chapter3「あなたにはあかんけいありません」 その3
活動後、児童館の駐車場付近で学生たちはたむろしていた。取り敢えず解散はしたが、何やら無駄話をしているらしい。
俺はもう帰ろうかな。
「ねえ、隼」
二ノ宮君が恐る恐る話しかけてきた。
「何?」
「隼はその……打ち上げ行く?」
そう聞く二ノ宮君の後ろでは、丸眼鏡の新入生が先輩に同じ質問をされている。
成程、誰が打ち上げに参加するのか確認している時間だったんだな。
「いや、行く気ないけど」
「そ、そっかぁ……」
「二ノ宮君は行くの? 楽しんでいってらっしゃい」
「え……あ、う、うん」
あれ、行く気はなかったのか? まあ、別にどちらでもいいか。
「二人とも! 打ち上げくるー?」
ポニテさん、もとい、ハルカさんが現れた。傍には他の三人の新入生もいる。
「新入生は打ち上げタダだよー。お得だよー」
そこを売りにするのか。
タダならまあ、うーん、どうしようかなー。
「ちなみに、こっちの三人は来るってー」
何? ってことは、淡海さんも行くのか。
……前みたいなことになったらやだな。
彼女のお母さんの所為で、俺は彼女が困っている時に見過ごせない呪いにかかってしまった
そう、呪いだもはや。本心は助けたいなんて思ってないのに、困っているところを見過ごせないとか、どうかしている。
これで打ち上げに行って、彼女がまた困るような目にあったら、俺はまた助けたくないのに助けようとするだろう。
そうならないためには、打ち上げに参加しなければいいだけだ。
よし、今回はこれが正しい選択だな。俺も成長している。
「あ、自分は、今回は遠慮しときます」
「あら、そう? ソラ君はー?」
「え、ええと……。……い、行きます」
おお! 何だ、結局行くのか。あまり乗り気ではなさそうだが、自分から殻を破ろうとしているのだろう。素晴らしい向上心だな。
「あ、あの……すみません」
向こうから、淡海さんが声を出した。
何だ、どうした。
「やっぱり、私その……よ、用事を思い出して……」
いやいや、そんなベタな言い訳あるか?
いや、あるのか? 俺現世のことよく知らないし。
「そうなの? それは残念! また今度ねー」
「は、はい、すみません……」
淡海さんが、チラッと俺の方を見た気がした。
結局、俺と淡海さんが打ち上げに行かないということで、帰り道を彼女と共にする羽目になった。
まったく、用事なんて思い出さなければよかったのに。
というか、同じ方向に一緒に帰っていったら、俺たち付き合っていると思われるんじゃないの? いや、大丈夫だよね? 流石にそれだけで関係を怪しまれるようなことはないよね?
俺はもちろんだが、淡海さんにそういう噂が立つのは、流石に男性が苦手の彼女には可哀想だ。何せ俺が相手じゃな。
いやいや、大丈夫だって。駅まで一緒でもそういう風に見られないだろ。
うん、そうだ。俺が自意識過剰だった。
あれ、でも淡海さん、何で俺が打ち上げ行かないって言った瞬間に用事思い出したんだ?
…………いや、怪しくない怪しくない。たまたまだ。だよね? 淡海さん。
*
帰り道
淡海さんと二度も帰路を共にすることになるとは思わなかった。
正直言って話すこともない。駅まで黙って歩いてきたが、そろそろ淡海さんの方が痺れを切らしたりしないか心配だ。
駅のホームに入ると、すぐに電車がやってきた。
二駅の区間なので椅子に座るつもりはなかったが、人が全くというほど乗っていなかったので、二人して腰を下ろすことにした。
「あの、一ノ崎君」
と、ここでとうとう淡海さんがしびれを切らした。
やはり、彼女は俺の様に沈黙が好きなタイプというわけではないらしい。
「何?」
「その……今日来たってことは……入るの? 八子会」
そういえば、前も聞かれたな、それ。いや、気のせいか?
