chapter1「きっと私を好きになる」 その4
夕方 スーパー・あきなり
大学近所のスーパー・あきなり。近辺の学生は大半がこの店で買い出しを行う。夕暮れ時になると主婦層も織り交ざり、大変混雑している。
俺はここでアルバイトをすることになった。
応募するときが本当に辛かった。しかし、仕送りだけでは流石に生活が苦しい。体を震わせ、汗をだらだらと垂れ流し、どもりながら、なんとか電話で面接の日程を話し合うことが出来た。
くそぅ……リアルでならそれなりにまともに話せるのに……。電話越しだとどうもどもってしまう。
なんとか面接を無難に終え、俺は今日、バイト初日を迎える。
果たしてまともに接客できるのか、この俺に。今更不安になってきた。
「一ノ崎君、着替え終わった?」
店長だ。初老の男性で、穏やかで優しそうな人だ。俺はツイてるな。
「あ、はい」
「それじゃ、はい。こちら、陸原ちゃんね。今日は仕事彼女に教えてもらって」
リクハラさんと思われる人が、目の前でペコリと会釈をした。
派手な髪色のショートボブ。耳にピアス穴。おまけに、メッチャニコニコしている。
間違いない、彼女、俺とは住む世界が違うタイプの人間だ。
いや、ニコニコしているのは関係ないか。俺も適当に愛想笑いを浮かべてやろう。
「
「あ、こちらこそ、よろしくお願いします」
やばい、声大きい。ってか、いつまでニコニコしているんだ? まさかずっと? プロか?
「二人は同じ王一の生徒さんでしょ? まあ、うまくやってね」
同じ……。問題は学年が上か下かどちらかということだな。まあ、どうせ敬語で話すから関係無いが……なるべく接点がないことを願うばかりだ。
陸原さんに連れられ、初めてのお仕事に取り組むことになる俺。
初めてとはいえ、俺が珍しいミスをしては、陸原さんも解決がわからず店長に助けを求めに行かせてしまうという事態を繰り返し、これでもかと自身の無能さをひけらかしてしまった。
まあ、初めてだから仕方あるまい。許せよ。
五時間の勤務を何とか終え、俺はバックヤードの椅子に座り、体を伸ばした。
「お疲れ様です、一ノ崎さん!」
陸原さん、まだニコニコしている。プロだ。接客のプロ。でも俺は客じゃないよ。
「お疲れ様です」
「どうですか? 仕事、覚えられそうですか?」
「いやあ、無理ですね。少なくとも頭で覚えるのは」
「フフフ、正直ですね。確かに、カラダで覚えた方が速いかもですねぇ。カ・ラ・ダ、でね」
「……着替え、先いいですよ」
「えー、それ今私が言おうとしたのにー。先輩を立ててくださいよー」
あざといなこの人。なんかよくわからないけどあざとい気がする。マジで苦手なタイプだ。
いちいち猫撫で声だし、なんか前のめりになって話しかけてくるし。
あれか? 自分に自信がある女子はみんなこうなのかな? この子も顔可愛いし。あー、でも、天崎さんも結構だったなあ。どっちも取り敢えず目の保養にはなるなあ。
「着替え終わりました!」
「速いですね……」
「急いじゃいました! ささ、一ノ崎さん、どぞー」
ホント明るく元気な人だ。
というか、よく考えたら俺、着替えるも何も着てきた服の上にユニフォーム来ているだけじゃん。わざわざ一つしかないロッカー室に行くまでもないな。
ここで脱ごう。
「わっ! び、びっくりした、急に脱がないでくださいよ! 素肌を露出しようとしたのかと思っちゃったじゃないですかー」
「あ、ごめんなさい。服の上からだったものでつい」
「もー。ドキッてしちゃいましたよ? 一ノ崎さん、私のタイプですし」
「はあ……すみません」
タイプ? ああ、お世辞ね。しっかりしているな。
「折角ですし、一緒に帰りません? 家、近くですよね?」
「え? あ、あー……はい。まあ、もう暗いですしね」
「そうなんですよ! 最近この辺物騒なものでして!」
だよね。一瞬『何のつもりだ』とか思っちゃったよ。しかし、それでも随分グイグイくるな。陽の世界の住人はホントよくわからない。
俺たちは、人っ気のない道を二人で歩いていた。
まさか夜道を女性とともに歩くことになるとは。
まあでも、俺は会話とか自分から振ったりしないし、きっと飽きられて、二回目はないだろうな。
今回はアレだ、初回特典ってやつだな。
「一ノ崎さんって一年生ですか?」
と思っていたら彼女から話を振ってきた。
「え、ああ、はい」
「あ! じゃあ、同い年ですね! 私と!」
「あー……、いや、それは違うと思いますよ」
「何故ですか? 私も一年ですよ?」
「その……俺、一年浪人してまして……。だから多分年上……ん? 一年? あれ、でも陸原さん先輩ですよね? バイトでは」
「ああ、なるほどなるほど……。あ、私が先輩なのはアレですよ、ただ単に高校の頃からバイトしてるっていうだけです。近いんですよね、私の母校」
「あー、そうなんですか」
やばい、自分から質問しといて聞き流した。マジでやばいな俺。どんだけ興味ないんだよ。
その後も陸原さんから他愛もない話が振られ続け、俺はテキトーに相槌を打っていた。
この人嫌にならないのかな?
しばらく歩き続けると交差点で帰路が分かれた。流石に来た道を戻りたくはないので、俺はその場で彼女と別れることにした。
陸原さんは最後までニコニコし続けていた。あれはもう素なんだろうな。
さっさとうちに帰って、早く風呂に入りたいな。
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