chapter1「きっと私を好きになる」 その5
翌日 王一大学 二号館
ようやく金曜日だ。大学生活が始まって一週間が経過する。
そして今日の授業はこの二限だけ。しかも必修の授業でも学部ごとにある推奨の講義でもないため、二ノ宮君と出会うこともない。
説明会以降、二ノ宮君と毎日顔を合わせてしまい、半ば強制的に行動を共にする羽目になってしまっていた。今日はようやく一人で昼ご飯も食べられそうだ。
明日からは休日だし、実質三連休と言ってもいいレベル。俺のスケジュールは完璧だな。
ただ、惜しむらくは今日バイトがあることだろうな。週三だから仕方ないが。
「おはよう」
しかし、早く来すぎたな。まだ十分前だ。
「おーはーよー」
ゴミ出しに隣人のあの子が先に行ってなかったらなあ。挨拶したくないからって、ゴミ出しをサボって、あの子がこちらを見ていない間に行こうと思った俺が悪いけど。
「お・は・よ・う!」
え? 俺?
サッと振り返った。
「おはよう、一ノ崎君。なんで無視するのさ」
「あ、天崎さん……? なんで……」
確か天崎さんは二年のはず。なんで俺と同じ授業に……。
「別に珍しくもないでしょ? 高校までと違って、他学年の人と同じ授業を受けることなんてよくあるよ?」
成程。しかし、俺はなるべく二ノ宮君と被らないように必修科目以外は他の学部の生徒が取るような授業を取ったんだが……この人何学部なんだ?
「天崎さん社会学部なの?」
「違うよ? 経営学部」
「え? じゃ、じゃあ、なんでこの社会学の授業取ってるの?」
「やだなあ、うちの大学、どの学部の生徒でも基礎科目はとれるようになってるでしょ? この授業楽単って聞いたからさ」
『ラクタン』……。なんか周りの生徒も言ってたな。『楽に単位が取れる授業』の略かな。
まあ、かくいう俺も、この授業が楽単だから履修登録したわけだが。
「一ノ崎君だって私と同じでしょ? 経営学部だし」
「え? 何で知ってるの?」
「もちろん、ソラ君に聞いたからだよ」
ん? それはおかしくないか?
「いつ聞いたの?」
「『いつ』って……もー、いつでもいいじゃん」」
「え? でも、二ノ宮君、俺の学部知ってたのかな? 経済学部と経営学部って、講義説明会も一緒で、必修科目も似通ってるから、どっちか判別しにくいと思ってたけど」
少なくとも、俺の口から直接伝えたことはない。自分と同じだと思い込んでいる線はあるが……。彼、説明会も寝ていたしな。
「…………まあ、二択だしね! もしかして経済学部だった? だとしたらソラ君が勘違いしてたってことだけど」
「ああ、やっぱりそうなのかな? 経営学部で合ってるよ。天崎さん、二ノ宮君と同じ」
「そっか! よかったー」
………………。
なんだこの違和感。
この人俺のストーカーとかじゃないよな? 俺に魅力はないし……。
駄目だ、駄目だ、妄想が過ぎる。
たまたま二ノ宮君に学部を聞いただけで、たまたま授業が被っただけだ。
……そういや、俺の年も二ノ宮君に聞いたって言っていたな……。
いや、だから妄想が過ぎるってば。
「ねえ、一ノ崎君」
「何?」
「一ノ崎君って、ソラ君以外の人とはつるんだりしていないの?」
見りゃわかんだろ。
「御覧の通りですよ」
天崎さんがニコリと笑う。
「そっかー。じゃあさ! 私と友達になろっか!」
は?
「いいでしょ? いいよね? けってーい」
「いや、何をいきなり」
なんだ? これが陽の者のコミュニケーションなのか?
「駄目?」
「いや、駄目というか、何というか。いきなり何を言い出してんだというか」
あ、やばい。いつもの癖が。
「ええー。いいじゃん、友達の友達同士、仲良くしよ? ね?」
「いや、まあ、別にいいけど……何で?」
あー。駄目だ、冷静になれ、俺。
「『何で?』って……いちいち理由いる? それとも一ノ崎君、孤独が好きな人なのかなー?」
クスクスと笑いながら冗談交じりに言う天崎さん。
そう、冗談だ。いちいち目くじらを立てるな、俺。
「そうだよ。そういうことで、どうぞよろしく」
「? オッケーってこと?」
「ああもう、それでいいよ」
「やったー!」
どうでもいい。
あー、早く授業始まんないかな。
それからは特に言葉を交わすことはなく、授業も始まり、俺はただ、一刻も早く家に帰りたいと願い続けた。
こういう人は本当に苦手だ。関わりたくない。だから孤独が好きそうに思われるんだろうな。別に好きでも嫌いでもないけど。
キーンコーン
チャイムが鳴った。
ようやく帰れる。
早く帰りたい。急いで出口に向かおう。
「あ、待ってよ、一ノ崎君。お昼、一緒にどう?」
こやつ。
「ごめん、用事があるんだ」
俺は足早にその場を去った。
さあ出口だ。
グイッ
腕を引っ張られた。
何で?
