2:少女の甘き昼下がり

————【待望】ついに本日、超有名ブランドのスイーツ専門店:ドルチェ・ド・ルーチェが堂々開店! オープン記念限定バージョンのスイーツに各学園から生徒が早くも殺到!!


『うわああああ! これ今日オープンだったっけ!?』

『突然のコメント失礼します。どうやらそうみたいですね。開店前の時点でかなり並んでたみたいです』

『いま丁度並んできたっすけど……マジでやばかったっすねぇ……カンターレ自治区の大体中央にあるお店から、ケイオスの自治区スレスレまで最後尾が伸びたらしいっす』

『なっがあああああ!! え、いまからまにあうかn』

『1コメちゃん焦りまくってて草』

『一応事態を想定して相当な数を作ってて、いまも全力で作ってはいるみたいよ~。まぁあの列じゃそれもいつまでもつかわからんし、とりあえず行くなら早めをオススメ』

『いっってきm!1!』

『一回落ち着いてから投稿文打てばいいのに……』


・・・・・・・


————【速報】カンターレ女学院自治区内にて、中規模銃撃戦が勃発。14のカンターレ・ケイオスの生徒間による抗争か


『またなんか。いくらなんでも仲悪すぎんか……』

『まぁあの二学園は、アウリオン全体の学園関係で見ても最悪レベルにバチバチですからね』

『見た目からしても、なんか犬猿の仲っぽいですよね……それぞれ天使と悪魔似の学生さんが多いですし』

『ほんそれ。んで、今度の戦争バトルの原因はなんなん?』

『ん~、なんか近くのお店の行列で並んでるときにどうたら~って。現場近くにいたらしい友達によると』

『あぁ……それか……』


・・・・・・・


————プロメテア総合技術学園の指定危険グループ:映画研究創作部【キネト】、爆破テロ実行か? 事件発生の瞬間(映像アリ)

————事前に広まっていた「撮影予告ばくはよこく」、食い止めるに至らなかった【プロメテア監査委員会】は、現場の自治権を有するカンターレに対し——


『うわぁ、映像、思いっきり建物吹き飛んでる……』

『え、てかまだあの人たち捕まってなかったの!?』

『いや、先週プロメテアの風紀——もとい、監査委員に捕まってたはず……』

『どうせあれでしょ、また脱走したんでしょアイツら』

『……それって果たして、捕まえる意味あったのかなぁ……』

『んんん~~~ないねぇ!! 我々の創作意欲を鎖で縛ろうなど言語道断!! 体は縛られようが心までは縛られん!! そして創作を求める心ある限り!! 我らに不可能など・決して・なぁいのだぁぁ!!!』

