Ⅱ:なおも始まらぬ会議

「おい、会議が始まるぞ監査室長。そろそろ起きないか」

「……むにゃぁ……分かってますってぇ…………。もうばっちり起きてますよぉ……ぐぅ……——」

「い、痛い目に遭ってなお変わらずのこの態度……」

「全く……彼女の図太さは筋金すじがね入りだな」


既に第三会議室にて待機していたメンバー、カノンとナナミ、チサト、そしてヨイ。

そして現在——その場には新たに、二人の少女の姿が加わっていた。


「まぁまぁ——真面目なお二人さん。なんだかんだでヨイちゃんはいつもお話聞いてくれてるし、そんなにカリカリしなくても大丈夫ですよ~?」


一人は、茶目っ気のある口調で、ニコニコと笑顔を浮かべながらカノンたちを宥める少女。彼女の仕草や言葉遣い、表情からは子供っぽく親しみやすそうな雰囲気が感じられ、どこか人を惹きつけるような魅力があった。


「か、カリカリなんてしてません! ——と、いうかセラ統括官がそれを言いますか!? 今日の会議に大遅刻したのわかってますっ!?」

「うっ……そ、それを言われると……」

「そもそも、ご自分の立場を自覚してるんですか!? 学園都市の運営組織の顔がこんな体たらくじゃ、各学園の方たちに示しがつかないじゃないですか! この前だって、プロメテアの面倒な生徒に言いがかりをつけられたんですから!!」

「あ、あの~それは……ですね……」

「いいや分かってませんね! ちょっとそこに正座してください! こうなったらちゃんと理解してもらうまで——」

「まだなにも言ってないですよっ!? うぅぅ……カノンちゃんがいじめてきます……ミツキちゃんたすけてくださぁい~…………」


……しかし自身が放った余計な一言が原因でまたもヒステリックになったカノンによる、間髪かんはつ入れずの連続口撃こうげきに、彼女——主席統括官ことセラは、隣に立つ少女に泣きついた。


「————少なくとも私は自業自得だと思いますが、主席」

「そんなぁ、ミツキちゃんまで!? 冷たい! 視線がすごく冷たいです!!」


セラと同じく加わったもう一人は、彼女とは逆に氷を思わせるような冷たい美貌の、大人びた雰囲気をまとう少女。冷静かつ事務的な口調と振る舞いは、その印象を一層強める要素と化している。


「主席のその性格は、ある種美徳だと言えるでしょう。ですが度が過ぎれば、他人からふざけていると誤解されても仕方のない態度ですよ」

「そうですよセラ統括官! ミツキ先輩のおっしゃる通りです!」


氷柱つららを想起させる鋭く冷たい眼つきで、セラをたしなめる少女——ミツキ。

助けを求めすがり付くセラを容易くバッサリと切り捨てた彼女はしかし、「ですが」と付け加え、別の人物へその氷の眼差しを向けた。


「財務室長も、言い分は理解できますが言い過ぎです。貴女はとても真面目に業務にあたってくれていますが、ヒートアップしやすい点が玉に瑕ですね」

「うっ……はい、すみませんでした。以後気を付けます……」


短いため息をつきながらそう冷静にたしなめるミツキに、それまで肩を怒らせていたカノンも消沈し、草がしおれたが如く頭を垂れた。


「あれ、なんか私とミツキちゃんで、全然聞き分けが違くないですか?」

「主席も、そういう発言こそがご自身の威厳を奪っている自覚はありませんか」

「…………えっと、あの……なんか今日……みんなが私に対して辛辣なのは……気のせい、じゃありませんよね……? い、いいんですか? こっちは準備できてるんですよ——いつでも泣きますからねっ!!」

