市場にて

 結局、購入した衣類の大半は、後ほど城へ届けてもらう手はずとなり……。

 純白のワンピースへ着替えさせられたイルマは、同じ服を購入したオレリアと共に、今度は市場へと連れて来られていた。


 これが、卸市場というものなのだろう……。

 市場の中は人より物といった有様で、運搬車がせわしなく行き交っており、オレリアや護衛のスタンレーに先導されなければ、イルマなどたちまちの内に轢かれてしまいそうである。


「すごい活気だろう?

 これでも、まだ大人しい方なのだというから、驚かされる。

 本当に忙しいのはまだ日も昇っていない早朝で、その時間帯は、部外者などとても立ち入れないくらい殺気立っているらしい」


 肉や野菜から、乾き物に至るまで……。

 様々な品を扱う店舗群を眺めながら、オレリアがそう解説した。

 そんな彼女が足を止めたのは、魚介を扱う専門店である。

 製氷機で作られた氷を敷き詰めた上には、いかにも新鮮そうな魚が並べられており、これはおそらく、故国のアレキスでは見られない光景であった。


「こちらは、海に面した隣国――フィーアから輸入された魚だな。

 あちらの国とは道路網も整備しているので、冷蔵庫を積んだ魔動車でこういった品も仕入れられる。

 まったく、ありがたい話だな」


 オレリアがそう言うと、忙しそうにしていた定員の一人が足を止め、笑みを浮かべてみせる。


「フィーアだけでなく、東部諸国からしたら、このロンバルドはまさにアレキスへの盾ですからね。

 だから、向こうで捕れた中でも、特別にいいやつを選んで送り出してくれてるんですよ。

 もっとも、魔動車の輸送で保つ奴に限りますがね」


「ありがたい話だな。

 アレキスの侵攻は、絶対に食い止めないと」


 店員の言葉に、オレリアがうなずく。

 そうしている時の彼女は、お転婆なお姫様でなく、国の行く末を憂う一人の王族として映った。


「ところで、お姫様……。

 後ろにいらっしゃるのは、もしかして昨日の……?」


「おお、あの試合を見ていたのか?

 そうとも、彼女こそが我が友イルマだ!」


 そうやって自分を紹介するオレリアの声は、あまりに大きく……。

 必然として、周囲の人々が自分に視線を注ぐことになる。

 闘技場の観客席からマギアの装甲越しに浴びるそれと、間近から向けられる視線とでは、また別の圧力があり……。


「ひう……」


 結果、イルマはワンピースの裾をぎゅっと握り締めながら、身を縮こまらせることになった。


「ああ、あまりそうやって注目しないでやってくれ。

 イルマは、あんまり人に慣れてないんだ」


「あら、そうだったの。

 ごめんなさいねえ。あんまりめんこかったから、おばちゃん、つい見とれちゃったわあ」


「ほんと、ほんと……。

 オレリア様もかわいいけど、このイルマちゃんもまた別のかわいらしさがあるねえ。

 それでいて、あんな風にマギアを扱えるっていうんだから、驚いちゃうわ」


 この市場で働いているのだろう……。

 恰幅の良い中年女性たちが言い合うと、先程の魚屋もうんうんとうなずく。


「アスル様やお姫様に加え、このお嬢さんと、あのとんでもないマギアまで加わったんだ。

 こりゃあ、ロンバルドの未来は安泰だな。

 ――よしきた!」


 そして、何を思いついたのかぽんと手を打つ。


「お姫様、特別いいのを選んでお城に届けておくから、良かったら食べてくんな!」


「え? いいのかい?

 そんなの、喜んで頂くよ!」


 オレリアがそう言って喜ぶと、中年女性たちも負けていられないと身を乗り出す。


「ちょっと、ちょっと!

 あんたのとこにばかり、いい格好はさせないよ!

 オレリア様、あたしも旦那に言って野菜を届けとくから、それも食べておくんなよ!」


「そうと決まったら、あたしんとこが出さないわけにはいかないね!

 丁度、頃合いよく熟した肉があるから、それを届けさせてもらうよ!