『なんかご本人が出しゃばってきてるんですけど!?』

『大々的なニュース記事にまでわざわざコメントを残すなんて……こんなのに毎回逃げられるって、頭が痛い話でしかないわ……』

『おっ? その苦労人面が目に浮かびそうな文体は、もしかせずとも我が親愛なる友、ルリカくんではな~いか!?』

『誰が苦労人ですって? いったい誰のせいでこんな目に遭ってると……』

『さぁ、皆目見当もつかないが。それよりルリカくんも、たまには肩の力を抜いて優雅にお茶でも啜りたまえよ~』

『…………今、ID使って逆探知したから。あなたたち覚悟しなさいよ』

『おっと時間だコメント欄の諸君、またいずこかで会おう! さらばだ!!』

『そしてまさかのここで事件が進展したぁ!?』


・・・・・・・


——ピロン。

『ねぇねぇ~、そういえば今日、この学園都市に外から~……なんか人? が来るんだってさ~?』

『あー……そんな噂があったような……』

『おやおや、お二人さんはいったいなんの話をしているんだい? 今度の生徒会室侵入プランでも考えているのかね? ほれほれ先輩にも教えてみたまへよ』

『……ってなんで今? もうすぐ大きなイベントあるよね、全学園合同の』

『噂によると……カウンセラー? かなにからしいけど~』

『…………おや? 二人ともなんの話をしているんだい?』

『それ怪しすぎない? この時期にただのカウンセラーを、しかもこの都市の外からって』

『うーん、呼んだのはあの【イーリス】の統括官って話だけど、あの人も正直普段、なに考えてるかわからないからね』

『【イーリス】といえば少し前に、学園間の関係調整のためだとかで、新しく組織を設立するって発表があったっけ』

『なるほどー、もしかすると時期的にそれと関係してるかもね?』

『いずれにせよ、警戒しておいたほうがいい。私たちの今後にも関わるかも』

『…………チラッ』

『まあー、面白い人だったらあたしは、な~んでもいいかなー?』

『詳細不明なのに、相変わらず気楽な反応だね。ひとまず了解』

『…………あの、完全無視は流石にこの私でも堪えるぞ後輩たちよ……』


・・・・・・・


————。

——————。


「すうぅ……」


数え切れないほどの学園それぞれが、定められた区域の行政・運営の中心を担い、制御する自治区画。

その一画——学園都市の自治区画をまさに運営している、とある学園の敷地内。

雲ひとつない青空の下……青々と茂らせた葉を揺らして、地面に落とした影と木漏れ日を躍らせる木々と、つい最近に丁寧な手入れを受けたことが、人工的に整えられた形状から伺える庭木。

そしてそれらの中心には、優雅かつ美麗な流線形を基調とするデザインの器と、そこから飛び出す清水が太陽光を乱反射する——特徴的な噴水。

いち学園が有するものとしては、いささか不自然なまでに細かく手の込んだその場所は……見た感じでは、文字通りの「庭園」だった。


そんな中央の噴水からやや離れた、木陰に丁度良く隠れる木製のベンチへと腰掛けるその人影が、爽やかな風の吹き抜けるなかで、気の抜けた声を口から漏らした。


「っはぁぁぁぁ~……よかった……。な~んとか上手くいったよぉ~」


緊張が全て空気へと溶けていくかのように吐き出される、大きなため息。

それと並行して、人影の手元にある液晶画面に並んだ文字列が、上から下へと現れては去っていく。


「SNSを見た感じ……あのお店、あの混乱のせいで一旦クローズしちゃったみたいだし、本当に滑り込みギリギリセーフって感じだったなぁ~。寝坊したの、本当に危なかったよ……」


