3:行き倒れの青年
「ど、どうすればいいんだっけ? えっとえっと、倒れてる人に呼び掛けて反応がない時は…………」
庭園の中央:噴水広場の周囲にある
そんな彼女たちを待っていた——というか倒れていたのは。
一見すると少女たちと同じくらいか、あるいは少し年上にも見える顔つきの青年。
少女たちが今着ている制服とは違い、白衣のような上着を身に纏い、青いマフラーを首に巻いているのが、彼女たちとの異質さを如実に示していた。
そんな彼へと声をかけ、意識確認を行っていた白髪の少女は。
当の青年の意識が確認できず、以前に授業で習ったはずの対応法をどうにか思い出そうとするが————。
「ひ、ひひひとまず刺激を与えてみましょうか……!? ちょ、ちょうど植物さんたちの粉とかを混ぜた爆弾を持ってきてますので……」
「なにその用意!? そんなものを普段から持ち歩いてるの!?」
「え、ええっと……一応、日によって違うものを
おずおずと挙手し、対応策に見せかけて危険極まりないことをのたまいながら、懐のバッグから何かを取り出し始める緑髪の少女こと、アノに。
驚きのあまりそれまでの思考が吹っ飛ばされた白髪の少女は、思わず反射的に声を挙げざるを得なかった。
「……で、本日のアノ特製バイオ爆弾のおしながきー……もとい効果は?」
「きゅ、吸引すると咳と涙が最低10分は止まらなくなる刺激性ガスが出ます……」
「それもう劇物だよね!? しかも対人用のやつ!!」
「で、でもこれ、あまりにも激しい刺激なので……ね、寝てても目は確実に覚めますよ……?」
「十中八九、覚めた後そのまま地獄を見ることになるけどねそれ」
どうやら全てを察していたらしく、いろいろと含みのある訳知り顔のツノっ子少女——リョウコが、半眼をアノに向ける。
その目線に気づかないのか、続々と
「というかそれ以前に、倒れてる人を爆破したりしちゃダメだよ!」
「はい、それはごもっとも。ってことでアノ、今回はそれしまっときなー」
「……うぅぅ……はい、わかりました……。で、でも、もし必要になったらまた仰ってくださいね……?」
白髪の少女の慌てての静止と、さながら姉が妹をたしなめるかのような口調でのリョウコの嘆息を受け。
本人はかなり自信があったらしく——残念そうにうなだれながら、バッグの中から何かを取り出そうとしていた手を戻すのであった。
「ありがとう。でも今回は……さすがに使わないかなぁ~……あはは」
「——それで、どうする? このままこんな所に寝こけてる人を放っておくわけにもいかないだろうし」
「か、かといって……起こす方法も特に思いつかないんですよね……」
「やっぱり、カンターレの医務室に連絡して、誰かに来てもらうのがいいかな?」
「そうだね。その方が、下手に動かすよりはよっぽどいいとは思うね」
本人に意識がなく、かつその意識を取り戻す手立てが思いつかない以上、これ以上余計な手を出すのは危険と判断して。
最低限の処置として、倒れている青年の体勢を三人で整えると、リョウコがスカートのポケットからスマホを取り出した。
「それじゃ、今連絡してくるから——ちょっとここを離れるよ。そっち側はよろしく」
「わ、わかりました……!」
「うん、連絡はお願いするね」
二人の声を背に、リョウコが再び街路樹の間をそそくさと抜けていく。
ガサガサと枝が揺れる音と、またも枝の抵抗を受けて毒づく声がしばらく聞こえていたが、それもそのうちに小さくなっていき。
やがてその姿が草木の向こうに隠れて見えなくなると、ぽつりとアノが口を開いた。
「そ、そそそういえば……最後、電話の音がこの近くから聞こえてきたんでしたっけ」
「あー、確かにそうだったよね。でも、この人は携帯を持ってなさそうだけど……」
「も、もしかすると……この方が倒れたときに落としてしまった……とかかもしれませんね」
「なるほど、じゃあ近くを探してみようか? もしスマホを落としてたなら、この人も起きたときに困っちゃうだろうし」
「は、はい……!」
そしてその場に残った二人が、付近の草をかき分け、周囲を注意深く探してみると、程なくして呆気なく——普通のスマートフォンが見つかった。
