国立マギア工廠

 マギアたちが立哨していた場所からさらに進むと、木柵や金網で形成された門があり……。

 そこを超えてしばらくすれば、その建物が見えてきた。


「大……きい……!」


 車窓越しに外観を見た、第一声がそれである。

 何しろ、ロンバルドの王城に匹敵するほどの巨大さなのだ。

 ただし、歴史深い石造りであるあちらに比べると、こちらは明らかに近代的な建築であり、見た目も何も考慮せず、ただただ機能性を追求しているのが対照的であった。


「王都近郊の森を大胆に切り開いて、生産施設として整備したからね。

 建設にあたっては色々な意見が交わされたらしいけど、やはり、利便性を考えるとこれが最良の選択だと思うよ」


 オレリアがしたり顔で解説している間に、スタンレーの運転する車は駐車場へと辿り着き……。

 全員で、降車する。


「内部では、様々な工作器具が稼働しています。

 くれぐれも、順路を外れないよう注意して下さい」


 スタンレーがそう言って注意を促したのは、興奮が顔に出ていたからかもしれない。

 これまで、マギアの設計をする機会には、何度となく恵まれてきた。

 しかし、実際にそれが製造される場所を見るのは、これが初めてのことなのである。

 技術者として、高揚しない方がおかしいだろう。


「ふふっ……!」


 そんな自分の横顔を見て、オレリアが嬉しそうにほほ笑む。


「それじゃあ、早速、行こうか!」


 そして、彼女がそう号令を発し、一同は工廠こうしょう見学へと乗り出したのだ。




--




「ドギーです。

 この工廠を、預からせてもらっていやす!」


 まず、最初に通されたのは、完成したマギアが立ち並ぶ出庫場であり……。

 ずらりと居並んだペガを背にしながらイルマたちを迎えたのは、ドギーと名乗る大男であった。


 マギアの工廠こうしょうという重要拠点を預かる以上、軍内では相当な地位にいるはずであるが……。

 四十代半ばであろうこの人物が漂わせるのは、技術者という雰囲気でも、軍人という雰囲気でもない。

 強いていうならば――職人。

 筋骨隆々の肉体をオーバーオールで包んでいるのもまた、そういった印象を加速させていた。


「ドギー大佐。

 わざわざ出向いてもらって済まないね!

 今日は、ご厄介になるよ!」


「殿下の頼みとあらば、聞かないわけにはまいりやせん。

 それに、後ろのお嬢さんは、とんでもないマギアを持ってらっしゃるそうじゃないですか?

 あいにくと、おれは昨日の試合は観戦できなかったんですが……。

 伝え聞いた話は、本当と見ていいんですかい?」


 興味深そうに尋ねるドギー大佐へ、オレリアが力強くうなずく。


「確かに、話で聞くと夢物語のようだと思うだろうね。

 でも、その話は全てが本当さ。

 イルマのマギアは、今もこうして彼女の胸元に収まってるんだよ!」


「ほう!」


 オレリアが自分の胸元を指し示すと、ドギー大佐の視線が突き刺さる。


「ひう……」


 別段、そこにある大平原に興味があるわけではなく、見ているのは首から下げたペンダントであると、分かってはいるのだが……。

 いかつさの固まりみたいな大男にそうされると、身をすくめてしまうのは女子の本能であった。


「ああっと、申し訳ねえ!

 別に、怖がらせようってわけじゃあ、なかったんでさ!」


 そうしていると、ドギー大佐がさっと身を引き、謝罪の言葉を述べる。

 いちいち大音声だいおんじょうであるし、仕草の一つ一つも大仰であるが、それが鬱陶しく感じないのは、この人物の人徳というべきだろう。


「ドギー大佐は、マギアに目がないのさ。

 そのために、本当はどんと構えていればいいのに、作業員たちへ混ざって率先的に製造へ関わっている」


 そんな彼について、オレリアが補足してくれた。


「マギアはもはや、戦場の主役……。

 これなくして、王国防衛は成り立ちやせん。

 その製造に関する総責任者が、実際に現場を知らないんじゃあ、話になりやせんからね!」


「程々にしておきなよ。

 奥方、この前のパーティーで、夫の帰りがいつも遅いと愚痴っていたからね。

 せっかく授かったお子さんも、もっと構ってあげなくちゃ」


「そこを突かれちゃあ、立つ瀬もありやせん。

 これからは、もう少し家庭を省みるようにしやす」


 ガシガシと後頭部をかきながら、大佐が面目なさそうな顔をする。

 そんな彼を見て想起したのは、亡き実父の姿だ。

 細身で、少し神経質なところのあった父……。

 人間としては、目の前にいる大佐とは対極的な存在といってよいだろう。

 しかし、マギアの製造に関わっているという点……。

 何より、仕事に対するその姿勢は――。


「――まあ、うちの話はこのくらいにして!

