白熱の議会
王都フィングに建設された議事堂に集うのは、ロンバルド王国民の投票によって選ばれた有識者たちであり……。
彼らが交わす言葉に秘められた熱量たるや、それを使って鉄を打てるのではないかというほどである。
かつての時代は、国王に権力が一極集中し、その差配によって国が動いたものであるが……。
この光景を見れば、時代が変わったという言葉に否と言う者など皆無であろう。
魔動技術によって、人々の暮らしは格段に豊かなものとなり……。
生活に余裕を持てるようになった彼らは、次に教育を求めた。
そして、今、国を動かすに足るだけの見識を得るに至った彼らは、とうとう王侯貴族の聖域――
そして、今日……。
そんな彼らから、口々に批判の言葉を浴びせられているのが、他でもない……第一王子アスル・ロンバルドその人であった。
「そのようなことをすれば、利益は大幅に下がってしまいます!」
「いかにも! せっかく伸びてきた王国経済に、自ら歯止めをかけるような行為ですぞ!」
口から唾を飛ばすほどの勢いで次々にまくし立てているのは、いずれも大勢の従業員を抱える工場の長たちである。
そして、そんな彼らへ賛同するようにうなずいているのは、直接取り引きをしているか、あるいは間接的に関わりがある商会の長たちであった。
「お前たちの意見も、分からぬではない」
いっそ敵視ともいえる視線を受け止めたアスル王子は、そんな彼らに対し、堂々とした態度でそう告げる。
「しかしながら、実際の問題として、酷死している女工が出ていることは、見過ごせない。
お前たちの
それを使い潰すのは、タコが自らの足を食べるような行為だ。
よって、工場法の制定は必要不可欠と考える」
アスル王子とて、この場において孤軍奮闘というわけではない。
彼の言葉に賛同の意を示す者もまた、数多い……。
そして、その内訳は学者や医師など、真に歴史的な観点から国の行く末を案じられる者たちだったのである。
「まずは、この資料を見よ!
……どことは言わないが、とある紡績工場における、女工の平均的な一日を円の形で表したものだ」
持参した鞄を漁ったアスル王子が、一枚の紙を取り出す。
この議事堂に集う誰にでも見えるよう、特大の紙を折り畳む形で持ち込まれたそれは、色分けもすることでさらに分かりやすくなっており……。
これを見れば、女工たちの過酷な一日が、一見して理解できるようになっていた。
「実に……実に、過酷だ。
誰か、たったの一日でもいい!
これと同じ働きができるという者は、あるか!?」
そう問われてしまえば、応じられる者などいようはずもない。
「そ、その調べは正確なのですか……?」
せいぜい、反対者の一人がそう尋ねるだけで、精一杯だったのである。
「正確だ!
……とはいえ、調べた先について明言することはできない。
この場は、あくまで建設的な議論をする場であり、誰かを悪く言うためのそれではないのだからな」
アスル王子の言葉を受けて、紙が取り出されてからずっと顔を青くしていた者たちが、そっと胸を撫で下ろす。
その様子を見れば、表の信ぴょう性について論じるのは無用であると思えた。
「付け加えるならば、俺は女工たちにこういった働きをさせてきた者たちが、罪人であるとも考えない。
罪に問われるとするならば、先んじてこういった問題が発生することを予見できなかった、この場にいる全員なのだ。
そして、それを償う
もはや、この場はアスル王子の独壇場といっていい。
先程まで批判の言葉を向けていた者たちも、こうなってはうなずく他になく……。
「では、採決を取らせて頂きます。
……とはいえ、この流れを見れば迂遠な投票など不要というもの。
賛成する方は、拍手を用いてそれを表して下さい」
アスル王子の目配せを受け、議長がそう宣言すると、万雷の拍手が巻き起こったのである。
現国王グスタフ・ロンバルドは、息子の隣へ設置された席に座りながら、満足そうにその光景を眺めていた。
--
「ぷぅ……。
疲れたあ……」
議事堂内に存在する、王家専用の休憩室……。
議会を終えた後、アスルはそこへ用意されたソファへ、倒れ込むように腰かけた。
「我が息子ながら、見事であったぞ。
特に、あれが効いたな。
あの、紙だ」
そんな息子の様子を見ながら、グスタフが対面のソファへと座る。
すると、この場に連れてきた侍女たちが、手際よくお茶の用意を始めた。
「あれは、我ながら上手い一手でしたね。
やはり、視覚へ訴えかけるというのは効果的だ」
早速にも茶を一口すすり、ついでにサンドイッチも頬張りながら、アスルがそう返す。
「しかしながら、大変なのはここからです。
確かに、工場法を作ることそのものは決まった…。
が、その中身に関しては、今日のそれにも増す白熱した議論が交わされるでしょうね」
「現在、利益を得ている者たちは、可能な限りそれを守ろうとするだろうからな……。
いかにして、それを抑え、弱き者たちの労働環境を勝ち取るか……これは、見ものだわい」
のん気にそう言った父王へ対し、アスルの視線が突き刺さる。
「観客にならんで下さい。観客に。
現在の国王は父上なんですから、もっと積極的に俺を援護してくれないと」
「はっはっは……!
必要とあらば、そうするがな。
いや、出来息子を持つと、楽ができて良いわ。
まあ、援護に関しては、カーチスがもう少し大人になってから、頼むといい」
「まったく……」
サンドイッチを食べ終え、アスルが腕を組む。
「まあ、あいつも大学でイイ感じに頑張っているようですし。
父上に期待するよりは、建設的かな。
あーあ、オレリアの奴も、どうせ目指すなら魔動騎士ではなく、初の女性議員でも目指してくれればいいのに……」
そう言ったアスルは、しばし、天井を眺めていたが……。
「ゼバスティアン、そういえば、その妹は今日、どうしているんだ?」
そう問われると、侍女たちにてきぱきと指示をしていた老執事が、アスルの傍らへとやって来る。
「はっ……。
今朝聞いたところによると、本日はイルマ様を連れ、王都の案内をなさるようです」
「連れて、というよりは、引っ張り出してという感じだろうけどな。
その光景が、目に浮かぶようだ」
ロッテンと並ぶ古株の言葉に、アスルが苦笑いを浮かべた。
「まあ、少しでもイルマがここへ馴染む一助となるならば、それも悪くはないか……」
「その、イルマだがな」
そう言って一人納得するアスルに対し、グスタフが身を乗り出す。
「お前、あの娘をどうするつもりだ?」
端的なその言葉に、込められた意味は重い。
何しろ、彼女が今も肌身離さず持ち歩いているあのマギア――アルタイルは、あまりに規格外の存在だ。
もしも、これを戦場で運用したならば……。
例え単機であったとしても、どれほどの戦果を上げられるかは、想像するに容易いのである。
「どうもしません。
俺に二言はありませんよ。
最大限、彼女の望みを尊重します」
「仮に、この国を出る……。
最悪の場合、アレキスに帰ると言い出してもか?」
「もちろんです。
その時は、お土産をたくさん持たせてあげますよ」
父王の刺すような眼差しを受け止め、さらりとアスルが言い放つ。
そうされては、他に言葉もなく……。
「やれやれ、こういう時のお前は、決して言葉を覆さぬからな」
グスタフはそう言いながら、背もたれに体重を預けたのである。
「誰かさんに似たのですよ」
アスルはそう言いながら、笑みを浮かべていたが……。
「ただまあ、出来ることなら……。
仲良くは、したいかな」
最後に、そう付け足したのであった。
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