白く細い指先が上下に滑っていくのに応じて、液晶に映る文字はなおも流れていく。

ときおりその流れが止まり、しかし数秒の間を経て再び動き出すのを繰り返す中。

画面に視線を向けている人影——木陰でもかなり目立つ、純白の長髪をそよ風になびかせる少女は。


「あんな戦場の中を抜けていくのは、さすがにもうこりごり……。はぁ~……どうにかみんなで仲良くする方法はないのかな……」


青空をそのまま閉じ込めたかのようなその蒼い瞳を、どこか遠くへと向けて。

それまでSNSの記事やコメントが浮かんでいた、手元の携帯端末の画面を消した。


「…………んん~っ」


そうしてベンチに座ったまま大きく伸びをしたことによって、その少女が白い制服の下に隠していたボディラインが、否応なく強調される。

細いとは言わぬまでも比較的緩急のついた腰と、育ちの良さを示すかのような、健康的で張りのある艶やかな脚部。

そして思春期の少女相応に、未成熟ながらも豊かに膨らんだ胸元。

子供らしさを残しながらも、現在進行形で女性としての魅力を備えつつあるような——成長過程真っ只中の、可憐で花のあるその外見。

まさにそれは、誰もが羨む「美少女」という言葉が相応しいもので——


「……さて! それじゃあひとまず過去は忘れて、お待ちかねのお楽しみタイムといこうかな~♪」


——ただ一点。

先ほどより口の端から、抑えきれぬ涎がだらだらと垂れていることを除けば、だが。


「オープン時限定バージョンのスイーツなんて、今後二度と味わえないもの! これは絶対に逃しちゃいけなかったんだから!」


透き通るように煌めく蒼の瞳を、いっそう期待の光で満たして。

残念要素の零れる涎はそのままに、少女は自らの隣——座っていたベンチの上に置いていた、取っ手付きの白い箱を持ち上げた。

軽そうな見た目で片手サイズのその箱には、各側面の一部に格調高そうな金色の模様があしらわれており。

箱の側面の中心部には、店の名前らしきものが特殊な筆記体で記されている。


「ドルチェ・ド・ルーチェ……元々あった本店の方は、予約が数か月——いや数年単位でとれないっていう噂……ご、ごくり……っ」


視線を一ミリたりとも箱から動かさず見つめる少女は、膨らむ期待に喉を鳴らし。

まるで中に貴重な宝石でも入っているかのように、慎重かつ丁寧、そして繊細な扱いで——小さな箱を膝の上に置く。

そして何度かきょろきょろと周りを見渡し、誰もいないか確認して。


「それじゃ……ご、ご開帳……っ!!」


緊張と期待の入り混じる面持ち(よだれはそのまま)で、紙の箱が上部を開けられ、その中身を明らかにしていく。

箱の内部から眩い光が放たれるような——あまりのテンションの上がり具合に、そんな幻視が少女の脳内で勝手に再生されるが、首を振ってどうにかそれを払う。

そして、震える手つきで開いた紙の扉の中には——。


「……あ、あれ?」


……なんかキラキラ~っとした装飾とか、見るからに上品だったり、贅沢そうな感じだったりをイメージしていた少女の期待とは裏腹に。


「なんか……思ったより、普通……?」


そう——圧倒的に普通な見た目の、なんなら先ほど戦闘の中を抜けて運んできたからか、やや不細工に型崩れした状態の。

何の変哲もない、ごくごくシンプルな茶色一色……至って普通のショコラケーキがひとつ、そこにはあった。


「う、う~ん……急いで買ったから、見た目は確認してなかったけど……注文したのは限定ケーキで間違いないはず……」


天まで届かんばかりの爆上げテンションから一転、完全に拍子抜けした様子の少女は、首を傾げながらそうこぼしていたが。

それはそれとして——と切り替えて手際よく箱を開くと、少女はどこからか金属製の小さなフォークを取り出した。


「まあ、食べてみれば真相は分かるはずだよね。なんて言ったって有名ブランドの限定ケーキ……大事なのは見た目よりも味だよね!」


自分へと言い聞かせるセリフに合わせて頷いた少女は、高めのテンションとは裏腹に、どこか気品の感じられる動作で礼儀正しく手を合わせ、「いただきます」と小さく呟く。

そして逸る期待を滲ませつつもゆっくりと、フォークの側面をケーキの上から垂直に挿し込み——。


「——……!!」


——と、考えるよりも先に——フォークがケーキを通り抜ける感覚が手に伝わる。

まるで雲をその手で切り分けているかのような……そんな、一切の抵抗感の不在に。

大きく目を見開いて静かに驚愕しつつも、そのまま掬い取った。


(…………ごくっ)


再度高まる期待感か——あるいは緊張か。

全くの無意識にもかかわらず、小さく喉が音を立ててしまう。

永遠に続くようにも思えた一瞬の間ののち、食器の先端にてそのときを待ち続けるひとかけらのケーキを、静かに口へと運び——。


——ぱくり。


直後、少女の全神経は、彼女の舌に流れ込んできた情報を、なによりも優先してその脳へと送り届けた。

瞬間——電撃のように走る味覚情報に、少女はその蒼い目を丸くし、驚愕の声を上げた。


「————っっ!!?」


ケーキの生地が口の中で溶けて……形のないただの「甘さ」に変わる……!

中のクリームはしつこくなくて、だけどその上品な甘さがショコラのほろ苦さと共存して、それぞれの味わいを高めあってて……!!

