襲撃

 魔動車を始めとして、船舶やマギアなど、魔動技術が発達した近年、乗り物の選択肢は実に多様なものとなっており……。。

 中でも魔動二輪は、ロンバルド王国の第一王子アスル・ロンバルドにとって、一番お気に入りの移動手段であった。


 操縦する姿は、古式ゆかしい騎馬兵のごとく勇壮。

 平地に限っての話ではあるものの、足の速さでは魔動車もマギアも上回る。

 しかも、これを転がしたならば、風と一体になったかのような爽快感を味わえるのだ。

 これは、魔動二輪を乗りこなせる者だけの特権である。


 そのようなわけで、アスルはよほどのことがない限り、足としてこの乗り物を使っており……。

 自ら足回りを改造するほどの入れ込みぶりは、王宮内のみならず、国民にとっても周知の事実となっているほど有名であった。

 まあ、これに関しては、より身近な距離から国民に接することができる特性を活かし、市中を移動するのににかこつけ、国民と挨拶を交わして回ったりしているのも大きいだろう。


 現在、ロンバルド王国はアレキスという強大な外憂を抱えた状態であり……。

 これへ抗うためには、王家の名の下、国民が一致団結せねばならないのだ。

 そのためには、あこぎともいえる人気取りの一つや二つ、安いものと考えられるのがアスルという青年であった。


 とはいえ、そのような寄り道をするのは普段のこと……。

 今日ばかりは、余計な回り道や寄り道をするような真似はせず、王国内に存在するとある山道を魔動二輪で駆け抜ける。

 ロンバルド王国の車道は、時にマギアすら投入して固く土を固めてあるが、それでも、起伏に富んだ道を高速で駆け抜けるのは高度な操縦技術が必要であり、護衛として随伴する騎士たちは苦労しているようだった。


「どうした!? どうした!?

 護衛対象に置いて行かれるようでは、ロンバルド騎士の名が泣くぞ!?」


 適当な所で停車し、どうにか追いついてきた騎士たちにそうげきを飛ばす。

 しかし、見慣れた顔の騎士たちは、いずれも疲労困憊といった有り様であり……。

 衆人の前では許されぬ姿であるが、二輪の座席でうなだれ、へたり込んでしまっていた。


「そうはおっしゃいますが……。

 殿下が本気になって二輪を使ったら、我々では追いつくことなど到底かないませんよ」


「そうです。

 そもそも、身の内に秘めた魔力量からして違うわけですから、恐れながらもう少し足並みを揃えて頂かないと……」


「大体、殿下の二輪はご自身で改造されているじゃないですか……?」


 騎士たちから口々にそう言われ、アスルは腰に手を当てる。


「おいおい、天下の近衛騎士たちが情けないことを言ってくれるなあ。

 人目がないからいいものの、今の発言はとてもじゃないが、余人には聞かせられんぞ?

 ここはもう少し、気合いを入れてだな……」


「殿下……。

 世の中、気合いや根性でどうにかならないことは数多いので、無理な時は無理だと言うように告げたのはご自身です」


「え? そうだっけ?」


 騎士の一人にそう言われ、一同を見回すが……。

 全員が白い目を向けているので、どうやら確固たる事実のようであった。


「……人間は、時に過去の出来事を忘れるものだ。

 だが、それは過去に囚われないという長所であると、そうは思わないか?」


「あー、もう、それでいいです……」


 自分の言い訳に対し、騎士たちが苦笑いを浮かべる。


「それに、急ぎたくなる気持ちは分かりますし」


「何しろ、婚約者殿と久しぶりの逢瀬おうせですものね」


「しかし、わざわざ王都から離れた湖で……。

 しかも、同行せず現地で会うというのは、少し変ですが……」


 騎士たちの言葉に、腕を組んで考え込んだが……。


「まあ、変っちゃ変だけどな……。

 でも、レクソ湖の景観は有名だし、そこでのピクニックというのは、そう不思議なことでもないだろう?