「あー、うん。色々あって……そうなりました」
「そっか……」
再び沈黙。
彼女は俺に気を遣っているのか、必要最低限の口数しかきかない。
だが、本来の彼女はそんなに無口ではない。先程の活動中、子どもと笑顔で話している彼女の姿を見た。
もちろん、男子が苦手な本人の問題でもあるが、俺の所為で自分を抑制させられているのは少し可哀想だ。
電車から降りて、あとは徒歩での帰路についた。
流石に沈黙が長すぎて彼女も少し苦しそうだ。
……ちょっとだけ会話してあげるか。
「淡海さんは八子会に入るの?」
淡海さんは急に話しかけられて驚いている。
「え? あ、ああ、うん。一ノ崎君が入るなら……」
え?
「あ! い、いや、違うよ、違う! えっと、参考にしてたから、その……意見を? それだけだから! あ……ご、ごめん、急に大きな声出して」
だんだん彼女の声が小さくなる。
俺の意見を参考にしていたのか。何だ、そういう意味ね。
……とはなんねぇだろ……。
「何で俺の意見を参考に?」
「え、あ、い、いや、その、それは、その……」
淡海さんは顔を紅潮させている。
大丈夫だよ、淡海さん。俺はそういうのは頑として信じないから。俺って自己否定感の塊だから。
「ごめん……」
何故謝る。
というか、少し涙ぐんでいる。
俺が急に話しかけたのが悪いが、どうやら今のは失言だったらしい。
「まあ、他の一年がどうするかは気になるしね。ましてや、他の子は一個下なのに対して、俺は同い年なわけだし」
「あ、それもあるけど……あ! いや、『も』じゃなくて! その…………ごめん」
今にも泣きだしそうだ。
というか、淡海さん、いくら何でも自爆が過ぎないか?
いや、でも、まだ大丈夫。
俺の圧倒的な自己否定感と鈍感力を合わせれば、どうということはない。
彼女は耳まで真っ赤にしているが、俺は何も勘違いはしない。
そうだ、例えばこういうのはどうだ?
彼女は本当に俺の意見を参考に八子会に入るかを決めようと考えていたが、それはあくまで最後の一押し。あくまで腹はもうほとんど決まっていて、つい、俺が入るなら入るといったのだ。
恥ずかしがっているのは勘違いされたら困るからだろう。
何故俺の意見が最後の一押しだったかの理由は、さっきの俺の推定と、あとはきっと、彼女の中で俺はこう、尊敬できる人のように映っているのだろう。
尊敬出来る人の意見は最重要だもんな。そうだ、それに違いない。
決して、彼女が俺に好意を抱いているわけではない。そういうことにしよう。
……そういうことに。
「驚いたな」
「ふぇ?」
「俺、もしかして、淡海さんに尊敬されてる? 一回助けたから? 照れるな、参ったよ」
淡海さんがポカンとした表情をしている。
「あ、う、うん、じゃあ、そういうことで……」
『じゃあ』とかいうな『じゃあ』とか。
ホントこの子は自爆癖が酷い。
その後、俺達は少し気まずい雰囲気のまま自宅に帰った。
淡海さんはずっと顔が赤いままだったが、日が暮れるにつれてそれがわかりにくくなっていた。
いや、わかりにくくなったんじゃない、単に元に戻っていっただけだ。そういうことにしよう。
俺は、他人に好かれるのを煩わしいと思う人間だ。
もちろん、そう思う理由もある。もっともな理由が。
だから友人も恋人もいらない。
天崎さんはそれが間違っているかのように言っていたが、俺のことを何も知らない人間にとやかく言われたくはない。
俺はいつも人に好かれないように距離を置いて生きていたはずだ。
淡海さんは俺から言わずともそれなりに距離を置いてくれている。
気にすることはない。こういう時は鈍感になればいい。
淡海さんは俺のことを何故だか尊敬してくれているようだが、今の距離感でいればそこから発展することはない。
だから大丈夫。
無理に嫌われるようなことをする必要もない。それも体力を使うからな。
俺は何もしない。だから淡海さんももう余計なことは言うなよ? 頼むからさ。
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