chapter2「優しいね」 その3

 王一大学 サークル棟




 日曜日の夕暮れ過ぎに学校にいるというのは妙な気分だ。

サークル棟の方に立ち寄るのは初めてだが、各サークルで新歓活動が行われているためか、日が沈んだというのにやけに騒がしい。

 二ノ宮君とは現地集合する予定だったのだが、果たしてどこにいるのか。


 あ。いた。明らかに当初来る予定だったところとは別のサークルの先輩方に勧誘を受けている。しかも男性複数に囲まれている。まさか女だと思われているわけじゃないよな?

 というか、二ノ宮君が攫われたら俺一人で食事会に行かなきゃいけなくなってしまう。いや、それなら行かなくてもいいか。でもタダ飯だしなあ。…………助けるか。


 俺は我関せずといった顔で飄々と二ノ宮君に声を掛け、周りの人たちには見向きもせずにその場から連れ出した。二ノ宮君からはお礼を言われたが、俺が実は見捨てるつもりでもいたことを知らずに、なんと呑気な奴だろうと思ってしまった。


 そうして俺達は食事会の方へ向かった。しかし一体どのサークルだ? 明らかに食事会ではないサークルもあるが、同様に、食事会を開いているサークルもいくつか存在している。ここは二ノ宮君に任せるとしよう。


 ――何、自分もわからないだって? この子、一人で来ていたらどうなっていたんだ。


 二ノ宮君もどこかわからないと言った時は呆れかけたが、『八子会』という看板がデカデカと扉の前に置かれていたため何とか間違えずに来られた。というか、一番大きな部屋だった。


「こんばんは! 新入生ですか?」


 茶髪のポニーテールの女性が話しかけてきた。


「あ、はい、そうです」

「は、はい!」


 俺に続いて二ノ宮君も返事した。


「だよね! じゃあ、こちらの紙に名前を書いて、胸に貼り付けてください! それと、こちらのプラコップにもお願いします!」


 と言われ、紙とペン、それにプラコップを渡された。名前……フルネームか?


「名前っていうのは……?」

「下の名前だけでいいよ! ニックネームでも可!」

「はあ」


 周りを見渡すと、カタカナで名前が書かれたプラコップを持った学生が見受けられる。俺もそれに倣ってカタカナで『シュン』と書くことにした。隣の二ノ宮君は『ソラ』と書いている。


「さあ、こちらにどうぞ!」


 ポニーテールの女性に案内され、部屋の中に入る。

 部屋の中には、パイプ机とパイプ椅子が並べて置かれていて、机の上にはオードブルが種々雑多と並んでいる。

 机を取り巻くように学生たちが散らばっているが、新入生と上級生の違いは明白だ。胸に名前の書かれた紙を貼っているのが新入生。名札を首からぶら下げているのが上級生で間違いない。ついでに言うと、明らかに人数分無い椅子に座っているのが新入生、立っていたり、歩き回っていたりしているのが上級生だろう。


「さ、座って、座って。何飲む?」


 やはり、俺と二ノ宮君も座らされた。予想道理だ。


「何がありますか?」

「色々あるよー。えっとねぇ……ところで……未成年?」

「あ、はい。二人とも、はい」


 新入生なら大半は未成年じゃないか? まあ二浪ならあり得るか。あと、一浪でも誕生日がもう過ぎていたらあり得るな。


「じゃーソフドリね! コーラにカルピス、オレンジ、グレープ、ミルクティーに……あと、お茶! どれにする?」

「じゃあ、カルピスで」

「あ、じゃあ、僕もそれで……」

「りょーかい!」


 ポニーテールさんは俺達のコップを持ってカルピスを入れに行ってくれた。もし同い年だったら、なんだか悪い気がするな。


 その間、他のブロンドヘアの先輩が現れ、オードブルから食事をよそって渡してくれた。正直、他人によそってもらうより自分でよそいたい派なんだが、文句は言えない。あ、ソーセージはいらない。いらないよー。……駄目か。

