chapter1「きっと私を好きになる」 その3

 王一大学 食堂




 本日のランチは豚キムチ炒めだ。生まれつき胃腸がよろしくない俺にとっては、こいつを食らうことがある種、修行のようなものかもしれないな。

 しかし食堂の飯は安いな。貧乏学生の俺たちの強い味方だな。でも、俺はこの味方に胃腸を攻撃させるんだよな。救うべき味方に裏切りを強要される気持ちはいかがなものか? 豚キムのみぞ知る。あ、みそ汁もいただこう。


 さて、席はどうしようかな。

 くそ、窓際席が埋まっている。独り身にはあそこら辺の席が分相応だというのに。

 二人組で窓際に座っている奴がいるぞ。おいおい、ペアで来たならテーブル席に座りなって。向かい合って座った方が、仲が深まるって聞いたぞ。頼むよ。


 致し方なし。テーブル席に座るとしよう。頼むから誰も来るなよ。


 席に着く。さあ、頂きます。


「こんにちは」


 …………。


「初めまして」


 …………。



 誰?

 え、誰? 何?

 なんか急に女の子が目の前に座ってきたんだけど。


「私の名前は天崎晴楽あまさきはるら。よろしくね」


 何これ、逆ナン? 趣味悪。


「君は?」

「あ、えっと……一ノ崎……隼」

「一ノ崎君! いい名前だね!」

「どうも」


 よせやい褒めるなって。他に褒めるところが無いみたいだぞー。


「私さ、ソラ君と同中なんだよね。まあ、一応友達? 年は私のが一個上だけど」 


 ソラ君……? あ、そうか、思い出した!

 そうそう、二ノ宮空! 

 男か女か判別できないって思ったんだよ、その名前聞いてさ。

 やべーな、俺。もうこれ若年性健忘症入ってきてないか? 真面目に悩みそう。


「ソラ君……って、二ノ宮君のことですか?」

「そうそう! ……って、敬語使わなくていいよー、同い年でしょ?」

「え? 何で知って」

「ソラ君から聞いてさ! ……ってか、ソラ君だって敬語使わないでしょ? 一、二歳差なんて、あって無いようなもんだしね! 同い年ならなおのこと……ね!」

「は、はあ」


 なんだこいつ、やばいだろ。どんだけ陽の者なんだ。普通友達の知り合いに友達を介さず会えるか? ただもんじゃねぇ。今すぐ帰りてぇ。


「ソラ君、いい子でしょ? どう?」

「え、あ、うん。そうだね、いい子だよ、間違いなく。少なくとも俺よりは」

「あはははは。面白いね、一ノ崎君。面白いよ」


 はい、陽キャ特有の笑いの沸点の低さね。


「それで、何か、二ノ宮君に伝えたいことでも?」

「え? 違うよ、だったら本人に直接言うでしょ? ソラ君の友達に話しかけてみたかっただけ」

「何故?」

「……」


 あれ、変なこと聞いたか? 俺の良くないとこが出たな。このままだとまだまだ出るぞ。気をつけろよ。


「……ちょっと、不安でね」

「……不安?」


 彼女は、一旦瞼を閉じ、再び開いた。


「ソラ君はね、中学の頃の話なんだけど、その、ほら、ソラ君って可愛いでしょ? まるで女の子みたいに……。まあ、色々あって仕方なくってのもあるんだけど。……それでね、中学の頃、ちょっと他の男子たちにね、いじられるっていうか……あー、ごめん、こんな話いきなりされても困るよね! 今が幸せならオッケー! 何も問題なしだしね!」


 いじられる。

 違うな、いじめられていたんだ。

 彼女も優しい人らしい。言葉を濁して何とか飲み込んだ。まあ、二ノ宮君からすれば知られたくない話題だろうからな。それを俺にそれとなく伝えたってことは……。


 参った。

 この人俺を牽制している。

 この人は俺と違って人を見る目があるらしい。

 俺がいい奴には見えていないのだろう。普通のことだ、二ノ宮君が鈍感なんだ。

 俺が二ノ宮君の友人に相応しいか、あるいは彼を傷つけるような奴かを判断したいって魂胆なのだろう。

なんか独りよがりな気もするな。

なら、俺も遠慮しなくていいな。


「……で、二ノ宮君が他の男子にいじられてた時、君は何していたの?」

「……! へえ、それ聞くー?」

「あー、ごめん、聞き方変だった」


 『ごめん』って、申し訳ないって思ってなくても使われるよな。軽い言葉だ。


「ううん、全く。いやー、ちょっと恥ずかしいから言いたくなかったんだけどねー。実はその……んだよね、そういうのを」


 は? 


「『止めさせた』って……え? マジ? 凄くない?」

「いやいや! 大したことはしてないよ! ただちょっと、直接『止めなよ』って言っただけでさ。それからソラ君と仲良くなって、卒業してからも定期的に会って、上手くやれてるか聞いたり、一緒に遊んだりとかしてただけで……」



 凄すぎだろ。アフターケアまでやってんの? しかも今に至るまでずっと? 何だコイツ。


「天崎さん……だっけ? 凄い人だね……。でも、どうしてそこまで……」

「好きなの、『人助け』」



 まっすぐな瞳で、まっすぐな姿勢で、彼女はそう言った。

 傍から見ればなんて聖人なのだろうと思うだろう。いや、俺だってそう思う。

 でも、なぜだろう。

 彼女のまっすぐな瞳の、その奥に、なぜか狂気を孕んでいる気がした。



「仲良くしてね、彼、いい子だから。一ノ崎君もいい人に見えるから大丈夫だろうけど」

「俺が? ……いや、そんなことはないよ。まあ、せいぜい二ノ宮君に軽蔑されないように気を付けてみるよ」


 あーあー、思ってもない言葉が出るわ、出るわ。


「軽蔑されるようなことするの?」

「さあ? 俺、友達いないからさ、人との距離感とかわからないんだよ」


 彼女の――天崎さんの目が煌めいた気がした。


「そっか…………そっか! 大丈夫! 私に任せて! だから、ソラ君と仲良くね! ね!」


 なんか違和感のある言い方だな。まあいいか。

 全部適当にやり過ごせばいいだけだ。気にすることはない。

 面倒なことは、長いものに巻かれる精神でいよう。

 俺は流されて生きていくだけ。

 いつもそうやってきたんだから。



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