「やっぱり、携帯を落としちゃってたみたいだね。すぐに見つかってよかった~」
「さ、幸い画面が上を向いていたおかげで……草の中でも画面が光ってましたから」
今度の探し物はすぐに見つかったことで、それぞれ安堵の声を漏らしていたが。
倒れ伏す青年の
「そういえば——」
「え、えぇ……? い、いいいったい突然何を……知らない方のスマホを勝手に見てはダメですよ……!」
……先ほど真面目に爆破を検討していた者の言とは思えないような、圧倒的に正論極まる台詞であったが。
対する白髪の少女は苦笑しつつも、その突然の行動の意図を告げる。
「確かにそうなんだけど……この人に電話をかけた人がもしいたんだとしたら、連絡が繋がらなくて、不安に感じてると思ったの」
「た、確かに……そうかもしれませんが……」
「でしょ? だから、一応できるだけ余計なものとかは見ないようにしたうえで、確認しておいた方がいいと思って……ね?」
「わ、わかりました……。で、でででも注意してくださいね……?」
ありがとう、と頷いた少女は、不安げながらもこちらを信じてくれた様子のアノから、手元の液晶に目線を移した。
映し出されたのは、どことも知れぬ雨上がりの青空に、くっきりと虹が架かる光景が背景となっているロック画面。
なかなか綺麗な写真……という感想はひとまずさておいて、そこに表示されている情報を見ていく。
(予想はしてたけど、結構な回数の電話がかかってきてる——というより、かかってきすぎじゃない!? もう通知欄がとんでもないことになってるよ!?)
……というか、その表示のほぼ全てが電話の着信通知であったことに気づき、その頬がぴくぴくと引きつる。
「でも、これだけ電話してくるってことは、緊急の用件ってことかもしれないよね……いやでも普通、短時間でこんなに何回も電話するのかな……?」
「……? きゅ、急に一体どうしたんで、す…………ってなんですかこの着信履歴の量は……!?」
そんな少女の様子の違和感に気づいたのか、ひょっこりと横から手元をのぞき込んできたアノは。
なんだかとんでもないことになっている画面を見て、ほぼ悲鳴に近い声を上げる。
「こ、こここ怖すぎませんかこれぇ!? み、見なかったことにしましょう? こ、こここんなの、絶対に関わらない方がいいですよ……!!」
「う~ん、すごく怪しいって言われたらまさにそうなんだけど……」
「あ、怪しい以外の何物でもありませんって……!」
どう見ても明らかにヤバそうな画面に声を震わせながら、今すぐそれを見なかったことにして、不干渉を貫くことを勧めるアノ。
しかしながら白髪の少女は、むむむ……と眉間にしわを寄せたまま、一向にスマホから手を放そうとしない。
「な、なななんで固まってるんですか……? は、早くその人のポケットにでも……!」
「だけど————」
と、白髪の少女がなにかを口にしようとした瞬間。
プルルルルル————と。
突如として、聞き覚えのある着信音が、言葉を断ち切って鳴り響いた。
「ひぃぃ……っ!!」
「うわぁっ!?」
突然発される音に驚き、危うく手からスマホを取り落としかける白髪の少女だったが——どうにか落下は防ぎつつ、なにが起きているかを把握した。
「また電話をかけてきてるんだ……!」
「は、えぇぇ……? い、いまですか……!?」
「………………」
「……え? ままままさかそんな、電話に出るつもりじゃありませんよね……!?」
「やっぱり念のため、電話に出る方がいいんじゃないかなと思う。かけてきてる人に、今の事情を説明しなくちゃ!」
「えぇぇぇ……!? あ、ちょ————」
アノがあたふたとしているうちに、その制止を振り切って、通話開始のボタンに触れる。
ピッ——という音が鳴ると同時に、電話の音が周りにも聞こえるよう、スピーカー機能も起動させる。
耳をふさいでうずくまり、完全に情報をシャットアウトさせようとするアノをよそに、スマホから響いたのは————