 現地で合流っていうのは、俺が思うに、何か驚かせる仕掛けを用意しているんじゃないか?」


 結果、逢瀬おうせを控えた男の気楽さで、そう答える。

 キエラ・ローマールとの婚約は事実上の国策であり、そこに、アスルや彼女の意思が入り込む余地はない。

 しかしながら、夫婦となる以上は、仲良くしたいと考えるのが人情であり……。

 勉学へ打ち込むことを理由に、あまり交流する機会を与えてもらえなかった婚約者からそれを求められたというのは、何とも男冥利に尽きる話なのであった。


 確かに、部下たちの言う通り、あまり野外を好むような印象のない彼女から、このような指定をされたのは少し不思議に思える。

 だが、それすらも、知らなかった一面を知る良い機会に恵まれたのだと、そう思えていたのだ。


「ま、ともかく、行けば分かる話さ」


 そのようにして、山道の片隅で小休止を取っていたその時である。


 ――クン。


「――っ!?」


 アスルの耳が捉えたのは、聞き慣れたマギアの駆動音であった。

 関節部が発するごくわずかなそれは、余人ならば聞き逃していたであろう。

 しかし、それを聞き逃さないからこそ、アスルは国一番の魔動騎士としても知られるまでに至れたのだ。

 音が聞こえたのは――。


「――上だ! 来るぞ!」


 アスルが叫ぶと同時……。

 巨大な影が、自分たちを覆う。

 一見すれば人影に見えるそれは、明らかに巨大過ぎており……。

 もし、見上げていたのならば、頭上から着地しようとするマギアの姿を見られたはずだった。

 もっとも、そんなことをすれば、それが最期に見た光景となろうが……。


「――ちいっ!」


 魔動二輪を急発進させ、すんでのところで踏みつけを回避する。


 ――ズンッ!


 ――ズンッ! ズンッ!


 山道の側面に存在する、崖……。

 切り立ったそこから降り立ったのは、三機のマギアであった。


 頭部には、建国王が打倒したというサイクロプスを思わせる一つ目が備わっており……。

 全体的なシルエットは、次世代機であるペガとの共通項が数多い。

 だが、魔力増幅炉の出力不足により、装甲厚等で劣るその機体は、現行の主力機――アルカスである。

 そのアルカスが、しかも、三機も自分を踏みつぶすべく、急襲を仕掛けてきたのだ。


「うおおっ!?」


「な、何だ!?」


「ま、マギアが何故!?」


 マギアの背後へ隠される形となった騎士たちが、驚きの声を漏らす。

 三機のアルカスは、明らかに自分一人を標的としており……。

 そうでなかったなら、彼らに対しても同様の踏みつけが行われ、とても正視できない光景が広がっていたに違いなかろう。


 だが、初撃を回避して終わりではない。

 アルカスは、三機ともがフレイガンにシールドを携えており、腰にはエンチャントソードを装着していた。

 これは、アレキスも採用するマギアの基本的な実戦装備であり……。

 ゆっくりとこちらへ向けられるフレイガンの弾倉が空でないことは、明らかである。


 このような時、アスル・ロンバルドの判断は早い。


「お前たちは城へ戻り、この事を伝えろ!」


 アルカスを挟んだ騎士たちへそう叫ぶと共に、魔動二輪をマギアたちが降り立ってきたのとは逆側へ向けた。

 そこはやはり、下方に向けて切り立った崖となっており……。

 下に広がっているのは、ロンバルドが誇る豊かな森林地帯だ。


「さあ、貴様ら! この俺についてこい!」


 アルカスらにそう告げて、魔動二輪で崖に躍り出る。

 フレイガンから放たれた銃弾が、今の今までいた地点の土をえぐり……。

 その土くれに追い立てられるようにしながら、崖の上を滑り降りていく。

 一切、速度をゆるめずに行うそれは、アスルだからこそ可能な達人芸だ。


 だが、圧倒的な踏破性を誇るのがマギアという兵器であり……。

 三機のアルカスは、シールドも活用しながら次々と崖を滑り降り、自分を追跡してきた。


 だが、それでいい……。

 近衛騎士たちを無事に逃がし、救援を呼ぶことこそが狙いなのだから……。


 ――それにしても……。


 ――俺が今日この道を通ると知る人間は、限られているはず。


 冴え渡ったアスルの脳は、決死の逃走を試みながらも、そのような疑念を呈していた。

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