Ⅳ:唐突の提案
「仮にも学園都市のトップ組織の会議が、まだ点呼も終わっていないのにも関わらずここまで時間を要するとは、正直私も驚きが隠せないところではありますが」
「「「はい、誠に申し訳ございませんでした……」」」
突き刺すような氷点下の瞳に射抜かれ、先ほどまで会議室で騒ぎを起こしていた主犯二名と、冷静さを失い火に油を注いだ一名は揃って、席を立ったまま謝罪。
各々が苦々しく反省の表情を浮かべ頭を垂れる様に、ミツキは舌鋒鋭い皮肉を載せた台詞を吐いていた。
「ひとまずはこの会議を進行することが先決です。本気で反省しているのなら、この後の席にてそれを示していただくということにしましょう。ご着席を」
その発言に伴い、それまで頭を下げていた少女たちは素直に、すごすごと各自の席に着いていく。
そしてミツキは出席表も含まれているらしいクリップボードを手にとると、咳を一つして間を置き——残りの人員の点呼を再開した。
「コホン……では続きまして。特別書記官——
「はい~、本日もよろしくお願いいたしますね~」
気を取り直して再開された点呼に反応し答えたのは、他の少女らとまた異なり、穏やかで柔和な声。
ふわっと広がった薄い紫色の髪や、垂れ下がり気味の目元など、目につきやすいそれらの特徴は声に違わず——少女の柔らかな印象を象徴する。
「……防衛室にも、彼女のような優秀な人材が欲しいものだ」
「また突然ねチサト室長。でも確かに、
だが、そんな彼女はこの会議において、やや異質な存在として出席している。
というのも——
「あはは~、お二人ともわたしのことを買いかぶりすぎですよ~。まあ、能力的には、カノンちゃんよりも上かもしれませんが~♪」
「……自分で言い出しといてあれだけど、ストレートに言われるとなんかモヤっとするわね……」
「確かにぃ——ナナミ
「いやオブラートに包めば良いわけでもないんだけど!?」
当の室長たちからお墨付きがつくほどの才能の持ち主——ナナミだけは、実のところ唯一室長クラスの幹部役員ではない。
あくまでカノンの部下、財務室の副長という立場である以上、【イーリス】の一般構成員という扱いになるわけであり——そんな彼女が書記官という特殊な枠によりこの重要な場にいるという事実は、彼女の紛れもない才気の証左である。
「うふふ~、冗談ですよ~。でも、わたしが皆さんのお役に立っていると仰っていただけるのは、大変ありがたいことですね~。つい先日も、幹部役員の打診の書類を頂きましたから~」
「先日もってぇ……これで果たして何度目なんですかねぇ……?」
「それで、正直予想できるところではあるが——結局どうしたんだ?」
「ありがたい申し出ですが、今回も失礼ながら……お断りさせていただきました~」
「……やはり、か」
——それほどの能力を持ちながら、なぜなのか。
カノンとはまた違った方向性とはいえ、室長にさえ認められる能力を持つナナミが、あくまで一般構成員という立場に身を置き続ける理由。
沈黙と目線によって暗にそれを問う室長たちの目線に、ナナミは苦笑しつつ答える。
「そんな~、大した理由ではないですよ~。簡単にいえば、わたしのワガママですから~」
「……? 私がこういう風に言うのもおかしいけど、私の部下っていう立場が、ワガママ……?」
怪訝そうに首を傾げるカノンと同じく、他の室長たちもピンと来ていないのか、各々疑問符を浮かべているのを見て、ナナミは楽しげに目を細める。
「ふふっ、わたしは立場や権限に興味はありませんから~。それにカノンちゃんみたいに、誰かの上に立ってお仕事を処理するのは~……皆さんの評価とは違って、わたしには難しいと思います~」
「う~ん……本当にそうかしら? 私はそんなことないと思うけど……」
「お仕事中はなんとか頑張ってますので、カノンちゃんからはそう見えてるだけですよ~? ヨイ室長のお言葉を借りれば、『餅は餅屋』——なので、わたしは自分の適性に合った立場に留まらせていただいているんです~」
「それがナナミ君のいう『ワガママ』ということか……」
「ふーん……って仕事の処理の件は嘘でしょ。普通に私より指示出しとか仕事が早いときがあるじゃないのよ」
「そういうときは大抵、時間のかかる計算系の書類がカノンちゃんに流れて、こっちには契約書のような、文章系の書類が来てる日ですね~」
「…………なんだかそれっぽいことを言われてるだけのような……。実はデキるけどめんどくさいから、とかヨイ室長みたいな理由じゃないでしょうね?」
「ふふふ~。さあ、どうでしょう~?」
「むむむぅ……」
至って真面目な顔で答えたナナミに、しかしカノンは真偽をなおも疑っているのか、ジト目で問いと思考を重ねている様子。
それに対してナナミは依然、ニコニコと裏の読めない笑顔を浮かべ続けるのみ。
その顔が見たかったんです、と——まるでそうとでも言わんばかりの、一点の曇りもないその表情に。
(いやぁ……それにしても本当にそうなんですかねぇ……? それだけでワガママと言えるんですかぁ? なんかどーも、ほかに理由がある気がしますがぁ……?)