 それじゃあ、早速、工廠こうしょう内を案内させてもらいやす!」


 イルマの回想は、ドギー大佐の大声で打ち切られることとなった。




--




 それから目にしたものは、イルマにとって夢のような光景というしかないだろう。

 製造所では、大汗を流す作業員たちの手によって、マギアに欠かせない各種の部品が大量に鋳造されており……。

 組み立ての工房では、そうして造られた材料を使い、頭部や胴体、腕部に脚部など、ペガを構成するための各部位が、複数の作業員たちによって手際よく組み立てられていく……。

 そうして、バラバラになった模型のごとき状態になると、いよいよ全ての部位が組み合わせられるのだ。


 マギア用の寝台を下にし、クレーンを用いて各部位が吊り下げられる。

 その状態で、作業員たちが各関節部の下へ潜り込み、これをつなぎ合わせていく……。

 何もかもが、大がかり。

 それが、この目で見たマギア製造の現場だったのである。


「すごい……!

 話では聞いてたけど……実際に見ると……もっとすごい……!」


 イルマとしては、大変珍しい……いや、初めてというべきだろう。

 アルマと会話していた時のように、淀みなく言葉が漏れ出てきた。


「おや?

 でも、イルマはアルタイルを造ったんだろう?

 なら、製造の現場自体は知っているんだと思ってたけど?」


 その言葉に、同じく目を輝かせていたオレリアがそう尋ねてくる。


「ん……。

 この子を作る時は、模型を作るような感じ……だったから」


 チャリリと鎖を鳴らし、ペンダントを手に取った。

 アルタイルの製作工程……。

 それは、恐ろしく繊細な模型作りであったと、いう他にない。

 それぞれの部品を作り上げる際には、なかなか設計図通りの形にできず、かなりの試行錯誤を必要としたものだ。


 どうにか完成させることができたのは、時間が有り余っていたことに加え、マギアに対するイルマの執念……。

 何より、魔力を通すことで、粉砕された素材をある程度、思い通りの形に仕上げられる魔動成形機の存在が大きいだろう。

 大まかな形が出来上がっていたからこそ、細かな部分の修正へ集中できたのだ。


 そんな風に、アルタイルの製作工程を思い返していた時である。


「――個人で、あれだけのマギアを製作してしまったというのかい!?」


 驚いたオレリアが、イルマの手を握ってそう問い詰めてきた。

 スタンレーも同じように驚いているところを見ると、彼も昨日の試合は観戦していたようだ。


「そんなことができるのなら、マギアの……。

 いや、あらゆる物の製造が変わってくる。

 何しろ、こんな大がかりな設備が必要なくなるんだから」


 そう言って興奮する彼女には申し訳ないが、その認識は正さなければならない。


「ん……同じようにして作るのは、難しい。

 材料が、まず手に入らない」


 アルタイルの素材に使われているのは、通常のミスリル合金ではない。

 一度、それを溶解させた後、希少な魔獣の素材も混ぜ込まれており……。

 これを何機も作れば、財政破綻は目に見えていた。

 イルマがそれらの素材を入手できたのは、大国アレキスの技術局でアルマが強権を有していたからなのである。


「そうか……。

 まあ、上手い話はそうそうないか」


 手を離したオレリアが、あからさまにがっかりした態度を見せた。

 それを見て、にかりと笑ったのがドギー大佐である。


「まあ、そう簡単にマギアを造られちゃあ、たまりませんや。

 何しろ、この工廠こうしょうでさえ、これだけの設備と人員を整えて、一日に三機のペガを製造するのがやっとなんですから……」


「あ……それに関しては……もっと効率化して、生産数を増やせると思い……ます」


 そう言った彼に対し、間髪入れず告げた。


「「「え?」」」


 すると、オレリアやドギー大佐に加え、スタンレーまでもが驚きの声を上げてしまい……。


「ひう……」


 イルマは、またも身をすくませたのであった。

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