初めてのプレゼン

「おいおい、そいつは本当ですかい!?

 いえ、殿下のご友人が仰ったことを疑おうってわけじゃあ、ないんですが……。

 これでも、この工廠こうしょうは改善に改善を重ねて、今の形にしています。

 その製造効率を簡単に上げられるとは、ちょっと思えねえなあ……」


 筋骨隆々の腕を組み……。

 ついでに、何故か大胸筋をぴくぴくとひくつかせながら、ドギー大佐がそう語る。


「えと……その……」


 大佐のごときいかつい男から、言葉のみならず、筋肉までも用いて語りかけられるのは凄まじい圧迫感であり……。

 イルマは、ただでさえ小柄な体をますます縮こまらせた。


「ドギー大佐、そんな風にすごまれたら、イルマも思ったことを口にできないよ。

 お兄様だって、常々こう言っているだろう?

 それが、どんなに不可能そうなっことだったとしても……。

 あるいは、身分の低き者から発せられた言葉だったとしても……。

 まずは、真摯にその言葉を聞き、検討することが大切だって。

 それを怠っては、我が国に更なる発展はないってさ」


 おそらく、アスル王子本人の声を真似しているのだろう……。

 がんばって低めの声を出しながらオレリアが抗議すると、ドギー大佐が困ったように苦笑いした。


「い、いや……別にすごんだつもりはないんですが……。

 なあ、スタンレーよ?

 おれ、そんな風に見えていたか?」


「ただでさえ、大佐は巨漢であらせられますから……。

 大佐ご本人はそう思われていなくても、相手には威圧感を与えてしまうものです」


 スタンレーにまでそう言われると、さすがに少しへこんだのだろう。

 やや肩を落としながら、ドギー大佐がこちらを見る。


「イルマ様、申し訳ありやせん……。

 別に、すごんだつもりはなかったんでさあ。

 この通りだ、どうかお許し下さい!」


 そして、そう言うと、何と勢いよく頭を下げてきたのであった。


「ええ?

