chapter1「きっと私を好きになる」 その2

 三日後 アパ―ト・タフィルーズ王子




 目覚めが悪い。一限の授業は入れるべきじゃなかったかな。あー、眠い。履修取り消すか? 考え物だな。


 大学入学より三日が経過した。一年浪人してまで入った国立の大学だ。いや、現役で受かった大学はなかったから、浪人は必然だったが。

 とにかく、一週間たって未だに授業のありがたみを感じられていないのは俺がクソだからか? それとも授業が面白くないからか?


 くだらないことを考えても仕方がない。さっさと行くか。


 俺は玄関のドアノブを回した。


 ガチャリ

 ガチャリ


 隣の部屋の扉が開いた。全く同じタイミングで。


「………!」


 隣人の少女が驚いた表情でこちらを一瞥する。当然、俺はそれを無視していきたいところだが、さすがに挨拶はしておくか? 適当に。ほら、作り笑いだ、いつものやつ。


「おはよう! それじゃ、お先!」


 彼女とは一度挨拶したことがある。もちろん名前は忘れたけど。彼女も同じ大学の学生だ。確か、年も同じ……だったよな? まあ、どうでもいい。

 急いでいる風を装って、我先にと学校へ向かわせてもらうとしよう。返事はいらないよ、グッドラック!


 振り返ることなくお暇した。彼女はどんな表情をしていただろう。まあ、どうでもいい。


 そんなことより……アイツはどうしたものだろう。

 物言わぬ隣人よりアイツは厄介そうだ。

 俺としたことが、どうやら人を見る目など持ち合わせていなかったらしい。

 今日も同じ授業に出る約束をさせられている。

 アイツ……名前は何て言ったっけ?

 二ノ宮……やべえ、下の名前は覚えてなくても仕方ないよな? 怒られないよな? 

 何とか悟られないように気を付けるとするか……。まったく、俺なんかよりも、もっとまともな人とつるんでくれよ……。

 


 王一大学 構内往来




「なんか何がわかんないのかがわかんないっていうかさ」

「へー」

「それでね、なんかよくわかんなくて。はは、なんだろうね、僕もわかんないんだけど」

「へー」


 俺もわかんねぇよ。


 二ノ宮君、そう、二ノ宮君。男だったことはまあ、五十パーセントで当てられたからよかったが、やはり、下の名前が思い出せない。マジで思い出せない。バレるなよ……。


 しかし、なんと内容がない会話を先ほどから続けているものだ。

 俺にも問題があるが、彼も会話はあまりしないタイプか? さっきからずっと愛想笑いしているけど。

 それに、なんか居心地悪そうだし。というか、俺から話振ることないのに、よく俺と一緒に行動してくれるな。聖人かな?


「あ! ごめん、用事思い出した……。今から行かないと……その、お昼……ごめんね」


 うん、すごくいい子だ。

 初めから飯なんて一人でいいしな。わざわざ二回も『ごめん』だなんて。なんか俺の方が申し訳なく感じるわ。ホントは感じねーけど。


「うん、じゃーね」


 ほら笑え、俺。テキトーに返事するならせめて愛想笑いだ。俺、笑顔上手くなってきているんじゃないか? そんなことないか。

 あー、お腹すいた。


 …………なんだ?

 今、誰かに見られていたような……。

 気のせいか。全く、いつから俺は他人の視線を気にする小さい男に成り下がったんだ?

 いや、生まれつきだな。

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