決着

「くそっ!?

 奴は……あの空を飛ぶマギアは何だ!?」


 学友の力を借り、秘密裏に調達したアルカスの中……。

 上空を見上げながら、カーチス・ロンバルドはそう叫んでいた。

 いや、いっそ、物事が上手く進まなかったことを嘆く幼子のように、わめいていたといってもよい。

 こんなものは、明らかに想定外であり……。

 もし、何の前情報も無しにあんなものの飛来を予見できたならば、そやつは神の目を持っているといってよいだろう。


 それほどまでに、突如として現れた白銀の機体は圧倒的だった。

 空中を自在に飛び回っては、こちらが放った射撃のことごとくを回避し……。

 返しの射撃を放っては、一機、また一機と、せっかく集めたマギアたちを戦闘不能に追い込んでいくのである。


『先日、飛来したという竜……。

 王子たちだけで倒したのではなく、援軍があったと聞いてはいるけど……。

 まさか、あれがそうだというの!?』


 自分と共に兄王子の捜索にあたっていたアルカスの拡声器を通じ、キエラの声が響く。


「馬鹿な!

 ありえない……あんなもの、あり得ない……!」


 女のように甲高い声を出しながら、そううめく。

 あり得ないとわめいたところで、現にそれが上空からこちらを狙っているという事実は、決してくつがえることがない。

 だが……。


「あんまりじゃないか!?

 俺たちが王都を離れ、準備を進めていたほんの数日間……。

 新しい情報が入らないその間に、兄上があんな力を手にしてたなんて、あんまりすぎるじゃないか!?

 これじゃあ、まるで……神様がえこ贔屓しているみたいだ!

 兄上に……あいつに舵取りを任せていたら、この国は滅ぶというのに!」


 わめきながら、上空を舞うマギアにフレイガンを撃ち続ける。

 もはや、それは射撃と呼べるものではない。

 ただ、弾倉が空になるまで撃ち続けるだけだ。

 そうこうしている間に、味方のアルカスは次々と数を減らしていき……。


『――うわっ!?』


 とうとう、キエラのアルカスも頭部を破壊され、行動不能となる。

 残るは――自分一人。


「うわあああああっ!」


 みっともなく叫びながら、ひたすらに撃ち続けた。

 そこに、ロンバルド王子としての誇りというものは一切存在しない。

 入念な準備も、集めた仲間も全てが無為と化した現実……。

 それを受け入れられない子供の、駄駄がそこにあった。


 しかし、コケの一念とはよく言ったもの……。

 まったくのまぐれであるが、カーチスが撃った銃弾の一発は、白銀のマギアが手にしたフレイガンへ命中したのである。

 もし、上空のマギアが末端部を狙うために時間をかけていなければ、こうはならなかったであろう。

 それと同時に、カーチスの機体も弾丸を使い果たす。


「はっ……!

 はあっ……!

 ……こい!」


 無用の長物と化したフレイガンと、更にはシールドも捨て、腰のエンチャントソードを両手で構えさせた。

 それを受け、上空のマギアもソードを抜き放つ。

 勝負はー――瞬!


「はあっ!」


 上空から一気に急降下してきた謎のマギアに、横薙ぎの斬撃を放つ。

 だが、それが敵機を切り裂くことはなかった。

 白銀のマギアは、斬撃が放たれた瞬間に後方へ宙返りを披露し、剣が振り抜かれたその瞬間を狙って再び突進してきたのである。


 ――ザグッ!