というかそんな言葉なんかどうでもいいくらいに——。


「めちゃくちゃ美味しいぃ~~~っ!!!」


幸せオーラを全開で、思わず頬に手を当ててしまう。

今まで学園都市中のお店で食べてきた数百、数千にも及ぶ数々のスイーツの中でも、トップ10(個人調べ)に入るくらいに。

——いや、もうとにかく無駄な言葉とかいらない。

ただひたすらに、純粋に「美味しい」。

それ以外の言葉で表すのが余計でしかないと思われるほどに——それは、ある種の極みに達した、完成されたスイーツだった。


「見た目がパッとしなかったのは、味わいに余計なものをそぎ落とした……ってことだったんだ~! なるほど……これは納得」


ケーキに対する感想及び考察を高速で脳内完結させ、少女はその手を頬に添えて。

すると今度はその表情がにへら~っと弛緩する。


「はぁぁぁ……やっぱり甘いものは全てを解決するよねぇ~。これをゲットするまでの困難が、どうでもよくなっちゃった♪」


誰がどう見ても一発で分かるような、見るからに幸せそうなオーラを全身から発しながら。

少女はフォークを動かし、艶やかな光沢を帯びるケーキへと再度視線を向けた。


「…………ぅぅ……」


しかしそれとほぼ同時に——ばたり、となにかが倒れたかのような音が、少女の意識を聴覚優位へと即座に切り替えた。


「う~ん? いまの、なんの音だろう?」


音源の方向は、庭園中央の噴水側——この庭園の表通り。

自分がいるのは、そこから伸びるちょっとした小道の一つで、人通りが比較的少ない場所だから——音の方向ははっきりとわかった。

それに今日は、人が多いはずの噴水側にもあまり人影がなく静かで、聞こえてきた方向に間違いはないはずだった。


「だけど、特にはなにも……なさそうだよね。変な音がまだ聞こえる気がするけど、風の音……なのかな?」


首を表通りの方へと向け、しばらく異変の正体を探して視線を動かす。

だが、異音がしたという確かな記憶とは裏腹に——視界内に何一つ異変は見つからない。

広場の真ん中でいつも通りに水を噴き上げる噴水、その周囲のベンチで談笑する何人かの少女たち、そよ風にやさしくなびき続ける草木。


う、……ぅぅ……というような。

小さく聞こえる変な音に対して、依然変わりなく——すべてが平穏そのものであることを告げる目の前の光景に、少女はただ首を傾げるのみで。


「……あ、あ~、もしかしたら貴重なスイーツをゲットしたせいで、ちょっと緊張してたのかも? わたしとしたことが……思ったより結構舞い上がってたのかな」


そう頷いて、抱いていた僅かな違和感を忘れ去ろうとする少女は。

気を取り直して、銀色の小さなフォークを手に取り。


「まあ、こんな美味しいスイーツだし、それは舞い上がりもするよね! それじゃ、続けて——」

「……ぐふっ………ぁ……」

「実食ぞっ! こ……ぅ……」



————、

————————う、うん。


「やっぱりなんかさっきからうっすらと聞こえてるよね!? 風の音だと一瞬思ってたけど、いま明らかに人が力尽きていく声がしたよ!?」


今度は明らかに——それも命の灯がまさに消えんとするときのそれに気づいた少女は、もはや無視の叶わぬその音源を探して、ベンチから慌てて立ち上がった(ケーキは超丁寧に横に置いた)。