今度こそは意識を覚醒させたものの——しかし机に突っ伏した姿勢を意地で貫き続けるヨイが、心中で思考を巡らせていたが。
会議出席者に現在の目的を思い出させる声が、その思考を半ばで打ち切らせる。
「そろそろよろしいでしょうか、ナナミ書記官」
「あ、脱線失礼いたしました~。ミツキ行政室長にお返しします~」
「では、少々巻いていくとしましょう。点呼を続けます」
相も変わらず朗らかなナナミのセリフに対して、しかし淡々と作業をこなすかのように対応し進行役に徹するミツキは——続いて。
「行政室室長、
手短に自分の出席を確認して、即座に次の点呼に移るべく、部屋の隅で完全に存在感を消していたセラに声をかける。
そのやり取りがされている間、他の一同はひそひそと話し始めた。
「——そういえば今更ですがぁ……ミツキ
「だから私はオーバーワークだ~ってずっと言ってるのよ? セラ統括官の捜索なんか任せてる場合じゃないわ」
「間違いないな。全員が今や過労気味なこの生徒会で、最も危険な状態なのは彼女だ。公前では毅然とした態度を崩さぬ彼女も、ここ最近は行動に疲労が見え始めている」
「今日なんか特に酷そうね……ため息の頻度が普段よりかなり多いわ」
「だからミツキ
「あなたに関しては緩みすぎなのよ!?」
——そしてそんな一同を他所に、当のミツキ側は。
「しくしく……今の今まで私が端っこで泣いているのを
「扱いが複雑な彼女のような台詞を吐きながらの嘘泣きはやめてください主席」
……どうやら当人は構ってほしさに大げさに泣いていたつもりだったようで。
それを察していた全員がわざと彼女をスルーしていたがために、セラは完全にいじけており。
そんなこんなで現在へそ曲げ中の最高権力者を、呆れ顔で説得しているのであった。
「嘘泣きじゃないですよっ! 傷ついたのは本当なんですから……。この涙は私の心に降り注ぐ雨——溢れだした感情そのものなんです……くすん」
「……憐れんでほしいのなら、せめてそのあからさまな泣きの動作をやめませんか」
「…………いつからバレてました?」
「逆に何故それでバレないと思ったんですか……」
いまどき昼のテレビドラマでも見ないようなベタ過ぎるポーズで、よよよ……と声に出すその様に、ミツキは頭痛に耐えることしかできない。
本当にそれで人を泣き落としできると考えていたんですかという思いをぐっと抑え、彼女は努めて真面目な顔を作ると——ずい、とその緊張感のない顔に近づく。
「————」
「え、ちょっと急になんですかミツキちゃん……ち、近いですって。ほら、すぐそこにほかの娘たちもいるんですからこういうのは——」
突如として無表情で顔を寄せるミツキに、セラはペースを崩され、何やら頬を赤らめながら慌てふためく。
しかしミツキはそれに構わず、さらにセラの耳元へと口を寄せ————
・・・・・・
「【イーリス】主席統括官——色織セラ」
「はいっ! 今日は! 誠心誠意! 頑張りますっ!!」
「なんかさっきまでとテンションが全く違うんですけどあの人……」
「一体なにがあったんですかねぇ……」
ミツキと何やら話し込んでいたが、しばらくして立ち上がったと思った矢先のこのテンションである。
先ほどまでいじけていたとは思えぬ感情の振り幅に、ただただ困惑する一同を代表するカノンのつぶやきに応えるように、ミツキが真顔で話し始めた。
「主席もやる気を出されたようで何よりです。この調子で、最高権限を持つ組織の象徴としての威厳を取り戻していただけるよう祈りたいものですね」
「そんな急にああなるわけないですよね……? い、一体何をしたんですかミツキ先輩……」
「————知りたいですか? 財務室長」
「…………いや、すみません遠慮します。遠慮しますからその顔やめてください怖いです」
——ただの真顔で、ここまでの迫力がどうして出せるのだろうか。
その疑問の答えを出す間もなく——ミツキの真顔の威圧に屈したカノンは、絶えず圧迫感を放つ氷の瞳から眼を逸らした。
「さて、これでようやく点呼が終わったということですから、続いて会議の本題に移りましょう——主席、お願いします」
「はいはーい!」