 二ノ宮君の方もメガネの先輩によそってもらっている。何やら話しかけられているが、二ノ宮君はあたふたしながら話をしているので、何の話をしているのかわからない。

 

 そして、ポニーテールさんが飲み物を持ってきてくると、そのまま空いている椅子を持ってきて俺の隣に座った。どうやら新入生が座っていない椅子には上級生も座るらしい。でも、新入生が来たらわざわざどいたりするんだろうか。文化系サークルは体育会系と違って逆年功序列なのかもしれない。


「二人は友達? 学部が同じなのかな?」


 うわ、話しかけてきた。まさか、ここから食事会が終わるまでずっと先輩達と会話しなくちゃいけないのか? 冗談じゃない。

「あ、はい、そうです」

「学部はどこー?」


 二ノ宮君の隣に座ってきたメガネの先輩が入ってきた。

 女性二人の間に俺達男二人、挟まれる形になってしまった。オセロなら俺達女になるんじゃないか?


「えっと、経営学部です……」


 二ノ宮君が答えないので俺が答えた。まだ緊張しているらしい。


「そっかー。うちにも経営の人いるよ! 今はいないけど……」

「はあ」


 一瞬の沈黙。


「二人はもう入るサークル決めた?」

「いえ」

「ちなみにうちは兼サー大歓迎だよ!」

「はあ」


 一瞬の沈黙。


 ポニーテールさんはめげずに次から次へと話題を提供する。

 俺は適当に相槌を打つ。

 大変申し訳ないが、俺は話題を広げるつもりは毛頭ない。だって人と話すの、嫌いだもん。それでなくても最近は喉を必要以上に消費しているんだ。誰かさんの所為で。

 これ、ポニーテールさんマジで大変だろうな。そろそろ一旦離席した方がいいか? いや、まだ座って三分もたっていない。もう少し頑張ってもらおう。


 隣の二ノ宮君は俺よりはマシなものの、曖昧な返事を繰り返している。でも、俺とはやる気が違う。頑張れ二ノ宮君、ここを耐えてきっと人は成長するんだ。


 

 そろそろ五分くらいたった。俺はよそってもらった分のおかずを平らげると、席を立ちあがった。


「すみません、お手洗いってどちらですかね?」


 二ノ宮君がぎょっとした表情を見せる。俺がこの場を離れることを恐れているらしい。


「あ、ここ出てまっすぐ行って、突き当りを右だよ」


 メガネさんが丁寧に教えてくれた。


 俺がトイレに向かおうとすると、二ノ宮君が縋るような眼をこちらに向けてきた。どうしろというんだ。一人になるのが嫌ならついてくればいいのに。きっと、催してないのについていくのが恥ずかしいのだろう。いや、恐らくの話だけど。




 用を足し終えると、俺はこれからのことを考えた。

 タダ飯を食らいに来たのはいいが、会話をしなくてはならないというのはつらい。何とか腹を満たした段階で抜け出したいものだ。

 二ノ宮君とは一緒に来ることを約束したが、一緒に帰るとまでは約束していない。勝手に帰っても文句を言われる筋合いはない。よね?


 よし、そうと決まればとっとと飯だけ食って帰ろう。



 俺がフロアに戻ると、いつの間にか俺の席に人が座っていた。

 二ノ宮君が先輩たちに囲まれている。やっぱり、女顔で、髪も長くてサラサラで目立つのだろう。

 ただ、二ノ宮君本人は顔が滅茶苦茶青ざめている。大丈夫だろうか、いや大丈夫じゃない。だがここは無視しよう。頑張れ二ノ宮君、君は今成長の真っ只中だ。

 俺は新しい紙皿を手に取り、立ち食いを始めようとした。


 ん?

 なんか、見たことある顔の人がいる……。


奥の方の席。二人の男の先輩に囲まれている新入生の女子。

俺は彼女の顔に見覚えがあった。

 一人暮らしを始めてから、恐らく最も多い頻度でその顔を見ている。


 俺の自宅の隣の部屋に住む人物。確か名前は……えっと……覚えたはずだ。名前は……そうだ。



 ――淡海時雨あわみしぐれ

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