chapter3「あなたにはかんけいありません」 その2

 日曜日 王子児童館




 八子会は人形劇のサークルだ。

 毎月第三日曜日に、市の児童館で小学生以下の子どもたちを対象に人形劇を披露している。

 基本的に人形などの小道具はサークルのメンバーの自作で、台本なども含め、当日までに部室などでまったり準備作業をやっている。


 というのが、俺がたった今二ノ宮君から聞いた八子会についての説明だ。


「どうしよう、なんか僕緊張してきた……」


 学生が何人もいる中、俺は取り敢えず二ノ宮君と過ごしていた。


「何で緊張するのさ。実際に劇をするのは二・三年の人達でしょ? 新入生の俺らは子ども達と一緒に聞き手に周るだけなんだから」

「それは……そうだけど……」


 二ノ宮君は単純にこういった大人数のイベントが苦手なんだろうな。まあ、俺たちも、子ども達側にいるだけじゃなくて、サクラとして盛り上げる役割もあるらしいが。


「一年生しょくーん、しゅーごー!」


 ポニーテールの先輩が声を張り上げる。

 俺たちはその先輩の下へ向かった。


「一年生は……えーと……、一、二、三、四、五人か! みんなよろしくねー」


 新入生のメンツは、俺と二ノ宮君、それに、丸眼鏡の女の子と、ギザギザ頭の男の子、そして――。


 …………何でいるんだ……淡海さん……。



俺の予想だと、怖い思いをした彼女はこのサークルには入らないと決めたものだとばかり……。

 確かに今朝もどういうわけか同じタイミングで外に出て、同じ電車に乗って、駅からここまで数歩距離を取って歩いてきていたが、まさか目的地が同じとは。

 彼女は俺と目が合うと、慌てて俯いてしまった。

 恥ずかしいのは俺も同じだ。なにせ、今朝は『おはよう! それじゃ』と言って、彼女と別れてからここに来たつもりだった。

 同じ場所に向かうと知っていたら一緒に来ただろうに。


 ……いや、それは無いな。


「じゃあ、軽く自己紹介してもらおうか! こっちから順に。はい! お願いしまーす」


 いきなりだな、ポニーテールさん。

 だが、上級生の人達は名札に名前が書いている。どうやら、俺たち新入生の分の名札も用意しているようだ。そこに書く名前を改めて聞きたいのだろう。


 さて、一番は俺だ。


「一ノ崎隼です。よろしくお願いします」


 これでよし。


「……そ、それだけ? あ! いや! 出来ればその……学部とかだけでも……なんて」


 よくなかった。

 必要最低限のことしか言いたがらない、俺の悪い癖だ。


「経営学部です」


 何故だろう、冷ややかな目線を感じる。

掴みを失敗したかな? いや、どちらかというと、いきなり例も出さずに自己紹介をお願いしたポニテさんに向けてか? これは。周りの先輩達もそう言ってガヤを入れているし。

 いや、このガヤは俺への優しさか? いい人たちだな、止めてくれ、悲しくなる。


「に、二ノみゃあ……空……です。……経営です……」


 噛んでるし。

 良かったな、残りの三人。俺と二ノ宮君のおかげでかなりハードルが下がったぞ。


 やはり下がったハードルは低かったらしい。

 残りの三人は名前と学部に加え、好きなものやら特技やらを組み入れていた。ずるい。

 どうでもいいが、淡海さんは文学部らしい。いや、ホントにどうでもいいが。ツンデレとかではなく。



 新入生の自己紹介を終えると、例のごとく下の名前がカタカナで記された名札を渡された。説明を聞くところによると、この名札はどうやら子どもたちに名前を呼んでもらう用のものらしい。

 名札が配られると、早速今回の活動についての説明がなされた。


 時間は午後一時から二時まで。劇自体は一時間で終了だが、そこから暫く子どもたちと戯れる時間があるらしい。児童館側の遊具を自由に使っていいとのことだ。その自由時間終了は午後三時。学生はそこで大学の方へ引き上げるらしい。