「さて、そろそろ会議を始めましょうか」

「ここでなおもガン無視ですかっ!? 酷いですっ!?」


ぎゃあぎゃあ騒ぎ立てていたものの、周囲からことごとく受け流され続けた結果、ついには深く凹んだ様子のセラ。

会議室の隅っこにて縮こまり、膝を涙で濡らす彼女を尻目に、会議室前方のホワイトボードの前にミツキが立った。

それに伴いほかの室長たちも、各々がそれまで待機していた位置から、自らの名札が置かれた指定席へと移動していく。


「皆さん、大変お待たせいたしました。まずは、主席の捜索、および発見にお時間をかけてしまったことを、深くお詫び申し上げます」


その場の全員が席に着いたのを確認し、ミツキは最初に事務的な口調で謝罪を述べ、静かに腰を折る。

それにいち早く反応したのは、カノンとチサトの二人。

「いや、謝罪の必要はない。むしろ道理を考えれば、我々も主席統括官の捜索に出向くべきだった」

「そうですよ、ミツキ先輩! ……いつもお任せしてしまって、私たちの方こそ謝りたいくらいなんですから」


広大なスペースを何階層も有するこの巨大な建物の中から、たった一人の人物を見つけ出すというさりげない偉業を、たった一人で成し遂げた者をねぎらう声に——だが。


「……とか言ってますけどぉ、私たちが探しに行ったところで結局見つけられないのが、セラ統括官とーかつかんなんじゃないですかぁ……?」


そう——机に乗せた両腕を枕にあくびをする監査室長ヨイが、気だるさを一切隠そうともしない、寝起きそのままの様子で口を挟んだ。


「人数が増えたところでぇ……効率も結果もどーせ変わんないでしょうしぃ、そーいう仕事はデキる人に投げておくのが正解だと思いますぅ~。ほらぁ、餅は餅屋っていうじゃないですかぁ……ぐぅ……」

「こ、この……ヨイ室長……! 仮にそうだとしても、せめて感謝の言葉とかないの!?」


腕枕に顔をうずめながらへらへらとのたまう声に、藍髪の少女は顔を赤くして、本日何度目かの感情の瞬間沸騰を起こす。

だが今度は彼女が暴走する直前、横からため息交じりの声が発された。


「はぁ、言ったそばからですか……全く、貴女という人は……」

「あっ、その……すみません……。で、ですがヨイ室長の態度には目に余るものがあります! セラ統括官の件は……私たちじゃお力になるのは難しいのは事実ですから、その……ミツキ先輩にお任せする形になりましたけど……でも……!」


冷静な態度を貫くミツキの、鋭利な眼差しとともに維持されていた細い眉のラインが、はじめてハの字に曲げられる。

彼女がその細い身体を抱くように腕を組みつつ発した呆れの言葉に、再度落ち着きを取り戻したカノンは——しかしなおも、どこか煮え切らないような様子で食い下がった。

それに対して——


「財務室長——貴女は気にせずとも大丈夫です。私は特に気にしていませんので。それに、監査室長の言にも一理あります」

「ミツキ先輩……」


落ち着いた声音できっぱりと、自分が今回の件を意には介していないと告げるミツキ。

問題を一手に引き受けた当人がそう言っているのならば、他人が横から介入し、余計に事を荒立てる必要性はない。

————「それが分からないほど、貴女は愚かではないはずです」、と。

自身へ向く眼差しから、その言外の意図を読み取ったカノンは、喉元まで出かかっていた追及の言葉を飲み込み——。


「……わかりました。ですが、代わりにと言ってはアレですけど……ミツキ先輩も、ほかの業務では私たちを頼ってください。必ずやお力になりますから」


しかし今回は素直に言葉に従うだけではなく、釘を刺すように言葉を付け足した。

今回の一件がそうであったように、普段の——可能な限りギリギリまで、仕事や問題を一人で引き受けてしまう傾向を、今度は逆にカノンが、遠回しに指摘する。


「…………、心に留めておきましょう」


一瞬、様々な思考が巡らされたことを示す間と、真一文字に口を結んだ顔に、複雑な感情を巡らせたのち——ミツキは相変わらず事務的に応えた。

しかし直後、その固く事務的な口調とは対照的な、崩れに崩れて形を保っていない豆腐の如きふにゃふにゃボイスが、話を本題へと引き戻す。


「まぁ、ミツキ代表だいひょーもそう言ってることですしぃ、セラ統括官とーかつかんの一件はひとまず流しましょうよぉ~」

「余計な一言で脱線させたのはあなたでしょうが……」

「ほ~らほらカノンちゃん、噛みついちゃダメですよ~」

「…………っ、これ……ッくらい愚痴っても別にいいじゃないぃ……!!」


ボソッと毒づいた声を耳ざとく聞きつけたナナミに即座に言い返そうとするも、血が上る頭と先ほどまでの反省が脳内で正面衝突した結果、「抑えめの声で言い返す」という折衷せっちゅう案に、発声直前で落ち着いたカノン。

……序盤勢いよく声を張り上げそうになっていたのは、ひとまず置いておくとして。


「では、気を取り直して会議の進行に移るとしましょう。皆さん、一度こちらに注目を願います」


またも空気がグダつく前にと、そのまま会議の開始が宣言される。

広いわけではないとはいえ、そこそこの収容人数を有する会議室に、余分な感情を排していながらもよく通る声が響いた。

まさに鶴の一声、というべきだろうか——それが響いた瞬間、今までどこか弛緩した空気が充満していた空間と、その場の一同の面持ちに神妙なものが宿る。

これが、彼ら【I.R.I.S.イーリス】——別名・の会議の始まりを真に告げる、いつもの合図なのであった——。


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