「待ってよ、一ノ崎君」
天崎さんは声のトーンを低くする。
腕の力が強い。女子に腕を握られたことはないが、こんなに強いものだとは知らなかった。
「用事なんて……本当は無いんでしょ?」
沈黙が訪れる。
天崎さんは腕を離してくれたが、どうも金縛りにあったかのように身動き一つとれない。
その沈黙の間に、授業に出席していた生徒たちはみんな教室から去っていった。
気付いたら、その場にいるのは俺と天崎さんの二人だけ。
「どうしたの? 黙っちゃって」
先に口を開いたのは天崎さんだ。
「いや、だってほら、そっちが急にさ……」
「一ノ崎君、喋るときいつも『いや』って頭につけるよね。否定から入る癖があるんだろうね。何事に対しても無駄に斜に構えているんでしょ? だから友達少ないんでしょ」
……おいおい、何だ一体。喧嘩売ってんのか? 生憎と、買う金は持ち合わせていない。
「それじゃ、またね」
「あ、それともわざとかな? 意識して否定から入るようにしてるの? それはまずい性格だね、一生友達出来ないよ」
「……」
無視、無視。
再び去ろうとする俺の腕を、彼女は再び強く引っ張った。
「いったい!」
「ごめんね。でも、一ノ崎君のためなの」
「は? 何言ってんの?」
しまった、反応してしまった。
「一ノ崎君、友達いないって言ってたでしょ? ほら、私、『人助け』が好きだからさ。一ノ崎君に友達出来てほしいんだよね。まずは手始めに、私から」
………………落ち着け。キレるな、俺。
「まずはその他人に興味なさそうな性格の矯正だね。大丈夫! 私、一ノ崎君のこと結構調べたからさ! 少しずつ直していこう! 私と一緒にね」
……駄目だ。
「何言ってんだ、お前」
流石にもう我慢できない。出来そうもない。
「今、俺のこと調べたって言った?」
「うん、調べられる範囲でね」
「じゃあ、余計なお世話だってわからない?」
「うーん……ごめん、それがわかるほどには調べられてないよ」
「ああ、そう」
あー、イライラする。こんなにイライラするのは久しぶりだ。俺が何か悪いことしたか? 慎ましく一人で生きてきただけだっていうのに。
なのに、なんで俺のことを何も知らないコイツにこんなにイライラさせられなきゃいけないんだ? 何も知らないくせに。
どうでもいい。ホントどうでもいい。早く帰りたい。
「天崎さん、あのさ、世の中には色んな人がいるんだよ? 他人と一緒にいるだけで気分が悪くなったり、友達なんていなくていいと思ってる奴とかさ」
「でも、それって、間違った考え方だよね? なら、正さなくちゃだめじゃない? 私はそう思うんだけど」
駄目だ、コイツ。よくいる話が通じない奴だ。いや、その中でも特に理解出来ない頭のおかしい奴だ。
でも、何でそいつがよりによって俺に積極的に関わってくるんだ?
二ノ宮君に関わった所為か? 本当に人を見る目がなかったな、俺。
「あー、でも、男女の友情って、正直あまり現実的じゃないよね。でも私は男になれないし…………そうだ! 良いこと思いついた!」
碌でもないことだろ? 分かるよ。
「一ノ崎君、私と恋愛しようよ! 恋愛こそ至高のコミュニケーション! 一ノ崎君が正しい人になるためには一番手っ取り早くない?」
もう駄目だ……頭が痛くなってきた。
「何…………言ってんだよ……。わけわかんねぇ……」
「大丈夫、安心して! 私、一ノ崎君のこと好きになるように頑張るから! だから、一ノ崎君も、一緒に頑張ろう? 心配することないよ……。大丈夫、一ノ崎君は――」
彼女はただただ微笑み続ける。
微笑んで、微笑んで、俺に語り掛けてくる。
「きっと私を好きになる」
外から暖かい風が吹き込んできた。
だが俺は、どうしても春が来たと認めることは出来なかった。
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