chapter3「あなたにはかんけいありません」 その1

 王一大学 食堂




 今日こそは一人で食事出来ると思っていた俺がバカだった。


 食事会から帰宅後、見計らったかのように天崎さんから連絡が来たのだ。

 連絡先は、天崎さんに無理やり登録させられたものだ。


『八子会の食事会 参加報告お願いね♡』


 ハートマークがやけに苛立つが、無視するわけにもいかない。

 俺の性格的に、一定の上限を超えるまではこういう強制的な取り決めには従ってしまうところがある。例のごとく、俺が臆病だからだ。



 本日は週末明け、月曜日の昼休み。

 さて、目の前には天崎さんがいる。

 昼ご飯、毎日一緒に食べるの? 俺達。


「それで、どうだった?」

「どうっていわれても……」


 食事会では、飯だけ食って帰ってきたから、何も言うことがない。悪いね。


「ご飯だけ食べて帰ったんでしょ? そりゃあ何もわからないよね? でも、ソラ君一人で置いて帰るのは可哀想じゃない?」

「なんでわかんの……」

「昨日の晩、返信速かったもんね? ちょうど家に帰ったところだったでしょ」

 

 何だこの人探偵か?


「まあ、確かにそうだね。だから何もわからない」

「だよねー。どんなサークルかもわかってないんでしょ。あとで困るよー」

「は? 何でさ」

「『何で』って……決まってるでしょ? 一ノ崎君あそこに入るんだから」


 何だと?


「ごめん、何言ってるかわかんない」

「だから、一ノ崎君、八子会に入るんだって。もう決めたから」

「いやいやいやいや。なんで天崎さんが決めるの? 俺のことなのに」

「だって、どうせ一ノ崎君サークル入るつもりないんでしょ? じゃあ、強制的に入れるしかないじゃん」

「いや……強制的って……。強制的なの?」

「もちろん。一ノ崎君は断らないよね? 一ノ崎君がまともな人間関係を築くためだもんね?」


 例によって、俺はこういう高圧的な物言いにはどうも臆病になる。

 天崎さんは目を輝かせている。一点の曇りもない。それが本当に怖い。漫画とかでサイコなキャラを見ることはあるが、リアルに会うとこんなに怖いのか。


 断ることができない。何故か? 少なくとも俺の我慢限界は逸脱していないのか、或いは初めから上限なんてなかったのか、それとも俺がただひたすらに憶病なのか。


 俺が『わかった』というと、天崎さんはニッコリと微笑んだ。

 本当に嬉しそうな顔をする。彼女は本当に『人助け』が趣味なんだ。俺をまともな人間へと変えていけていることに喜びを感じているんだ。


 天崎さんには悪いが、俺は友達や恋人を作るつもりはない。まともな人間関係なんていらない。というか俺には無理だ。二ノ宮君も、天崎さんもきっとそのうち疎遠になる。それまでの辛抱だ、耐えろ、俺、耐えるんだ。



 スーパー・あきなり




 天崎さんに命じられ、俺は後日、サークル『八子会』の活動に参加する羽目になった。

 大変だったのは、どうやって参加を表明するかだったが、そこは二ノ宮君に頼み込むことにした。

 食事会後、二ノ宮君は彼なりに頑張っていたようで、先輩方から今度の活動の日取りと参加連絡手段を教えてもらっていたらしい。

 二ノ宮君は俺が勝手に帰ったことは全く気にしていないようで、むしろ、何故か二ノ宮君の方から謝られた。俺が自分も参加するというと、彼はとても喜んで、快くその連絡先を教えてくれた。


 そして、次の問題はバイトのシフトとの兼ね合いだが、たった今、二ノ宮君からもらった活動の日取りを確認したところ、八子会の活動は日曜日らしい。バイトは平日にしか入れていないので、どうやら問題はなさそうだ。


 俺はケータイをしまった。

 その時、後ろから声が聞こえた。


「おはようございます、一ノ崎さん」


 陸原さんだ。


「あ、どうも。……おはよう(?)ございます」


 今はもう夕方じゃないか? 何故おはよう?


「基本、挨拶は『おはようございます』を使っちゃうんですよね。朝昼晩と区別つかなくても通じますから!」

「はあ、成程……」


 大人になると時間の区別がつかなくなるのか? それともあれか? 業界によって違うのか?