 当然だが、この活動は全てボランティア。人形や小道具の用意は、全て学生たちの部費で賄われている。

 危惧してはいたが、活動終了後、夜に打ち上げをやるらしい。打ち上げの場所などはいつも活動後に決めているそうだが、正直参加したくない。絶対、何としても帰ってやる。

 説明が済まされると、さっそく児童館の方へ入っていった。

 中には子供たちが何人もいる。ここで人形劇をやる先輩たちのメンタルは凄いな。


「わーでたー」

「きたきた」

「おそいよー」

「ふん、ようやくきたか……まったく」

「だれ!?」

「はじめましているじゃん」


 子どもたちは元気いっぱい、好き好きな反応を見せる。

 しかし、なんか一人、態度でかいのがいるな。


「こんにちはー。今日もやるよー」


 ポニテさんはきっと八子会の会長か何かなのだろう。皆を仕切って先導している。

 上級生たちは準備を手早く済ませ、もういつでも始められるという状態を簡単に作り出した。


 児童館の広い集会部屋の前方に、人形劇をやるスペースが出来ていた。

 パイプ机を何脚か並べ、布を上から被せただけだが、その机には色とりどりの小物が置かれている。

 その裏に学生たちが何人か人形を持って移動し、また何人かは子どもたちを整列させて座らせている。

 子どもたちは、始めは全くと言っていい程聞く耳を持たなかったが、先輩たちは慣れているのだろう。気付いたらどういうわけか子どもたちはしっかり並んで座らされていた。


 先輩たちに、軽く、新しく入ってきた学生たちという風にだけ俺たち新入生のことが説明され、その後子どもたちの傍に座らされた。


「おい! よろしくな!」


 俺の右隣の男の子が話しかけてきた。馴れ馴れしいなコイツ。

 俺はいつもの愛想笑いで適当に返事をした。


「ふん……」


 一方で、左隣の女の子は何故か憮然とした表情をしている。


 子どもに囲まれる経験は無かったが、こういう時って何か話した方がいいのかな?

 先輩達の何人かも子ども達の傍に座っているが、みんな子どもたちと何かしら話している。

 新入生も、二ノ宮君以外は同じ感じだ。二ノ宮君だけはどちらかというと子供に気を遣われて話しかけられている。

 早く開演してくれ、俺も子どもと話さなくちゃいけないじゃないか。


 駄目だ。流石に子どもに対して沈黙を作るわけにもいかない。取り敢えず話しかけるか。


「みんないつも見に来てるの?」

 右隣りの子がもう一つ隣の子と話していたので、左の女の子に声を掛けた。もちろん、ニッコリ愛想笑いしながら。


「みんな? あたしがみんなのことをしっていると? そもそもみんなってだれ? ここにいるぜんいんですか? あなたもふくめてですか? じゃあじぶんにきいたらいいんじゃないですか?」

「は。はい……すみません」


 なんかひらがな口調でまくしたてられた。

 いるよね、こういう質問攻めする子。

 最後にまた『ふん』と鼻息を放ちそっぽを向かれた。だが、チラッと反応を窺われている。しょうがない、反省している様を見せてやるか。

 俺は、あたかも『なんて下らない質問をしてしまったのだろうか』と思っているかの様に項垂れた。

 横目で見ると、何故か女の子は勝ち誇ったような表情を浮かべていた。

 癪に障るので驚かそう。


「おい、みんなはいつも見に来るのか!? いえ、俺は初めてです! じゃあみんなはも初めてか!? 知りません! …………さて、自分に聞いてみたよ、これでよろしいでしょうか?」


 女の子は一瞬びくっとしたら、キョトンとした顔を見せる。その後ちょっとだけ笑った。


「ふふ、よろしい。くるしゅうない」


 何か知らんがよろしいらしい。俺はなんてわけのわからないことをしているんだ。でも、わけのわからないことを言う子どもには、それ以上にわけのわからないことを言うのが俺なりのやり方だ。この子もちょっとニヤリとしているし正解だろう。

