初めてのショッピング
祖国アレキスの王都と比較しようとしたところで、筋金入りのひきこもりであるイルマにそのような
ともかく、オレリアに連れられ実際に降り立った王都フィングの街並みは、一言で表すならば、木組みの街という印象であった。
国土の半分ほどを、森林地帯に覆われているというのが影響しているのだろう……。
建材として扱われているのは、もっぱらが木材であり、それを補強する形で石材やレンガが用いられているのだ。
「どうだい?
王都フィング街並みは?」
貴人を乗せていることが一目で分かる、特注の魔動車……。
その後部座席へ並んで座ったオレリアにそう尋ねられたので、思ったままに答える。
「えと……街の建物が、みんな木材で造られています……いる、ね」
最後の方を言い換えたのは、敬語で返すことに対し、オレリアが少し顔をしかめたからだ。
どうやら、彼女は呼び方だけでなく、言葉遣いに至るまでも対等に接して欲しいらしいことを、ようやくにも理解し始めていた。
「その通りだとも。
昔から、ロンバルドは森の恵みと山脈地帯に眠る鉱脈の恵み……。
その両方を活かすことで、発展してきたのさ」
そう説明するオレリアの表情は、実に誇らしげなものである。
こういったところは、さすが王女という他にない。
彼女にとって、祖国が繁栄してきた歴史は、誇りそのものなのだ。
「しかも、近年では魔動技術の発達により、森を支配してきた強大な魔獣たちから、多くの領域を刈り取ることに成功している。
豊富な森林資源を背景にしての産業は、今後ますます発展していくことだろう……まあ、これはお兄様の受け売りだけどね」
ペロリと舌を出しながら、オレリアが笑ってみせる。
なるほど、今の言葉は確かに、実感のこもったそれというよりは、他者から聞いたそれを真似ているだけという響きがあった。
と、そんな会話をしていた時のことである。
「姫様、到着しました」
運転席で魔動車を操っていた騎士が、そう告げて停車させた。
王家御用達の車が止まったのは、大きな店の前である。
店の入り口側は、壁材としてガラスを使っており……。
それを隔てた店内には、色とりどりの衣服を飾っているのが、店へ踏み入らずとも確認できた。
「ここは……?」
「名所旧跡を見て回るにしても、まずは休日を楽しむための服がないとね!
一応、女の子が着るためにアレンジしてあるとはいえ、これって軍の服だし」
そう言いながら、オレリアがスカートの裾をつまんでみせる。
確かに、彼女も自分も、昨日のマギア戦で着ていたのと同じ、ロンバルド軍の改造正装であった。
もっとも、オレリアはともかくとして、イルマが持っている他の衣服といえば、寝る時のために渡された寝間着と、屋敷を出る際に見繕ったアルマの服だけなのだが……。
「で、でも、私お金持って……ない」
「ああ、それは気にしなくて大丈夫。
王家へのツケにしておくから。
よっぽど使い過ぎでもしない限りは、お兄様だって何も言わないし」
「そのことなのですが、ロッテン様から言伝がございます」
運転手も護衛も兼任していることから、特別な教育を受けている騎士なのだろう。
運転席の彼が、執事のようなうやうやしさで口を開く。
「イルマ様の衣類はともかく、オレリア様に関しては、本日は一着のみに留めておくように、とのことです」
……どうやら彼女は、よっぽど使い過ぎているらしい。
「えー……。
ロッテンのケチ……」
「自分としましても、一度着ただけの服が大量に存在するのは、いかがなものかと」
「ちぇー。
皆して、あたしの敵に回るんだから……。
まあいいや、それなら、今日はイルマの服をとことん見よう」
「え、でも、私……そんなに服が沢山あっても……」
気を取り直したように宣言するオレリアへ、やや及び腰に告げる。
何しろ、人生の大半――と、いうよりは、九割九分九厘を寝巻きで過ごしてきたのが、イルマ・ヴィンガッセンという少女なのだ。
寝間着こそ、魂の制服。
寝間着こそ、第二の皮膚。
寝間着こそ、己の正装なのである。
「えー!?