「だ、大丈夫ですか~? どこにいるんだろう……姿は見えないんだけど」


木陰に隠れる小道から広場の方へと向かい、力尽きた声の主の姿を探す。

しかし一定の大きさのタイルが規則正しく並ぶ地面に、倒れている人影は見当たらない。


「確かにこっちの方向から声が聞こえたはずなのに、おかしいなぁ……」


なにか変なものがないかと、広場のあちこちを見回っていく。

ベンチからは死角となっていた部分も含めて、見落としがないようにしっかりと観察する。

反対側にあるいくつかの小道や、噴水の周辺、それにその水の中まで。

まあ正直そんなところにいるはずないよねという箇所まで、ひとまず思い当たるところを確認し——だけどもやっぱり、何かがあるわけでもなく。


「んんん~? ここまでなにもないってなると、逆に気になってくるよ……」


と、早速手詰まりになってきたことで腕を組んで唸っていると——突如、背後から遠慮がちに声が掛けられた。


「あ、あの~、ど、どうか、しましたか……?」

「え? ……あ、ごめんなさい。もしやわたし、なにかお邪魔しちゃったかな」

「いえ、あ、あああの、そ、そそういうわけではないんですけど……」

「これこれ、自分からせっかく声かけたのにそこでドモるなし」


声の方向を振り返ると、そこには二人の女の子がいた。

先ほどまで噴水近くのベンチで仲良く談笑していたのが、座っていた場所から見えていた子たちだ。

自分と同じく、所々にあしらわれた五線譜のようなデザインが特徴の白い制服——この庭園を有する学園・『カンターレ女学院』の生徒らしい。

その片方——内気な印象が漂う長い緑髪の子が、オドオドした様子で言葉を詰まらせながら話しかけてくる。


「な、ななななにかを、お探しななな、なのではないかと、思いまして……」

「まったく……ごめんねー。この、人見知りのクセしてなにかと首突っ込みたがるタチだから」


そしてその女の子をフォローするように言葉を続けるのは、黒髪の間から小さなツノが覗く女の子。

外見こそ、着崩した制服とか……ちょっと不真面目な感じがするけれど。

その口調と振る舞いからして、緑髪の子とは長い付き合いらしいことと。

ちょっと粗暴な見た目に反して、といえば失礼だけど……とても面倒見が良い子なんだということが分かった。


「そ、そそそんな風に言わなくてもいいじゃないですかぁ! 困っている人は必ず助けないと、じ、じじ地獄に落ちるって、先輩が言ってましたぁ……!」

「なんか随分条件ユルくない? 大体の人が落ちるよねその地獄……ってかいったい何を吹き込んでるんだあの人せんぱい

「はっ……! と、ととということはさっき私が行ったコンビニで、小銭が上手く取り出せなくてレジで困ってたおばさんも助けなくちゃいけなかったのでは……? あわわ、私、もももももしや地獄行きですか……!?」

