実戦
高空から眺める森林というものを、他に見たことのある人間がいるわけもなく、ある意味、今のイルマは未踏を存分にねぶっている状態であるといえる。
とはいえ、ロンバルドの美しき景観を楽しんでいるわけにもいかない……。
今の自分は、友人から兄の命と国の行く末を託された立場であるのだから。
「やっぱり、武装を持つと重いな」
先日、国を飛び出す前には存在しなかった装備――ソード、フレイガン、シールドというマギア三種の神器と呼ぶべき武装の存在を、強く意識した。
とりわけ、気になったのはアルタイルの右手が保持するフレイガンである。
この国で製造された物のため、部分的には異なるが……。
おおよそは、イルマが設計し、アレキスで製造されているものと同一だ。
そして、この武装こそは、イルマにとって初めて設計した品であり……。
マギア戦の様相を一変させた発明品であるのだ。
「お父さん……」
おそらく、これから挑むのは、初の――対人実戦。
その緊張からか、亡き実父のことを思い出す。
あるいは、実際にフレイガンを乗機へ持たせたことが、関連づく記憶を呼び起こしたのかもしれない。
イルマとて、あらゆる発想には源泉と呼ぶべきものがあり……。
フレイガンの場合は、父の研究がその基となっているのである。
イルマとアルマの父もまた、マギアの技術者であった。
と、いっても、技術局内で高い地位に居るわけではない、ごく一般的な研究員だ。
ただ、その情熱は本物だった。
家にまで仕事を持ち込み、朝も夜もなく、ひたすら研究に打ち込んでいたのである。
そんな彼に、幼き双子の姉妹はよく懐き……。
特にイルマの場合はベッタリと張り付き、設計のいろはを学んだのだ。
だから、父が亡き後……。
その研究――空気圧を利用した弾丸発射機構をさらに昇華させ、この武装を考案できた。
いわば、フレイガンは亡き父との共同研究品であり、それを双子の姉が世間へ出すことで日の目を見た品なのである。
「あれは……」
回想は、唐突に打ち切られた。
アルタイルが備える、一対の目……。
魔造によるそれが、眼下の景色へマギアを発見したからである。
「合計で――九」
それは、アレキスにおいて――もしかしたらこの国でも、マギア隊一個中隊として換算される数だ。
機種は、いずれも旧型のアルカス。
アルタイルの敵では――ない。
問題があるとすれば……。
「撃てる……かな……」
機体に持たせた武装が、より重く感じられた。
--
首尾よく、崖を滑り降りることに成功し……。
森の中へ入りなり、執着せずに魔動二輪を手放したのは、正解であったといえるだろう。
木々が生い茂る樹海の中において、乗り物を使っていてはどうしても逃走経路が限定される。
しかし、それを捨てて己の足で逃げれば、選べる選択肢は無限大に広がるのだ。
あとは、追っ手がこちらの逃走経路を察せられるかという運の勝負であったが……。
どうやら、それにも勝利し続けられたようである。
……ここまでは、の話であるが。
――バガンッ!
おそらくは、それほど練度が高くないのだろう……。
アルカスのフレイガンから放たれた銃弾は、アスルが隠れる木ではなく、その隣に生えている樹木へ命中し、これを横倒しにした。
それはつまり、木に登って葉の中へ隠れることでやり過ごそうとした目論見が、バレたということだ。
「ちい……!」
うめきながらも、素早く木を滑り降りる。
とうとう、こちらの居場所が露見するに至った。
圧倒的な踏破性能を誇るマギアから逃げ切り、再び隠れ潜めるか……?
どうあがいても無理だという直感を押しのけ、走り出そうとする。
上空の機影に気づいたのは、その時だ。
「あれは――アルタイル!?」
白銀の機体は、全体的に鋭角なシルエットをしており、これはアレキスのマギアによく見られる特徴だ。
ただし、頭部には同国のマギアが採用しているスリット状の目ではなく、人間のような一対のそれが備わっている。
何より特徴的なのは、背部に備わった翼だ。
白鳥のごとき形状をしたそれは、魔力の輝きを帯び、機体に浮遊力と推進力を与えていた。
――アルタイル。
あの日、絶体絶命の自分を救ってくれたマギアが、今、再び窮地へ現れてくれたのだ。
やはり、練度が低いのだろう……。
驚いたのは自分だけでなく、自分を発見した三機のアルカスもまた同じであり、愚かにも彼らは、上空のアルタイルへ頭部を向けていた。
もし、彼らがもう少し経験を積んでいるならば、何もかも無視し、ともかくアスルの命を奪いにきていたことだろう。
――バガンッ!
アルタイルの手にしたフレイガンが火を吹き、アルカスの一機を撃墜する。
直撃ではない。
頭部へ命中させることで、戦闘の継続を不可能としたのだ。
より狙いやすい胴体ではなく、末端部を狙うことで無力化するそのやり方には、殺人へ対する忌避感が見えた。
「乗っているのは、イルマなのか……?」
妹のオレリアを始めとして、正式な訓練を積んだ魔動騎士というものは、それが初の実戦であっても反射的に直撃を狙えるよう、入念に仕込まれている。
白銀の機体からは殺気が感じられず、正当な訓練を受けていない者が搭乗していると思えた。
僚機が撃墜され、我に返ったのだろう……。
残る二機のアルカスが、上空のアルタイルにフレイガンの銃口を向ける。
やはり、練度が低い。
遅くともこの段階で、狙うべきはアスルであると気づくべきであった。
そして、そのような未熟者たちの射撃を喰らうアルタイルではなく……。
闘技場でも見せた、立体的にして華麗な飛翔で、対空射撃のことごとくを回避する。
回避しながらも、アルタイルのフレイガンが撃ち放たれた。
――バガンッ!
――バガンッ!
やはり、頭部を破壊されて、二機のアルカスが無力化される。
飛び回りながらも正確に末端部へ命中させる射撃技術は、見事なものであった。
空中へ静止したアルタイルの目が、こちらに向けられる。
だが、すぐさま背部の翼を稼働させると、再び回避機動を取った。
すると、ほんの一瞬前までアルタイルがいた場所を、フレイガンの銃弾がむなしく通過していったのである。
他のアルカスたちも、上空のマギアに……その脅威に気づいたのだ。
確認はできていないが、気配から敵は中隊規模――つまり、残り六機ばかりのアルカスがいると見られた。
アルタイルの敵ではない。
問題は……。
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