 

 

 そんな些細なやり取りをしていると、人形劇の方が開演した。


 正直、前予想よりは面白かった。

 人形はどれもよくできているし、台本には子どもに伝わらなさそうな小ネタが含まれていて、学生目線でも見ていて楽しめたし、一方でストーリーは王道なもので、シンデレラをちょっと改変してバトル要素を入れた物語で、先輩達の迫真の演技に子ども達も楽しんでいた。


 が、だからといって、俺が同じことをやりたいとは思えない。マジで俺、このサークルに入らなきゃいけないの? むしろ迷惑だろ……。

 しかし、まだ雑用係なら成立するかもしれない。そっちの路線で行こう。


 終演後、俺の左隣の女の子以外は律儀に拍手していた。まあ、サクラの学生が先に拍手と歓声を上げていたからだが。

 

「みんなありがとー。それでは、これからは自由時間でーす」


 ポニテさんがそう言うと、扉から児童館の遊具が、ケースに入れられて持ち運ばれてきた。中にはトランプを始めとしたボードゲーム・パーティゲームの類や、けん玉やヨーヨー、ボールや縄跳びなどもあった。


 最初の説明では、人形劇の後片付けも先輩がやるから、新入生は子どもたちと遊ぶようにと言われていた。

 致し方ない、適当にトランプでもするかな? 体育館の様に広いとはいえ、ボール遊びとかはちょっと俺には厳しい。

 流石に一部の先輩は俺たち新入生をリードするため、率先して子どもたちとゲームを始めようとしてくれている。


「トランプする人―」


 ポニテさんがそう言ったので、俺はそちらの方に向かう。二ノ宮君もついてきた。

 子ども達はバラバラに分かれるが、基本は体を動かすかそうでないかの二通りのようで、学生たちもいい具合に二手に分かれた。



 数分くらいトランプで遊んでいたが、片付けを終えた先輩たちが合流すると、学生の割合が増えるので、俺は一時戦線を離脱した。

 そこに、ブロンドヘアの男女の先輩がやってきた。

 男の方が話しかけてくる。


「よ! どうかな? 調子は」

「え、あ、はい。いい感じです」

「マジ? そりゃよかった! よかった、よかった」


 何言ってんだこの人。

 新入生が一人になるのを避けたいのだろう。このサークルの新入生への扱いは流石にわかってきた。


「人形劇どうだった?」


 女の人も話しかけてくる。


「すごい良かったですよ! 面白かったです」


 嘘ではないよ。気持ちの入り方は嘘だけど。

 ブロンドヘアの女の人はうんうんと頷いている。満足してくれて何よりだ。

 

 ……ってか、いい加減名前覚えないと。えっと……ミカさんに、タツキさんね。

 ポニテさんはなんて名前だっけ? 後で名札見とくか。


「いやー、前はセツさんに酷評されたからねー。今回は褒めてもらえるかねー」

「聞きに行きゃあいいじゃん」


 ? 何の話だ?


「セツさんっていうのは?」


 ミカさんは『あっ』とした表情を出す。


「セツさんっていうのはね、女の子! 毎回来てくれてて、毎回人形劇の批判してくれるの」

「批判?」

「批判! 批評ではなく批判!」


 なんか、本来の意味とは別の意味で使ってそうだが、そんな子がいるのか。


「ほら、あそこに一人でいる子だよ」


 あ、あの子か。

 ミカさんが指さした方にいたのは、先ほどまで俺の左隣に座っていた子だ。


「ツンデレなのかな? いつも来てくれるけど、全然褒めてくれないの」

「それに、一緒に遊ぼうぜって誘っても断られるんだよな。俺も振られたよ」


 そうなのか。まあ、確かに気難しそうな性格だったな。


「っていうか、私、セツさんが笑ってるとこも見たことないなー。劇でも笑わないもんね?」

「確かに! セツさん中途半端なギャグでも笑ってくんないからなー」

「え? そうなんですか? さっき笑ってましたけど」


 笑ったとカウントしていいのか? 俺があざ笑われていただけの気もする。


「ええ!? まじ!? 今日の劇で!? 笑ってたの!?」


 ミカさんが驚きながら質問してくる。


「い、いえ。なんかその、俺の話聞いて苦笑いされたというか……」

「マジ!? セツさん人の話聞くの!?」


 タツキさんも驚いている。

 というかそこから? タツキさん嫌われてるんじゃないの?