『あ、あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?!? や、やっと繋がりましたぁっっ!?』
「声おっきいっ!?」
「ぴゃぁっ……!? きゅぅ……」
————なにやら慌ただしい様子の、甲高い叫び声。
約一名が、二度目の予兆なき音(ボリューム大)に耐えきれず、ついに気を失い倒れたが。
そんなこちらの様子を知るはずもなく、電話の向こうの声は早口でまくし立てる。
『イトマさん!? い、一体今どこにいるんですか!? あんなに電話しても出ないなんて……もしやなにかあったんですか!? 大丈夫なんですかっ!?』
「うおぉ……すごい勢いだよ……」
どうやら怒っている——というよりかはやはり、連絡が不通だったことを心配していたらしい。
ひとまずは、その……そういう意味でヤバい相手ではなかったようで、そこについては安心したが。
『ちょっと、なにか言ってください!! もしかして喋れないような状況なんですか!? ま、まさか本当に、最近行動を活発化しているというテロリストたちに捕まって……!?』
「あ、あの、ちょっと待っ——!」
『分かりました! こちらでなんとか警察を動かして——ミツキちゃん! い、今動かせる人員を————!!』
「ちょ、えぇぇ!?」
どうやら電話の相手は、ある種のパニックに陥っているようで——マシンガンの如く並びたてられる言葉に、こちらの言葉を挟むための間隔が一切ない。
何か口にしようとした側から話題が凄まじい勢いで発展していくため、こちらから情報を伝えることが、圧倒的に困難なのであった。
(ま、マズいよね……!? だけど、こっちの言葉を伝えるタイミングが……!)
思考が追いつかず、双方向的なコミュニケーションの成立が難しい状況を打破することができない。
そうして打開策を考えている間にも、電話の声は慌ただしく話し続ける。
そのうち、思考がぐるぐると回り始め、自分の頭が知恵熱で、煙を発し始めそうなほどに熱くなっていくのが分かる。
(あ、あ、あ……!? どうしよう……!?)
思考が鈍くなり、そのせいで長考するうちに焦りが生まれ、焦りが頭に熱をこもらせ、その熱で——と完全に悪循環に入った少女が、ついにはふらふらと体をぐらつかせ始めたときのことだった。
————なにかが、揺れていた少女の肩をしっかりと支える。
「…………え?」
何か暖かい感触のする自分の肩を見ると——、手が、添えられていた。
そこに手袋が嵌められているからか、あるいはこんなタイミングだったからか。
なんだか少し大きく見える気がするそれが、背後から優しく添えられていたのだった。
「状況を見た感じ……なんだか、いろいろと迷惑をかけたみたいでごめんね」
「————っ!!」
揺らいでいた心が落ち着かせられるような、温かい印象の声が、優しく
それまで焦りに支配され、正常に思考することのできなくなっていた頭が、突如として安らぎに包まれたかのような感覚。
「僕の代わりに連絡しようとして、電話に出てくれたんだよね」
「あ……」
「ありがとう。ここからは、僕に任せて。この電話は、僕宛てにかかってきてたものだから」
振り向くとそこにいたのは、先ほどまで近くの草に横たわっていたはずの、青いマフラーの男の人。
それまで倒れていたせいで乱れた髪の毛と、落ち葉などがくっついたままの服装を見ると、ややだらしないような印象がするけれど。
その顔に浮かべられた穏やかな微笑みに、そんな印象を圧倒的に上回るほどの安心感が、確かに心を包み込んでいくのを感じる。
「ということでとりあえずなんだけど、僕のスマホを返してほしいかな」
「あ、ご、ごめんなさい——はい、ど、どうぞ」
「うん、ありがとう。それじゃあ、ここからは任せて」
呆けていた少女が青年の声に気づき、おずおずとスマホを差し出すと、青年はそれを丁寧な手つきで受け取る。
そしてスピーカー機能がオンになっていたスマホを操作し、耳元でのみ音が聞こえるように設定を変えたのち、それを耳に当てるのであった——。
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