救えるはただ一人
足を踏み入れたことがないといえば、昨夜の食堂に続き、玉座の間を訪れたのもこれが初めてのことである。
代表的なところでは、謁見など……。
普段は、グスタフ王が様々な事柄へ
ズラリと居並ぶのは、王宮詰めの魔動騎士と思わしき者たちであり……。
完全武装の彼らを見据える王の目は、昨晩のおだやかさが打って変わって厳しいものとなっているのだ。
だが、それも当然のことだろう。
今、このロンバルド王国は、後継者である第一王子アスルを失うか否かという瀬戸際に立たされているのだから……。
「ごちゃごちゃとした前置きや、賊が何者であるかを推察している時間はない……。
稼働可能な全マギアを出撃させ、アスルを救出せよ」
――はっ!
王が、思いのほかに静かな声で号令すると、魔動騎士たちが一斉に返事をする。
そして、全員がきびきびと動き出し、出口の方へと向かったのだ。
これからマギアを緊急出撃させ、全速力で救出へ向かうに違いない。
だが……。
「ペガやアルカスじゃあ、間に合わない……」
自分の隣で、やや青ざめた顔をしながらその光景を見ていたオレリアが、そうつぶやく。
アスル王子が襲撃を受けたという時間から、すでに数時間が経過している。
今、この瞬間に、彼が命脈を絶たれていても何らおかしくはないのだ。
その事実を踏まえた上で、オレリアがこちらに向き直った。
「イルマ、頼みがある」
「ん……」
真剣な眼差しを向ける友人に、こくりとうなずく。
イルマとしても、この状況下ならば、他に取れる手段がないことを理解していた。
だから、胸元のペンダントをそっと差し出したのだ。
「アルタイルじゃなきゃ、間に合わない……」
「……!
ありがとう、イルマ。
必ず、無事に返すから。
――父上も、構いませんね!?」
問いかけられた玉座のグスタフ王が、難しい顔をしながらもうなずく。
「この状況とあらば、致し方あるまい。
オレリアよ。日頃から研鑽してきたその力、今こそ国のために使うのだ。
そして、イルマよ。
息子のために力を貸してくれること、一人の父として感謝する」
王が――おそらくは異例なことに――そう言って、軽く頭を下げ……。
アルタイルを駆るオレリアの出撃が、決定した。
--
魔力を注ぎ込まれたペンダントは、たちまちの内にほどけると同時に、巨大化しながら複雑に絡み合い……。
オレリアを内部に取り込みながら、人型の巨影――マギアの形となる。
そうして乗り込んだアルタイルの操縦席で、オレリアは緊張と共につぶやいた。
「これが、アルタイルか……」
何事においても特殊なこのマギアであるが、操縦席の造りに関しては、ロンバルド製のそれと大差がない。
これは、ロンバルドのマギアが、アレキスのそれを模倣することで生み出されてきたからこその共通項であろう。
「姫様、武装です!」
「どうか、ご無事で!」
マギア専属の整備員たちがそう叫びながら、魔動式の台車で武装を運び込む。
エンチャントソードを腰に装着し、フレイガンとシールドを装備すれば、完全武装のマギアが出来上がった。
「方角は……あちらか」
イルマを始め、城の者たちに見守られながら、中庭内で目的の方向を見定める。
アルタイルは搭乗者を変えながらも、問題なく魔水晶を通じて自分の意思を組んでくれた。
その、水晶を通じて伝わる感覚……。
ペガには存在しない機構――背部の翼を稼働させる。
内部からでは確認できないが、きっと、白鳥のごとき翼が大きく開かれたはずであった。
「頼んだよ、アルタイル……」
そうつぶやき、いよいよそこへ魔力を注ぎ込む。
だが……。
「くっ……!
うう……!」
瞬間、オレリアを襲ったのは、急激な虚脱感であった。
魔力の減衰というものは、強い疲労感として表れる。
今、オレリアが感じているのは、全力で魔動機器を使い続けた時のそれと同様の症状だ。
「こ、この機体……!
い、いや、この翼……!」
周囲で見守っていた人々が異変を感じ、ざわめき始める。
――これ以上は!
そう直感し、機体を膝立ちの姿勢にした。
これは、マギアへ乗降する際の基本姿勢だ。
機体を停止させ、胸部の装甲板を開放する。
そうして、外界の空気を吸い込むと、重い疲労感が肩にのしかかってきた。
まだ、飛翔すらさせていない……。
にも拘わらず、オレリアは魔力を大幅に消耗してしまったのだ。
「あたしじゃ、無理だ……」
機体を降り、支えようとしてきた者の手を拒否しながら、そうつぶやく。
そして、一同へ混ざって見守っていたイルマに目を向けた。
「イルマ……。
君は、あんなものを使ってこの国まで飛んできたのかい?」
その言葉に、銀髪の少女はこくりとうなずく。
「ん……。
でも、エンチャントウィングはまだまだ魔力の消費量が多すぎる。
長時間の飛行には、改良が必要」
「消費量が多いなんてものじゃない」
イルマの言葉に、我ながら大げさな身振りを加えてそう言い放つ。
「起動しただけで、魔力をごっそりと持っていかれた。
多分、あたしじゃ現場へ向かうだけで魔力を枯渇させると思う」
「そん……なに……?」
こくりと首をかしげながら尋ねる開発者に、うなずく。
「自覚がなかったんだと思うけど、イルマの魔力量はきっと異常なんだ。
あたしも、そこそこ魔力の量は多い方だけど、とてもじゃないけど、これを実戦で運用はできない。
あたしで無理だから、ロンバルドの魔動騎士じゃお兄様を含めて不可能だ」
「そう……なんだ……」
オレリアの言葉へ、イルマが驚いたように目を開く。
彼女が、アレキスでどのように過ごしていたのか……。
それは今のところ、聞いていない。
しかし、極端に人付き合いが少なかったことは想像するにたやすく、他者と魔力を比べる機会にも恵まれてこなかったのだと推察はできた。
そのため、ウィングの莫大な魔力消費量に関しても、自分を基準として測っていたのだろう。
結論として……。
現状のアルタイルは、事実上のイルマ・ヴィンガッセン専用機なのである。
そうとなれば、オレリアとしてはいかに心苦しくとも、これを頼む他にない。
これは、オレリア・ロンバルドという個人としての願い以上に、ロンバルド王国王女としての願いなのだから……。
「イルマ、恥を承知で君に頼みたい。
アルタイルを動かせるのは……お兄様が無事だとして、その現場に急行できるのは、君しかいない。
どうか、お兄様を……。
我が国の第一王子を、救ってはくれないだろうか?」
それは、卑怯な頼み方であった。
周囲には、オレリアの出撃を見届けるべく参じた多くの者たちが輪を成しており……。
彼らの視線が注がれる中で、断ることなど不可能なのである。
「うん……分かった」
だが、そう答えるイルマの顔に、不本意な願いを受け入れる者の色はない。
むしろ、ごく自然に自分の頼みを聞き入れてくれたのである。
「友達の……お兄さんは……助ける」
「――っ!?
イルマ、ありがとう!」
オレリアはそう言いながら、友の両手を固く握った。
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