 カーチス機の脚部を横からすり抜けるような超低空飛行と共に、敵機のソードが振るわれた。

 魔力が付与されたその刃は、アルカスの両脚をたやすく切断し、行動不能に陥れたのである。


 ――全滅。


 ……全滅だ。

 カーチスが長い時をかけて集めた戦力は、自身を含めてその全てが撃墜された。




--




「ん……やった」


 搭乗者は殺さず、機体のみを無力化させる……。

 九機ものマギアにそれをやるのはなかなかに困難であったが、敵の腕が未熟であったこともあり、どうにかイルマはそれを成し遂げられた。

 と、そこである事実に気づく。


「乗ってる人たち、どうしよう……」


 この事である。

 確かに、敵のマギアは全てを行動不能にできた。

 だが、乗っている人間に関しては無傷であり……。

 現に、たった今倒したアルカスも胸部装甲を開き、搭乗者が這い出てきているのだ。


「アスル王子を回収して、放置……する?」


 どこか顔立ちがアスル王子に似た金髪の少年が出てくるのを見ながら、そのように自問自答していた時だ。


「カーチス!」


 森の中を縫うようにしながら、その場へ姿を現す人物がいた。

 黒髪の青年を、見間違えるはずもない……。

 ロンバルド王国の第一王子、アスルである。


「兄上……!」


 アルカスに乗っていた金髪の少年が、そう言ってくやしげに顔をしかめた。

 アスルを兄と呼ぶならば、彼は夕食の席で聞いたもう一人の王子なのだろうか……?

 それが、何故、兄を襲う……?


 状況が分からず混乱するイルマであったが、そうこうしている間にも二人の王子は会話を続ける。


「キエラもそこにいたか……。

 どうやら、俺を呼び出したのは待ち伏せ、亡き者とするためだったようだな?」


 やはり操縦席から這い出してきた金髪の少女を見ながら、アスル王子がそう尋ねた。


「もはや、隠し立てしても仕方ありませんね……!

 兄上! あなたや父上の方針通りにアレキスへ抗えば、この国は滅ぶのみ!

 故に、お命を頂戴しようと思ったのです!」


「愚かな……。

 こうべを垂れれば、甘い汁を吸わせてくれると?

 アレキスは、そこまで甘くはない。

 しかも、戦意を失っていたので放置したが……。

 お前の仲間には、俺の法案へ反対する貴族家の子息もいた。

 自分が、体よく乗せられていたと気づかなかったようだな?」


「な、何……!?」


 兄の言葉に衝撃を受けたカーチスが、その身を硬直させる。

 硬直したが、しかし……。


「い、今更関係あるか!」


 そう叫ぶと、腰に下げていた剣を抜き放ったのである。


「――駄目!」


 瞬間、イルマの脳裏にひらめいたのは、あの日の光景だ。

 あの日……。

 母は高熱が出たアルマを連れて病院へ行っており、家には実父とイルマだけであった。

 そして、そこへ押し込んだ強盗は、クローゼットに隠れるイルマの前で父を……。

 あの時は、何をすることもできず……。

 イルマはただ、父を失い、外界に対する絶対的な恐怖心を植え付けられただけだった。


 今は――違う。

 自分には、止める意思も、その手段も存在するのだ。


 魔水晶を通じてイルマの意思を汲んだアルタイルが、右手のエンチャントソードを振り上げる。

 アルタイルの運動性能ならば、カーチスがアスル王子へ接近するよりも早く、この剣を振り下ろしてそれを阻止することが可能だ。


「――っ!」


 覚悟を決め、それを実行に移そうとしたその時である。


「駄目だ! イルマ!」


 アスル王子の声が響き渡り、アルタイルがその動きを止めた。


「これは、俺自身がなさねばならないことだ!

 ……君は、目を背けていてくれ」


 そして、アスル王子はそう言いながら、自らも腰の剣を引き抜いたのである。

 構える彼の姿からは、無言の圧力が放たれており……。

 武芸の心得がないイルマでも、カーチスとはモノが違うと一見し判断できた。

 だから、イルマは言われるまま、操縦席の中で目を背けたのである。


「うわあああああっ!」


 カーチス王子の雄叫びが、森の中へ響く。

 対して、アスル王子は何も答えることがなく……。


「イルマ!

 ……終わった」


 しばらくすると、アルタイルにそう声をかけてきたのだ。

 恐る恐る目線を向けると、彼は上着を脱いでおり……。

 脱いだ上着は、地面へ倒れる誰かの上に被せられていた。

 そこから広がるのは、血のシミ……。


 何もかもが――終わったのだ。

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