「返 事 は 一 回」
「はいぃっ!!」
と、ここで点呼が終わり、この会議の本題——招集をかけた当人からの話を始めるべく、ミツキとセラが居場所を交代。
普段の会議における正式な立ち位置——会議室前方の台とホワイトボードの間にセラが、そしてその横にミツキが控える構図となる。
「ではでは! 本日みんなに集まってもらった理由——今回の議題を発表します!」
「やっと来たわね……」
「議事録作成の準備はできてますよ~」
「いつもみたいな、めんどぉーなやつじゃないといいんですけどねぇ?」
「なんにせよ、着実に解決するまでだ」
勢いよく手を振り上げたセラの桜色の髪がぱっと扇状に広がると、それを合図としてカノンたちもまた、会議に臨む真面目な表情へと変わる。
だがそんな彼女たちの構えに肩透かしを食らわせるように、セラが言葉を付け加えた。
「あ、でも……今回は議題、というよりも私からの提案に近いですね」
その台詞から一瞬、間をおいて——各室長が口を開く。
「……て、提案……ですか?」
「おぉ……じゃぁ今回はめんどーな話し合いがないってことじゃないですかぁ!」
「待つんだ監査室長。主席統括官——つまり我々がこれから行うのは、問題の共有と対策の思案などではなく、貴女の提案についての審議なのか?」
疑問、歓喜、確認。
それぞれの室長たちの本質を明瞭に示すそれらの反応に対し、しかし答えを与えたのは——セラの横から発された声。
「えぇ——戦略室長の認識で間違いありません。今回の会議では、主席ご自身による特殊な提案に関し、【イーリス】幹部による質疑応答と議論を通して、その可否を決定するものです——そうですよね、主席?」
「えっ……あ、あぁうん、そういうことですよー。みんなOKですか~?」
(あ、あれはチサトの言ってたことがよく分かってなかった顔だわ)
さながら錐のような鋭い視線に射抜かれ、苦笑いで歯切れ悪く答えるセラを、カノンは半眼で見やっていたが。
それらの視線を強引に振り切るかのように、会議室全体に響く声でセラは続けた。
「ではではー、今回の本題——私からの提案を発表しまーす!!」
「ぱちぱち~♪」
「ナナミはなんでノリノリなのよ……。あなた一応、公平第一の書記官じゃないの……」
今度は何故かノリ気味のナナミに半眼を向けるカノンだったが、すぐに周囲の人間と同じく真面目な顔に戻り、閉口する。
そうして、かの主席統括官が一体なにを口にするのか——誰もが様々な予測や思惑を脳内で巡らせながら、沈黙を守っていると。
「————よしっ」
全てを明らかにする言葉の代わりに、自分を鼓舞するかのような一言を呟いて。
セラはくるり、と【イーリス】のコートと桜色の長髪を翻し、背後に置かれていたホワイトボードへとマーカーペンで何かを書き始めた。
キュッ、キュッ——。
彼女がマーカーペンを表面に走らせ、その動作に呼応するように響く音だけが——しばしの間、会議室の唯一の音源となる。
会議室内の誰もが、その聴覚だけでなくその視覚の対象をも、会長が走らせるペンの先へと設定して。
この学園都市の趨勢を左右するほどの最高権限を持つ者が、一体なにを言葉とするのか。
学園都市の未来さえ揺るがしかねないその情報を、一文字たりとて逃さぬようにと、その場の全員の視線が一点に注がれる。
——そして幾度か時計の針が動きを刻んだのち、再度会議室を無音が満たした。
「私の今回の提案は——」
それはつまり、彼女たちの行く末がここに示されたということを意味する。
それが記されたボードへと室長たちが釘付けになる中で、セラはビシッ、と聞こえそうなキレの良い動作で人差し指を前に突き出し——その真意を述べた。
「私たちとは独立した新たな特務組織を、【イーリス】傘下に設立します!!」
「————へ?」
「……ふむ」
「……はいぃ?」
「——ふふっ」
すなわち、一大決定組織たる【イーリス】の——ひいては、彼女たちが支えるこの超巨大学園都市……『アウリオン』と名付けられた場所の。
——新たなる
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