「驚いた。あの子を笑わせるとは……やるね! シュン君!」

「いや、別にそれは……」

「あ、じゃあ、今日の感想聞いてきてよ! シュン君が聞いたら褒めてくれるかも!」


 なんでそうなるの。


 俺はそんなことしたくなかったが、こういう時に弱いのが俺。相も変わらず、『断る』という選択肢が謎の恐怖によって消え失せる。

 いやいやながらミカさんの他の気を聞いて、俺はセツさんに人形劇の感想を聞きに行った。


「やあ、何してるの」

「あなたにはかんけいありません」

 思った通り。セツさんはそっぽを向いたまま一人でルービックキューブをいじって遊んでいる。


「そうですね、すみません。ところで、今日の人形劇どうだった?」


 俺がそう聞くと、彼女はバッと振り返った。


「つまんない。 ありきたりなはなしでこどもだまし。っていうか、あそこでおうじさましかたたかわないのへんじゃん。シャンデリアもいっしょにたたかわないとじゃん。かわいそうだし」


 シャンデリアというのは主人公の名前だ。王子さまは物語のヒーロー的存在。シャンデリアを助けるために王子さまが戦うというストーリーだったが、この子的には、二人で一緒に戦ってほしかったということだろうか?

 取り敢えず適当に合わせるか。


「確かに! それが足りなかったのかー。他には? 他には?」

「……! ガラスのくつってもとのやつとまんま。やっぱり、あたしてきにはオリジナリティがたりないとおもう」

「あーなるほど。確かに十二時に元に戻るっていうのも元ネタと同じだ。改変が足りてないね」

「……せんせいからもゆっといてね」


 『先生』? あ、俺のことか? 訂正しないほうがいいか。


「りょーかい! 逆によかった所とかはあるかなあ?」


 セツさんは少し顎に手をついて考える素振りを見せる。


「……てきはよかった。やられやくがはくしんで。えぐい。そんなかんじ」

「ホント!? ありがとう! じゃあ、みんなに言っとくね」

「それはいわんでいいから!」


 俺は、『はいはい』とだけ言ってミカさんたちの方に戻っていった。


「――という感じです」


 セツさんの言った悪かったところと良かったところを告げる。


「え!? ホント? セツさん褒めてくれたの!? 雨が降るぞこりゃあ」

「すごいなー。お前、セツさん担当になれるぜ」


 何だそれは。担当とか係とか、そういうのは止めろ。マジで。

 しかしまあ、先輩達二人にそう言われると、なんか俺も、自分が子どもの扱いが上手いんじゃないかと錯覚してしまう。

 子どもと接触する機会なんてなかったが、もしかして俺には子どもに好かれる才能があるのか? 

 ……いや、仮にそうだとしてもいらない才能だな。なんでもっと俺に合った才能をよこさないんだ。例えば、そう……駄目だ、思いつかない。俺は才能なんていらないのかもしれない。


 褒められはしたものの、俺は、その後はそこまで子どもたちと絡まずに自由時間を終えた。

 他の新入生がどうしていたかはほとんど知らないが、二ノ宮君が子どもたちにいじられている姿だけは確認した。可哀想だったが、俺にはどうすることもできなかった。悪いね。

 活動が終わると、最後に子ども達は別れの挨拶をしてくれたが、セツさんだけは端っこで格好つけた体勢で壁に寄りかかっていた。一応手は振ったが、反応してくれたのだろうか。確認はしなかった。

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