chapter4「デート、しない?」 その1

 王一大学 食堂




「で、どうだった?」


 当然のように、今日も俺は天崎さんと昼飯を共にしている。

 彼女には今、昨日の八子会の活動の感想を聞かれている。


「どうと言われても……まあ、よかったんじゃない?」

「本当!? なら、これからも頑張ってね!」


 いや、頑張るつもりは毛頭ないけど。というか、無理やり入らされるだけじゃん、そもそも。


「まあ、取り敢えずは一歩前進だね。それじゃ、次の段階に行こっか」

「次?」

「一ノ崎君は、最終的には平凡な人間関係を築いてもらうわけだからね。少しずつ段階を踏んでもらうよ」


 誰が平凡な人間関係なんか築くか。

 そもそも、天崎さんに従っていたところで平凡な人間関係を築けるとも限らない。

 所詮、彼女が俺に関われるのは卒業まで。それまで俺が変わらなければ、彼女も自然とフェードアウトすることだろう。


「ひとまずは人とのつながりに慣れることからだね。一ノ崎君自身がそれを認めなくても、友達や恋人を作るところから始めないと。サークルに入って、バイトもして、形だけでもまともな人間関係ができれば、後は一ノ崎君が変わるだけ」

「それが無理だと思うけどね」

「無理じゃない。私が変える。取り敢えずは、一ノ崎君はまだ外面もそんなに人間関係潤ってないから、そこを潤わせていこう」

「サークルも入って、バイトもしてるし、二ノ宮君には一方的に友達扱いされてる……だろうし、外面はもう十分では?」


 正直、二ノ宮君に友達扱いされているとは思いたくないが、天崎さんに余計なことをさせられたくないし、そういうことにしておこう。


「恋人は?」

「え?」

「傍から見ると一ノ崎君の恋人だろうって言える人はいる?」

「いや、それは……」


 正直、天崎さんのことだから、『自分を恋人扱いしろ』と考えているものだと思った。もしかして俺は自惚れていたのか?

 いや、不思議と安堵している自分もいる。まあ、流石にいくら人助けが好きだからって、やっぱり好きでもない俺と恋愛するなんてマジで言っていたわけじゃないよな。


「もう!  ここにいるでしょ!」


 そんなことはなかった。


「……いや、天崎さんは別に俺のこと何とも思ってないでしょ?」

「だから! あくまで外面!  客観的に見たら私達付き合ってるでしょ? 毎日一緒にいるし」

「いや、毎日はいないけど……」


 待てよ。

 確かに、冷静になって考えてみたら、ほぼいつも男女で二人きりで昼ご飯一緒に食べているし……傍から見たら付き合っているとしか思えないな。


「あ! なんとも思ってないってことはないからね?  今だって一ノ崎君のこと好きになろうと頑張ってるし」


 それって頑張ることなのか?

 というか、頑張ったところで無理だろ。


「同じタイミングで両想いになれるといいね!」


 そんな台詞もう二度と人生で聞くことないだろうな。俺は溜息を吐いた。


 天崎さんは相変わらず笑顔で、狂気的だ。思考回路がこんなにわかりにくい奴がいるとはな。


「とにかく! 確かにこのように、一見、一ノ崎君は既に外面では人間関係が潤っているかのように見えますが! 実はそうではないのです」

「そりゃまあ、俺は恋人も友達もいるつもりないし。サークルやバイト先の人達も他人としか思ってないしな」

「それは一ノ崎君の内面の話でしょ? 外面でもまだまだ足りてないって言ってるの」

「え? そう? 客観的に見たら俺もうリア充じゃない?」

「……自分でそう言えるのは凄いね。本心では微塵も思ってないから言えるんだろうけど。でも! まだまだ全然ダメ! だって、普通の人ならやっているようなこと、一ノ崎君はやっていないもの」


 何だそれは。

 『普通』を知らないから何もわからない。


「例えば一ノ崎君、連絡先は、どのくらいお友達いる?」

「うーん。八、いや、九だね」

「ほら少ない! 全然連絡先交換してないじゃん!」

「いや、だって、あまり聞かれてないし……」

「一番最近のトークはいつ?」

「え? 昨日の天崎さんからが最後だよ? 今日の呼び出しの奴」

「ほら昨日だ! 普通の人は四六時中誰かとやり取りしてるんだよ」

「いや、それは人によるだろ……」

「つまり! 一ノ崎君は、全ッ然外面もまともな人間関係を築けていないの! 第一、私とこうしてお昼ご飯食べている時以外は、基本一人で行動してるでしょ? それも普通じゃないから」

「それは、俺以外の人にも失礼じゃないか?」

「もちろん! 同じような人みんな変えていきたいって思ってるよ?」


 いやいや、無理だろそれは。


「今無理だろって思ったでしょ? まあ、私も人間だからね。でも、自分の手の届く範囲なら何とかしたいの。いや、何とかする。無理だと諦めるよりは建設的でしょ?」

「……そうかい」

「で! 話を戻すけど、次の段階では、一ノ崎君に『普通の人』を体験してほしいの」

「『普通の人』?」

「そう! まず初めに、『普通の恋愛』から」

「いや、ハードル上がりすぎだろ」

「そうでもないよ? 私が男だったら、『普通の友情』から体験してほしいところだったけど。私、女だから。『普通の恋愛』体験の方が楽に始められるよ」

「『普通の人』はみんな恋愛するのか?」

「するよ? でも、今までそういう経験がないからって、恥じることでもないよ? 誰だって最初はお箸の持ち方も知らないんだから。世の中には自然と経験するものだっていう人もいるかもしれないけど、それが『普通の人』の意見で、かつ、運のよかった人の意見。運悪く『普通』になれなかった人は、きっと社会に出て辛い思いをしてしまう……。でも! 私がそこに手を差し伸べるの! 自然と手に入らなかった経験を、私がさせる。そして、『普通』になって、二度と辛い思いはさせない! それが私の『人助け』」


 熱弁ご苦労なことだが、やはり、彼女は異常者だ。

 何が『普通』だ、バカバカしい。その尺度を決めているのが『異常』の彼女じゃ話にならない。

 しかし、今は我慢する他ない。果たして、彼女は俺に何をさせるつもりなのか。


「……で、どんな体験をすればいいの? いきなりガチな感じのはやなんだけど」

「そうだね、いきなり性行為は一ノ崎君には厳しいよね」


 折角言葉を濁したのに。言っちゃうんだ。普通に言っちゃうんだ。


「まずはさ……デート、しない?」


 天崎さんは笑顔でそう言った。

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