何それ! もったいないよー!」
しかし、そんな自分に、オレリアがそう抗議してきた。
「せっかく、いい素材してるんだから、きちんとかわいい格好をしないと!
ねえ、スタンレーだって、そう思うでしょ?」
「こればかりは、オレリア様に同意するしかありません。
仮にも、イルマ様はこの国にとって恩人……。
その恩人に、改造したとはいえ軍服しか着せていないとあっては、我が国の沽券に関わります」
「そうそう、沽券に関わるのさ。沽券に」
スタンレーなる騎士にも味方され、オレリアがうんうんとうなずく。
そして、先に降車したスタンレーが後部座席のドアを開くと、イルマの手を引いて勢いよく店へ乗り込んだのだ。
「さあ、今日はイルマのために、徹底して選び抜いてあげるからね!」
「ひいん……」
謎の使命感へ燃えるオレリアに、イルマのか細い悲鳴など届くはずもない。
--
それからの二時間は、イルマにとって、この世の地獄ともいえる時間であった。
「うんうん、いいねー。
でも、こういう活動的な服を着せるなら、髪の方も整えてみようか」
言われるままに渡された服を着てお披露目すると、うんうんとうなずいたオレリアがそう告げる。
「お任せ下さい、オレリア殿下」
すると、控えていた店の女性が素早く更衣室に入り、熟練の手さばきでイルマの銀髪を結い上げるのだ。
ここは、服を扱う店のはずだが、店員が髪を整える技術まで持ち合わせているのは、さすがお姫様御用達というしかない。
そして、このような例は序の口……。
「オレリア様。
イルマ様ならばいっそ、パンツスタイルも合うのではないでしょうか?
丁度、当店の職人が手掛けた新作がございます」
何故か、店の者たちまでもが張り切り……。
「いいね!
紳士の装いをした女性が、背筋を伸ばして立って歩く。
新しい時代の到来を感じるよ」
それに乗せられたオレリアは、ますます燃え上がって、イルマに様々な服を着せたのである。
若者受けしているという丈の短いスカートが特徴的な装束から、先進的なパンツスタイル……。
フリルまみれの服や、儀礼の場にも出れそうな正装……。
果ては、何故か水着までをも着せられたのだ。
「いいね、いいね。
やっぱり、イルマは最高にかわいいよー」
「まったくもって、素晴らしい素材です。
服たちの喜ぶ声が、聞こえてくるかのようです」
オレリアと共にご満悦そうな笑みを浮かべる店員たちは、もはや、手段が目的と化している。
服を売るため、試着を勧めるのではなく……。
イルマに様々な服を着せることそのものが、到達点と化しているのだ。
「え、えと……。
あの……もう十分だと……思うんだけど……」
店内のカウンターへ山積みにされていく箱たち……。
丁寧なラッピングが施されたそれらは、イルマの試着姿を見て、オレリアが購入を決めた衣類である。
ひとしきり着ている姿を愛でては即座に購入するので、すでに、乗ってきた魔動車では収まりきらないほどになっていた。
断言する。
これだけの服があれば、イルマはこの先の人生で着るものに困ることがないだろう。
「そうだね……。
イルマに関しては天井を言い渡されてないけど、一度にあまり買いすぎても、また買い物をする楽しみがなくなるし」
――また買い物をする楽しみ。
その言葉に、言いようのない恐怖を感じながらも、ぶんぶんと首を縦に振る。
今は、一刻も早くこの着せ替え人形状態を脱するのが第一であった。
「じゃあ、服を見るのはこの辺にして……」
しかし、続けてオレリアが言い渡したのは、実に無情な言葉だったのである。
「次は、下着を見ようか!」
「ひう……」
地獄の時間は、延長戦に入った。
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