 いや……えと……その……」


 大の大人から本気で謝罪された経験など、あるはずもなく……。

 視線をあちこちへとさまよわせ、最終的にはオレリアの方を見る。


「許しておやりよ。

 そして、あたしとしてはイルマが思いついたっていう改善案を早く聞きたいな」


 すると、自分と同じワンピースに身を包んだ少女は、苦笑いしながらそう言ったのであった。

 そう言われては、他に取るべき行動などない。


「ゆ……ゆるしゅ……ゆるし……ます」


「ありがとうございやす! イルマ様!」


 ドギー大佐が、豪快に口角を上げて笑ってみせる。

 やはり、悪い人物ではないのだ。

 そんな人のことをむやみに怖がったことへ恥じ入りながら、一同を見渡した。


「そ、それで……その……生産数の増やし方なんだ……けど……」


 自分の言葉に、一同がごくりと唾を飲む。


「実際に……ひな形を作ってから説明したいので……工作室を貸して下……さい」


「おう! すぐにご案内しまさあ!」


 イルマの願いを、巨漢の工廠こうしょう長は快諾したのであった。




--




 仮にも、祖国アレキスで、様々なマギアの設計に携わってきたイルマであり……。

 この程度の工作であるならば、いちいち紙に図面を起こす必要はなく、脳内へ描いたそれだけで十分である。

 また、短時間で形にすることができたのは、現在も胸元でペンダントの形を取っているアルタイルの制作経験も大きいだろう。


「へえ、鮮やかなもんだね……。

 ほんの一時間ばかりで、形にしちゃった」」


「え……へへ……。

 ここの……設備が……良かったから……」


 出来上がるまでの間、あえて声をかけるような真似はせず、黙って見守っていたオレリアがそう声をかけてきた。

 そんな彼女へ返した通り、さすがは王国のマギア生産を担うだけあって、ここの工作室はかつて住んでいた自室に匹敵するか、あるいは上回るほど器具が充実しており……。

 その助けを借りて作った品を、一同の前に置く。


「これは……」


「箱……と思えやすね。

 制作過程を見る限り、中に色々と仕込んでいたようですが」


 同じく、オレリアと共に工作室の隅で見守っていたスタンレーとドギー大佐が、机の上に置かれたそれを見て、素直な感想を漏らす。

 彼らが言っている通り、それは一見すれば、ただの箱であった。

 箱を形成する板の一枚にこそ、ごく小さな魔水晶を仕込んでいるものの、それ以外は本当に、何の変哲もない金属製の箱なのだ。

 そして、大佐が推察した通り、内部にこそ、今回浮かんだ発想を仕込んでいるのである。


「まずは……蓋を開ける……ね」


 考えてもみれば、自身の発想をプレゼンするのは、亡きアルマがやってくれていたことであり……。

 それを自分自身でこなすことに若干の緊張を覚えながら、蓋を取り外す。

 そうして、明らかになった箱の中身……。


「これは、腕……かな。

 ただ挟み込むことしかできない形だけど、とにかく腕だ」


「それが、四つほど側板がわいたの内側に仕込まれていますね」


「底部に一つずつ置いてあるのは、組み木細工ですかい?」


 そこには、オレリアたちが言う通り……。

 各側板がわいたの裏に据え付けられた小さな腕と、同数のバラされた組み木細工が転がされていたのである。

 ただし、組み木細工に関しては、計算して設置位置を定めていた。


「それじゃ……起動する……ね」


 一同が十分に見たのを確認して、箱の外側へ仕込んだ魔水晶に指を触れる。

 すると、水晶はイルマの魔力を吸い込み……。

 意図した通り、側板がわいたの腕たちが稼働したのであった。

 自由自在に操縦者の意思を反映するマギアのそれとは異なり、今回作ったこれが見せるのは、事前に刻んだルーンへ沿ったものだ。


 物を挟むだけの簡易な構造をした四つの腕は、ルーンで指定した通りの動きをし、底部の組み木細工をそれぞれ一つ掴み上げる。

 それから、それを中央部で組み合わせ、一つの小さな箱として完成させたのだった。


「ん……これで……終わり……です」


「え、これで終わりなのかい?」


 手応えたっぷりに、顔を上げたイルマであったが……。

 オレリアが見せた反応は、困惑でしかなかった。


「その……申し上げにくいのですが、こんな小さな箱を組み上げられましても……」


 どころか、彼女ばかりでもなく、スタンレーも苦笑を浮かべたのである。


 ――あれ?


 ――分かりづらかったかな?


 そう思い、イルマが首をかしげたその時であった。

 ただ一人、一言も漏らさなかった人物……。

 じっと、食い入るように今の工程を見ていたドギー大佐が、わなわなと体を震わせたのである。


「ああ!」


 そして、工作室の壁を震わすほどの大声でそう叫んだんのだ。


「ど、どうしたんだい? 大佐?

 急に、そんな大声を出して……」


「どうしたも、こうしたもありやせん……」


 両耳を塞ぎながら抗議するオレリアに、まだ体を震わせているドギー大佐が顔を向ける。


「気づきやせんか?

 こいつを、もっと大きな……それこそ、マギアの各部品に対応できるものにしたなら……!

 そして、こんなちゃちな組み木ではなく、マギアの部品を掴ませたなら……!」


 さすがは専門職というべきだろう……。

 大佐の言葉は、完全にイルマの意を汲んだものであった。


「ああ!」


「なるほど!」


 そこまで言われて、ようやく気づいたらしい……。

 オレリアとスタンレーも、納得顔でうなずく。


「そうか!

 装甲版を組み合わせたりとかの、大がかりで大変な作業は、こうやって勝手に済むようにすればいいんだ!」


「細かい部分に関しては、従来通り人の手でやらねばならないでしょうが……。

 逆に言えば、そこにのみ注力することができます」


 二人の言葉に、ドギー大佐が何度も力強くうなずく。


「ああ!

 いや、言われてみれば簡単なことに思える。

 でも、それを発想するのは、簡単なことじゃねえ!

 しかも、こうやってひな形を作って、分かりやすく見せてくれた。

 いや……さすがは殿下のお友達でさあ!」


「え、へへ……」


 ワンピースの裾をつまみながら、笑みを漏らす。

 こうして……。

 イルマにとって初となる発想の提案は、好意的な評価を得て終わったのである。

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