西園寺の妻は音々と歳が近いらしく、若い女性目線での見立てをお願いしたいとのことだった。
西園寺の極秘フォルダに収められている愛妻の写真を見せて貰い、彼が口にする愛妻への美辞麗句という名の惚気を参考にしつつ、シャンデリアと薔薇の柄が上品かつ華やかな真珠色の着物と、
一緒に選んだ帯締めは珊瑚色で、アンティークの真珠の髪飾りを使った帯留めもよく映える。
育ちの良さを伺わせる上品な面立ちの西園寺の妻ならば、完璧に着こなせるだろうと思っていた。
満足して貰えたようで何よりである。
「本当ですか?ありがとうございます。奥様に喜んで頂けるといいんですが」
「間違いなく気に入ってくれるわ。そのうち、うちのお
「え!?お、恐れ多いですよ!」
西園寺グループといえば、この地方で知らない人間はいない超大手の優良企業である。
その西園寺の現当主である男と気さくに話ができていること自体まだちょっと信じられないくらいなのに。
彼がうちのお
知晃は自分のことを、ただの店の店主だと言ったが、ただの店の店主が西園寺家の当主と長く友達付き合い出来るものなのだろうか。
あくまでこれは偽装結婚で、自分に任された役割はお見合い避けの仮初めの妻なのだから、深く踏み込んではいけないと、仕事は勿論彼のプライベートにをあれこれ詮索したことは一度もない。
知晃のほうも、家をなくした音々の事情は尋ねてきたもののそれ以上深くは追及しては来なかった。
家主で店主で時々夫、一時的に居場所を貰っただけの自分が欲を出すのは間違っている。
「恐れ多いて・・・そんなことないよ。音々ちゃんと同じ普通の可愛い女の子やで。出不精で家に引きこもっとることが多いけど」
「ま、また機会があればお願いします」
これは社交辞令ということにしておこうと苦笑いをこぼせば。
「うん。そやね。おたくの怖い旦那さんが口煩く言うて来たら困るから、根回ししてからにしよな」
「誰が口煩いだ。用事が済んだならとっとと帰れ。瑠璃姫が待ってんだろ」
「おお怖。嫉妬深い旦那が嫌になったらいつでも言うておいでや?うちの別荘に匿ったるからな」
「だ、大丈夫です」
「余計なお世話だ」
ぶっきらぼうな知晃の口調がさらに険を帯びるのは、西園寺を前にした時くらいのものだ。
基本的に愛想は無いし、口調もぶっきらぼうだが、最初に店主と客として出会ったときから変わらず彼は根が優しい。
恐らくそれが、知晃が音々との間に引いた明確な境界線。
そして、西園寺は、その境界線の向こう側にいる。
大げさに肩をすくめた西園寺が、これ包んでくれる?とカウンターの上の着物一式を指さした。
自宅で待つ妻の元に早速プレゼントを届けに戻るらしい。
西園寺グループの母体の第一線を退いた後もパイプ役を求められる彼は、昔ほどではないがやはり忙しいようで、今日も一度家に帰った後、会食に出かける予定だと嘆いていた。
今では西園寺の顔というよりも、オメガバースの抑制剤を開発したメディカルセンターの顔として動くことが多い彼の肩書は本人の意思に関わらず増える一方である。
暇さえあればスマホを確かめて秘蔵写真の妻を愛でている彼のためにもテキパキ梱包作業をしなくてはならない。
店の紙袋は薄紅梅の地味なものなので、せめてそれっぽくラッピングしてあげたい。
この家に来て間もなく押し入れを掃除したときに見つけた和紙を残していたことを思い出した。
あれをうまく使えば可愛い包装になりそうだ。
捨ててしまわなくて本当に良かった。
「はい。ただいま」
頷いて抱えた着物を持って母屋の和室に引っ込もうとする音々の背中に知晃がさも面倒くさそうに声をかけてきた。
「適当でいい、適当で」
「そんなわけにはいきませんよ。ちょっとお待ちくださいね、西園寺さん」
「はーい。よろしゅうねー」
知晃の二倍は愛想のよい彼がひらひらと手を振ってくる。
それに律義に会釈を返せば、思い切り顔を顰めた知晃にさっさと行けと顎をしゃくられた。
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