chapter2「優しいね」 その6

 帰り道




 俺は何故、淡海さんと帰宅しているのだろう。

 余計なことをしなければよかった。

 淡海さんも俺と同じで無口なのが、唯一の救いか? おかげで今のところ何も話さずにいられている。


「……あの、さっきは、ありがとう……」


 あーあ、口を開いたか。

 折角俺の中で淡海さん株が上がっていたのに。


「別に、俺は何も」

「……その、ごめん……」

「え? 何で謝るの?」

「……だって、一ノ崎君……話しかけられたくない……でしょ……?」


 これは驚いた。

 俺の話しかけるなオーラが通じたのか? 二ノ宮君には全く通じないのに。

 また株が急上昇してきた。


「何でそう思ったの?」

「あ……いや、ごめん、その……」


 淡海さん、俺に対しても、当然だが口ごもっている。


「いや、確かに俺、静かな方が好きだけどさ。……正直、俺の方が、淡海さんに気を遣わせて、なんか申し訳ない……」

「……一ノ崎君、優しいね」


 え? 

 聞き間違いか?


「そんなことないよ。俺に優しいとこなんてある?」


 淡海さん、俺のことわかっているのか勘違いしているのかどっちなんだ。


「え……。だって……いつも私、顔合わせても何も言えてないのに、変わらず挨拶してくれるし……。それに、今日も助けてくれたし……」

「違うよ、淡海さん。俺は別に、そういうわけでは……っていうか、さっきも一回無視しようとしたしさ……」

「でも……結局助けられたし……。一ノ崎君、やっぱり優しいと思うよ」


 駄目だ、この人俺のこと勘違いしているらしい。

 いや、まあだから困るって言うこともないか。

 『助けられて好きになっちゃいましたー』とかじゃなければ別に困ることはないな。

 いや、俺に助けられたからってそうはならないか。その心配も不要だ。



「……その、前に色々聞いた時から……そう思ってたから……」

「前? ああ、母さんの話か……」


 母さんの話を聞いていたからそういう風に刷り込まれていたのか。

 でも、中学の頃の話だぞ。それに、実際は…………いや、どうでもいい。


 会話が終わる。

 再び沈黙が流れる。やはりこの沈黙が心地良い。

 

 まさか淡海さんとあんなところで出会うとは思ってなかったが、きっともう大学で会うことはないだろう。


「一ノ崎君は……あのサークル入るの?」


 淡海さんは沈黙を嫌うタイプだったのか? 再び口を開いてきた。

 ここは適当に流しておこう。


「さあ……どうしようかな……」


 まあ、入る気なんかさらさらないが。淡海さんの方もきっと入らないだろう。


 三度沈黙が訪れる。

 流石に淡海さんも気を遣ってきたか。今の質問の意図は何だったんだ? まあ、どうでもいい。


 自宅が近づいてきた。

 ほんの一時間程度しかいなかっただろうが、ひどく長い夜だった気がする。早く家に帰って風呂に入りたい。今日はもう疲れた。本当に。



***



 《時雨サイド》




 玄関を開けるタイミングは、またしても一ノ崎君と同じだった。もっとも、今回は一緒に帰宅したのだからしょうがないけど。

 家に帰ると、私はそのままベッドにもたれかかった。


 そしてローリング。


 うううううううああああああああああああああああ! 


 やばいやばいやばい。

 どうしようどうしようどうしよう。


 こんなの初めてだ。

 いや、確かに男の子と絡む機会なんて今までなかったけども! 

 いや、でもいくら何でも……ちょろすぎる私! 



 これが……初恋……? 


 ぐうううううあああああああ! 


 顔が熱い! 

 ってか、私変じゃなかったよね!? 

 一ノ崎君に気付かれていたらどうしよう……。


 ちょっと助けられたくらいでそんな……! 

 それともあれか? 私って面食い!? 

 いやでも好みのタイプのイケメンではないけど……。

 あーでも惚れといて好みじゃないとか言ってもしょうがないー。

 どちらかと言えば整っている方なのは違いないしー……やっぱり面食いだ私! 


 …………でも、一ノ崎君はきっと、私に好かれても困るだろうな……。

 多分、きっとそう思うはずだ。


 私は、体勢を立て直した。

 

 一ノ崎君はああ言っていたけど、やっぱり彼は優しくて、そして正直な人だ。

 彼の昔の話を彼の母親に聞いてから、彼のことを勝手に推測して、私はずっとそう思っていたし、だからずっと意識していた。


 私は、壁に手を置いて、頭を寄せた。

この壁の向こうに一ノ崎君がいる。

 

 私が彼に告白したところで、彼はきっと私を好きになることはない。

 私だけじゃない、他の誰も……。私はそれを知っている。勝手に理解した気になっているだけかもしれないけど。

 だからこそ、逆に私はこの気持ちを捨てられないだろう。

もし彼が誰かを好きになることがあれば、私はその時初めてこの気持ちを捨てることになるのだ。きっと……そんな気がする。

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