思い出話

 それから、数日の時が流れた。

 カーチス以外の実行犯は、全員戦意を喪失しており、後から駆けつけたマギア隊により無事確保……。

 それぞれ、本人以外に家の意思が関わっていたかを徹底的に調べ上げられ、重い処分を下されたらしい。


 キエラ・ローマールという、あの少女についても、それは同様だ。

 当然ながら、アスル王子とも婚約関係は解消。

 調べた末、ローマール家そのものは事件と無関係であると判明したため、彼女本人が無期懲役の刑を受けるだけで済んだらしい。

 しかしながら、息女が婚約している第一王子の殺害を目論んだという醜聞が消えるわけもなく、結局のところ、お家断絶にも等しい結末を迎えるのだというという……。


 そして、忘れてはならないのが、第二王子カーチス・ロンバルドだ。

 死ねば全ての罪が帳消しになるなどという、甘い話はない。

 彼の名は遡って王家の家系図から抹消され、その名が人々の口から出ることも、もはやない。

 カーチスという人間の存在した痕跡そのものが、この世から完全に消し去られたのである。

 王位継承者の暗殺を企むということの、罪深さがうかがい知れる処分であった。


 当然ながら、葬儀など開かれるはずもなく……。

 家族だけでの密葬という形とはいえ、ともかく弔ってやったのは、父王と兄王子が見せたせめてもの情けといえる。


 これらの処理を、アスル王子は淡々と……しかし、精力的にこなした。


「お兄様は、この機会に国内へ巣食うウジを一掃するつもりでいるんだ。

 ……せめて、カーチス兄様がやったことを無為にせず、本人の望みと異なるとはいえ、国のために役立てようとしているんだと思う」


 と、いうのは、オレリアの談である。

 実際、旧式化しているとはいえ、九機もの現役マギアを秘密裏に調達するというのは、いかに名家の子息や子女の集いといえど不可能だ。

 その裏には、アスル王子を亡き者にしようとする有力者たちの暗躍が見え隠れしており……。

 王子は捕まえたその尻尾を決して離さず、芋づる式に一網打尽としようとしているらしい。


 実の弟にも、婚約者にも裏切られ、命を狙われた悲しみと喪失感……。

 彼はそれを、怒りと行動力に変えて発散しているように思えた。


 その間、イルマが何をしていたかというと、これは国立マギア工廠こうしょうとの往復生活である。

 早速にも起こした図面は、ドギー大佐を始めとする技術局の人間から大いに感心される結果となり……。

 一刻も早くそれを実現させ、製造工程の自動化を推し進めるべく、イルマはその知恵を惜しみなく提供していたのであった。


 そんな彼女であるから、是非、正式に技術局で働いて欲しいという申し出がきたのは、当然のことであっただろう。

 イルマはそれを……。




--




 王宮内に存在するバラ庭園は見事という他になく、花々よりは、整然と組み合わせられた歯車の方に美を感じるイルマであっても、思わずため息をついてしまうほどである。

 そんな、色とりどりのバラに囲まれる中……。


「技術局からの申し出を、受け入れてくれたこと……。

 そして、遅まきながら二度までも俺の命を救ってくれたこと……。

 あらためて、感謝する」


 久々に顔を合わせたアスル王子はそう言うと、そっとカップをソーサーの上に置いた。

 連日、オレリアから働きすぎを心配されるほど精力的に動いている彼だが、疲労の色は見られない。

 ただ、為すべきことを為している人間に特有のぴしりとした空気のみが、その身にまとわりついている。


「いえ……私……は……オレリアの頼みを聞いただけ……です」


 このところ、イルマは喋る際、噛んでしまうことが激減していた。

 オレリアとの交流などを通じて、少しは人間というものに慣れてきたのかもしれない。


「それであっても、だ。

 しかし、本当にいいのかい?

 技術局に加わり、我が国の技術力向上へ貢献するというのは、間接的に君の祖国アレキスへ弓を引くということだ。

 いわば、先日の一件における我が弟と同じ位置へ身を置くことになる……。

 その覚悟が、君にあるかな?」


「あり……ます……」


 自分でも、驚くべきことだが……。

 イルマはその問いに、即答することができた。

 何故ならば……。


「わ、私はこの国で……色んな初めてを……経験することができ……ました。

 そ、それを……守りたい……です」


「そうか……」


 アスル王子はそれを聞いて、ティーカップに口をつけ……。

 それから、奇妙な沈黙が茶の席を支配する。

 イルマが自分から口を開かないのはいつものことだったが、アスル王子までもがそうしているのは、何か思うところがあるからに違いなかった。


 そうして、互いに沈黙の時間と茶の味を堪能した後……。

 彼は、ようやく口を開いたのである。


「君の……」


「はい」


 王子は少しためらったが、続く言葉を吐き出した。


「君のお姉さん……アルマ・ヴィンガッセンと君とは、どういう姉妹だったんだ?

 彼女は君にとって、どういうお姉さんだった?」


「私に……とって……?」


 質問の意味は分かるが意図を理解できず、首をかしげてしまう。

 そんな自分に、彼は少しだけ物悲しい表情をした後、こう言ったのだ。


「参考にさ。

 俺は……失敗したから」


 そんな彼に、かける言葉があるわけもなく……。


「お姉ちゃんは……私にとって……」


 イルマは求められるまま、姉との思い出話を語り始めたのであった。

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ひきこもりはいらないと追放された魔動技師、隣国の王子に求婚され技術局局長になる ~母国の軍事力は私のおかげで保たれていましたが知りません~ 英 慈尊 @normalfreeter01

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