「い、いや……確かに助けた方がよかったのかもしれないけど、別にそこまでは気にしなくてもいいんじゃないのかな……?」


どこか遠くを見てボヤく黒髪の子をよそに、緑髪の子が何やらあわあわと暴走し始める。

そこで話が脱線する前に、一応何かを見ていないか話を聞いてみることにする。


「えっと、それでなんだけど……この近くでなにか変なことがあったりしなかったかな~? たとえば、その、誰かが倒れてたり……とか」


……我ながら、流石に話題の変え方が雑すぎるなぁこれ……。

そう内心で反省の念を抱く中、目の前の二人はきょとんとした表情で答える。


「誰かが倒れてるって……えなに、割と緊急事態じゃないのそれ」

「はっ!? もしや誰か地獄行きになったんですかぁ!?」

「こらそこ縁起でもないこと言わない。というか、いつの間にそんなことがあったん?」


誰かがもしこの見晴らしの良い広場で倒れたりしていたなら、声をかけるなり、少なくともなにか反応するはず。

でもこの子たちは、特にトラブルに気づいたような様子もない……ってことは。


広場こっち側じゃなさそう、ってことだもんね……」

「あ、あああの、どうかしたんですか?」

「なんかぶつぶつ言ってるみたいだけど、大丈夫?」

「——あ、うん、大した問題じゃないんだよね。えっと、実は……」


・・・・・・・


——かくかくしかじか。


「なるほど……確かにちょっと変だね。私たちはずっと広場にいたんだけど、特に変な物音とか声は聞いてないよ」

「ど、どどなたか体調が優れなさそうな方も、お見かけはしませんでした……」


一応、自分の勘違いの可能性が大いにあるということを大前提として添えたうえで。

事情をひととおり説明すると、二人から返ってきたのは微妙な反応。


「こっちから首突っ込んだくせして、なにもできなくて申し訳ないね」

「うぅぅ……ご、ごめんなさい……」

「いやいや、全然気にしないで! むしろ変なことで、見ず知らずだったお二人に突然時間を貰っちゃって、謝るべきはこっちだよ」


きょろきょろと不審な動きをしていただろう無関係の他人じぶんを、確証もないのに手伝おうとしてくれた二人には、文句なんてあるはずもない。

それよりまず、二人にちゃんと感謝を示すべきだ——と。

あることを思い立ち、わたしは眼前の二人へと提案した。


「あ、そうだ! ところでお二人は、もうティータイムとかは済んじゃったかな~? よかったらお礼として、お茶でもどうかな……って。実は近くにいいカフェがあるんだよね~♪」


この都市のカフェやスイーツショップを片っ端から回ってきたことで、やたらと蓄えられてきた知識から、ちょうどこの付近にあるおすすめカフェの記憶を引っ張り出して。

気分転換とお礼を兼ねて、そう尋ねてみる。


「「…………」」

「……あ、もちろん全然無理にとは言わないよ! わたしとはまだ出会ったばかりだし、なにか予定があるなら、そっちの方が絶対に優先度は高いから!」


だが、対する緑髪の少女とツノの少女は、目を見開いてぽかーんとするばかりで。

もしかしたら不都合があったのかもしれないという可能性を鑑みて、あくまで本人らの意思を尊重することを念押しする。

しかしそれでもなぜか、目前の二人は目を見開いて固まったまま一向に動かない。


(あれ、なにかやっちゃったかな……やっぱり流石に押しつけがましかったかな? いやでもお礼はちゃんとしたいし……あ、もしかしてお茶が嫌いだったり……?)