 そんなこと考えていると、陸原さんがこっちに近づいてくる。

 うわ、良い匂いする。怖い。


「一ノ崎さん……この前お会いしましたよね?」

「え?」


 そうだっけ? 

 待てよ……えっと……。

 あ! そうだ! 確かに会った! 前の土曜日だ。


「あー……家具の店で会いましたかね」

「そうです! なんだ、覚えているじゃないですか、もう。私、あの時無視されたのかと思っちゃってましたよぅ」

「はあ、すみません。人と一緒だったので、迷惑かと思って……」


 陸原さんの口角が歪んだ。


「……や、やっぱり、気付いてました? ですよね……」


 なんだか声がいつもより小さくなっている。一体どうした?


「あ……いや、やっぱり何でもないです! 忘れてください! お願いします!」


 何だ、急に必死になって。言われなくても俺の鳥頭なら数時間で忘れられるぞ。

 一、二の、ポカン。はい、忘れた。


 陸原さんはそれだけ言うとサッサと店頭に向かっていった。

 もう時間なので、俺もそれに追随していった。



 五時間後


 


 のろまな俺のバイトの時間が、今日も終わりを告げた。

 何故嫌な事をしている時はこんなに時間の流れが遅く感じるのだろう。


 今日もひどく疲れたので、早く家に帰りたい。

 バイトの俺や陸原さんは退勤時間が来たらすぐに上がってしまうが、社員の人たちは、何をしているのかは知らないが、俺たちよりも後に上がっている。そのため、この時間はバックヤードには基本俺と陸原さんしかいない。


 とはいえ、陸原さんと話すこともないし、ユニフォームを脱いだらすぐに帰るつもりだ。

 ただ、今日は俺よりも陸原さんの方が帰り支度が速かった。


 陸原さんが出口を開けると、どういうわけか、そのまま彼女は固まってしまった。

 早く出ていってほしいと思ったが、彼女はなかなか動かない。

 仕方がない。俺が先に出るか。


「あ! い、一ノ崎さん……ちょ、ちょっと」


 俺が陸原さんを避けて出ようとしたところ、何故か陸原さんに制止させられた。


「何ですか?」


 イラっとしてきた。早く帰らしてくれ。

 イライラしながら前を見ると、見知らぬ男性が一人、立っていた。


「あ、いや、その、ち、違うんですよ? か、彼はその……」


 陸原さんが俺に何か言っている。

 何だ? 何を焦っているんだ?


「どうしたよ、陸原。早く行こーぜ」


 謎の男が陸原さんに声を掛けた。

 陸原さんの知り合いか?


「ば、バイト先には顔出さないでって言ったじゃないですか!」

「えー、いいじゃん。迎えに来てあげただけじゃん」

「だから! それがいらないって話で……」


 陸原さんが怒っている。

 迎えに来たってことはあれか? 兄弟? いや、兄弟を名字で呼ぶのは変だろ。

 ……ってことは何だろ。彼氏とかかな?


 ……あれ? 変だな。

 前に店で会った奴と違う気が……。

 いや、所詮は俺の記憶力。気の所為だろう。


 …………いや、あっきらかに別人だろ。

 わかった、男友達だ。……どっちが? 

 男友達が迎えに来たりしないだろう。多分前にあった人はただの友達だ。

 ……いや、彼氏いるのに男友達と二人きりで買い物するか? 

 わからん。彼女いたことないし、友達もいないし。

 

 まあ、どうでもいいか。


「それじゃ、お疲れ様です」


 俺はそれだけ言って帰宅した。

 陸原さんは何か言いたげだったが、多分俺にじゃなくてあの彼氏さんにだろう。


 ……ひょっとして、浮気か?

 もしかして、以前一緒にいた奴は浮気相手で、偶然その場に居合わせた俺に浮気現場を目撃されたと思っているのか?

 あ、だとしたら納得がいく。

 道理であれだけ焦るはずだ。何せ、俺は彼女が浮気していたことを知っている人物なんだから。そりゃあ、彼氏に会わせたくはないよなあ。

 なんて、邪推してみた。

 真相はどうでもいい。とにかく、頼むから、陸原さんはもし浮気していたとしも、俺を黙らせるために関わってきたりしないでくれよ? 初めから俺も黙っておくからさ。マジで頼むよ?

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