 姫様にしたって、イルマちゃんにしたって、もう少し肉付きを良くしなきゃあ!」


「わあ……いつも色々とよくしてもらってるのに、本当に申し訳ないね!

 イルマやお兄様と一緒に、美味しく頂くよ!」


 女性たちの申し出に、オレリアがそう言って顔をほころばせた。

 そうなると、イルマとて何かお礼を言わないわけにはいかない。

 いかなひきこもりであろうと、好意には感謝の言葉でもって返すべきであることくらいは、知っているのだ。

 だが、その意に反して、イルマの声帯は上手く働いてくれず……。


「あの……あ……ありがとうござい……ましゅ」


 か細い声でそう言うのが精一杯だった上に、噛んでしまった。

 しかし、何故だかそれが、大ウケだったのである。


「まあ、本当にかわいらしいお嬢さんだねえ!」


「うちのバカ息子の、お嫁さんに欲しいくらいだよ!」


「おいおい、あんたんとこの倅じゃあ、到底釣り合わねえよ。

 大体、魔動騎士さんには、この国を守るっていう大事な使命があるんだからよ!」


「違いない!」


 そんなことを言い合って、市場で働く人々はガハハと笑い合う。

 いつの間にか、自分がロンバルドの戦力として働くのを決定されているのは気になったが……。

 その空気感は、イルマにとって想像もつかなかったもので……。

 そして、何やら居心地の良いものだったのである。




--




 市場へ程近い場所にある喫茶店で、軽い昼食を取り……。

 次いで、イルマたちを乗せた魔動車が向かったのは、明らかに王都の中心部から離れた郊外であった。


「これ、どこへ向かっている……の?」


 ――よもや、森林浴にでも連れ出すつもりか。


 その可能性へ思い至り、先手を打って尋ねる。

 ただでさえ、服屋でおもちゃにされ、市場ではやたらと懐へ入ってくるのが上手い中年たちの相手をしてきたのだ。

 その上、自然界ウィルダネスを冒険アドベンチャーなどさせられてはたまったものではなく、もしもそうだったなら、どうにか、別の場所へ向かうよう懇願するつもりであった。


「あれ?

 今朝、言ったつもりだったんだけど……」


 そんな自分の問いかけに、オレリアが指をあごに当てながら考え込んだ。

 もしかしたらそうだったかもしれないが、あの時イルマは混乱状態にあったため、結局、話を聞いてないのは同じである。

 だから、今のうちに行き先を明かして欲しかったのだが……。


「まあ、いいや。

 それなら、着くまでの秘密ってことで!

 大丈夫! イルマなら、きっと気に入る場所だよ!」


「ひう……」


 告げられた無情な言葉に、諦めの境地へ達した。

 さらなる言葉を重ね、どうにかして目的地を聞き出す話術など、イルマが持ち合わせるはずもなかったのである。


 故に、窓の景色を見つめながら、どうか嫌な予感が当たらぬようにと願ったのだが……。

 どうやら、その願いはかなったようだった。


「あれ、マギア……」


「ああ、あの部隊章はケイラー将軍の配下だね。

 優先してペガを与えられてることから分かる通り、優秀な魔動騎士たちだよ」


 すっかり都市部を離れ、左右を流れる景色が森林ばかりになってしばらく……。

 土を固めることで作られた道路を走った先に立っていたのは、二機のペガだったのである。

 しかも、ただ立っているだけではない。

 シールドにフレイガンも装備し、腰にエンチャントソードを装着したこれは完全な武装状態であり、立哨する兵士がそうであるように、ピリリとした緊張感を漂わせているのだ。


『そこの魔動車、停車されよ。

 失礼を承知で申し上げるが、身分と目的の確認をさせて頂く』


 拡声器を通じた魔動騎士の言葉に従い、スタンレーが車を停める。

 そして、彼のみ降車すると、一枚の紙を携えてペガたちの下へ向かったのだ。


「あれ、は……?」


「許可証さ」


 尋ねるイルマに、オレリアがイタズラっ気のある笑みを浮かべて答えた。

 そして、こう付け足したのである。


「これから向かう施設……。

 国立マギア工廠こうしょうへと立ち入るための、ね」

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