と、沈黙の中で自問を繰り返すうち、段々疑問が不安に変わってきたことで、事態を打破すべく再び口を開こうとした——その時。


「ふ、ふあぁぁぁぁぁ……! リョ、リョウコちゃん!」

「うん……アノ、これが本物のコミュ力お化けってやつ。油断した瞬間にすっと懐に入り込んでくるんだから。覚えときなよー」

「……?」


止まっていた時が動き出したかのように、唐突に息を吹き返した二人の少女。

なぜかキラキラとした目で見つめてくる視線と、驚きを隠せない様子の顔を向けられて、ただただ困惑する他にない。


「——あぁ、いや、ごめん。こっちの話だから気にしなくて大丈夫」

「う、うん……」


そんなこちらの戸惑いが顔に出ていたのか、側頭部にツノの生えた——リョウコと呼ばれた少女が苦笑を浮かべる。

よかった、どうやらなにかやらかしたわけではないみたい……と、密かに胸をなでおろす私に向かって、彼女は頷いた。


「まあ、なんか悪い気もするけど……うちのアノが、貴女をコミュニケーションの参考にしたいみたいだから、お言葉に甘えようかな」

「ほあぁぁぁぁ……!」

「あはは……よーし、それじゃあ決まりだね。あっ、そういえばまだ自己紹介してなかったよね。私は——」


——と、白髪の少女が名乗ろうと口を開いたときだった。


プルルルル————


「——あれ、なんか電話鳴ってる? ……アノ?」

「い、いや、わわ私のじゃないです……ま、まして私に電話をかける人なんて、せいぜい先輩方とかリョウコちゃんだけですし……」

「私のスマホでもないんだけど……そっちも違う?」

「う~ん、そうだね。わたしのも違うみたい。あれ、でも随分と近くで鳴ってるような……」


少女たちのすぐ近くで、誰かからの着信を知らせる音が響く。

三人はそれぞれ自らの携帯スマホを取り出して確認するが、いずれにも電話がかかってきている様子はない。

広場の彼女たちから少し離れた場所には数名ほど、庭園を歩いて通っていく生徒たちの姿が見受けられるが、携帯で電話をしようとする者は見受けられない。


「これって、もしかしたら——」

「うん、さっき言ってた変な音と関係してるかもね」


先ほどどこからか微かに聞こえた、呻くような声と、力尽きる声。

それを認識したのが自分だけだったなら、まだ気のせいという可能性もあった。

そして今度は着信音だが、音源が不明でありながら、はっきりと耳に届いていて、しかも他の人も聞いている様子。

やっぱり、聞こえてくるこの音は気のせいじゃない。


「問題は、広場のどこからこの音が聞こえてきてるかってことなんだけど……ちょっと分かりづらいね~……」

「なんだかんだいっても、人が通るから話し声もあるし、噴水とかの音も意外とノイズになるからね」


しかしそんな確信を得ながらも、それ以上手掛かりをつかむことができない現状に。

腕を組んで首を傾げるか、または口元に手を当て——「う~ん」と思案する声が二重に漏れる。

未だどこからか聞こえてくる着信音らしき音楽と、二人の思考を示す唸り声がアンサンブルして——ただ時間だけが経過していく噴水広場の一角。


「あ、ああああああああのぉ……」

「う~……ん? あぁ、アノか。今回は随分語頭が長いけど、どした」


そんな状況に光明をもたらしたのは、それまで声を発さなかったがゆえに存在感が希薄となっていた、緑髪の少女だった。

アノと呼ばれていたその少女は、噴水近くの二人とは少し離れた位置で、何やら震えながら絞り出すように声を出していた。

その声に気づき、いち早く意識を引き戻したリョウコが言葉の先を促すと、白髪の少女も視線を彼女へと向ける。

二つの視線を同時に受け、小さく「ひっ」と怯えた声を漏らすアノは、ぷるぷると震える指先を——とある方向へと向けた。


「あ、あああそこにぃ……だ、だだみたいです……! う、うめき声みたいなのも、聞こえてきます……!!」

「…………!!」

「ほ、ほんとに……!?」


手がかりをすっ飛ばして答えそのものを見つけたという台詞に目を見開いた二人は、アノの指さす先——、つまり様々な木々や腰ほどの高さの街路樹が植えられ、視界が遮られている箇所へと目を向けた。


「なるほど、それは何も見えないワケだ……」

「確かにちょっと意識から抜けてたかも……確認してみよう!」

「は、はいぃ……!」


一足早く街路樹へと駆け寄る白髪の少女に、他の二人も続いて。

生い茂る草木に視界と侵入が遮られ、人が通るには不可能とまでは言わずとも、微妙に面倒な場所へと入り込んでいく。


「きゃっ! え、枝が服に引っかかって……! あぁぁ制服が伸びちゃうよ~!」

「いっつつ……こっちは草木で肌を引っかかれる始末だよ……アノは大丈夫かー?」

「は、はいリョウコちゃん……私の方はいまのところなにも……」


案の定——意図せぬ侵入に対する草木の、ささやかな抵抗に悲鳴が上がる。

あちこち体や衣服へと引っかかるものをなんとか取り除きつつ進んでいくと、やがて三人は街路樹の防壁を突破し、比較的開けた場所へと出た。


「まあまあ面倒だったけど抜けたかぁ……全く、乙女の柔肌にも容赦ない木だことで」

「ま、まぁ……草木さんも悪気があったわけじゃないですから……はい」

「いや、植物にそんな感情なんてあるわけ——」


スカートについた葉っぱを手で払いのけながらそんなやり取りをしていたリョウコは、顔を挙げると同時に言葉を切った。


「す、すみません、わたしの声が聞こえますかー! 大丈夫ですかー!?」

「…………うぅぅぅ……」

「——おいおい……なんかマジで人がぶっ倒れてるって」

「ほ、ほほほほほんとうに倒れてます人がぁ! 地獄ですかぁ!? 地獄に落ちたんですかぁぁっ!?」


またも騒がしくなり始める少女たちの前には、一つの人影が埃と葉っぱにまみれ、力なく地に倒れ伏していたのであった。

































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