呼び捨て

 ――アレキスの人間であることがバレた!


 そうと悟った瞬間、イルマの脳裏にひらめいたのは、実に多種多様な己の死に様である。


 縛り首となり、無惨な死体を観衆の前で揺らし……。

 あるいは、ギロチンでこの首を切断され、自分の体を自分の目で見ることになる……。

 はたまた、杭に縛り付けられ火であぶられるか……。

 いや、もしかしたら、マギアの手で蝿のごとく叩き潰され、新鮮フレッシュなトマトと化し鮮血の花を咲かせるかもしれない……。


 ともかく、それらの未来は決して心配し過ぎな夢想ではない。

 何しろ、ロンバルド王国は故国アレキスにとって敵性国家であり……。

 自分はフレイガンを始め、様々な新技術や新機体をアレキスへもたらし、その躍進を支え続けてきたのである。


 いや、表立ってそれをやったのは、姉のアルマということになってるから、あるいは……。

 そう考えた時、昨日の一幕を思い出した。


 昨日の朝……そう、丁度、今くらいの時刻だ。

 頭に血を上らせた自分は、あの試作機――アルタイルが手製の機体であると、名言したではないか!?


「あ、あわわわわわ……」


 迫りくる多種多様な死の未来に、イルマは歯の根を震わせた。

 そんな彼女の様子を見て、溜め息をついたのがロッテンと呼ばれた老侍女である。


「おひい様……。

 そのことは、本人に対して告げぬようにと、あれほどアスル殿下がおっしゃっていたではありませんか?

 ですので、アレキスの朝食がごく軽いものであることは、耳打ちさせて頂いたのです」


 彼女にそう告げられ、オレリア王女が自分の頭を小突いてみせた。


「そうだった……!

 いけない、いけない……つい、うっかりだ」


 自省の言葉を吐き出してはいるが、その顔に反省の色はない。


「とはいえ、だ……。

 あのアルタイルという機体は、どう見てもアレキス製の雰囲気だったし、お兄様から聞いた話だと、竜から助けてくれた時に飛んできた方角もアレキスの方だし、ほとんど自白してるようなもにじゃないか」


 ばかりか、いけしゃあしゃあとそう言い放ったのである。


「それでも、本人が話す気になるまでは、それに合わせておくのが迎える側の礼儀というものです。

 誰にでも、話したくないこと、聞かれたくないことというのは、あるものなのですから……」


 仕える姫君の言葉に、眉を揉みほぐしながらロッテンが答えた。

 何しろ、王族としての強権を発動し、即日で闘技場を使ってのマギア戦を開催するような姫君だ。

 おそらく、常日頃から苦労しているに違いない。


 だが、今は老侍女の苦労を察し、心中で労っている場合ではない。

 いかにして、詰みとも評せるこの状況をくぐり抜けるかこそが、肝要なのである。


 ――最悪の場合は、アルタイルで。


 幸いにも、アルタイルを顕現させることが可能なペンダントは、寝ている最中も首にかけたままだ。

 派手な格闘戦を演じた後で、これといった手入れをしていないのは不安であったが、ここから脱出するくらいは問題なかろうと思えた。


 そのようにして、イルマが物騒な逃走法を思いつき、半ばまで実行の覚悟を固めていた、その時である。


「まあ、どこの国出身で、どんな事情を抱えていたとしても、イルマはイルマだ。

 あたしは、細かいことを気にしないさ」


 それが、ごくごく当たり前のことであるかのように……。

 オレリア王女が、さらりとそう言い放ったのだ。


「えっ……」


 そのことが意外だったので、思わずそう口にしてしまう。

 そんなイルマに、オレリアは真っ直ぐな眼差しを向けたのである。


「あたしは、友達を決して疑わない。

 ましてや、出身が敵国だったくらいで、手のひらを返すような真似はしない。

 そもそも、お兄様が国から出してくれないから、アレキスの人間だと言われても、いまいちピンとこないしね」


「オレリア……様……」


 我知らず、その名をつぶやく。

 それは、何の打算もない好意であった。

 ただ好意を向けてくるというだけならば、彼女の兄であるアスル王子にも、何ならば、世話をしてくれている侍女たちにも向けられている。


 だが、それはあくまでも竜の打倒に力を貸し、王子や国民の命を救ったからであり……。

 一人の人間として、純粋なそれを向けてもらえたのは、実に半年ぶりのことであった。

 まるで、絵物語で見たような友情……。

 だが、ここで見い出せたそれは、現実のものなのだ。


「わはっ!

 初めて名前を呼んでくれたね!」


 ただ名前をつぶやくという、自分の行為……。

 それに対して、オレリア王女がとても嬉しそうに微笑んでみせる。

 しかし、すぐに意地悪そうな笑みを浮かべてみせたのだ。


「でも、少し固いかな」


「えと……固い……です、か?」


 一語一語を、いちいちどもりながら尋ねる。


「固い! 固いとも!」


 すると、彼女は腕を組み、うんうんとうなずいたのであった。


「お友達同士なら、名前を呼び捨てにするのが普通だよ」


「で、でも、オレリア様は王女様で……この国の偉い人で……」


 一応……本当に一応であるが、イルマとて男爵家の令嬢である。

 王族を呼び捨てにするというのが、どういうものであるかくらいは、さすがに理解していた。

 しかし、そんな自分に対し、オレリア王女はびしりと指を突きつけてきたのだ。


「呼び方も固ければ、その考え方も固い!

 いいかい? あたしは姫君であると同時に、魔動騎士でもある。

 先見の妙というやつを、持ち合わせているつもりだ。

 これからの時代は、女性も平民もどんどん力をつけてくる。

 王族がどうのしきたりがどうのなんて言ってたら、時代の流れに取り残されちゃうよ。

 だから、あたしのことは気にせず、オレリアと呼んでくれればいいんだ。

 もし、難癖をつけてくるやつがいたら、あたしがぶっとばし――」


 コホンと、ロッテンが咳払いする。


「……ヘイワテキニ、ハナシアイデカイケツシマス」


 すると、熱弁を止めたオレリアが、驚くほどの棒読みでそう言ったのであった。

 それがおかしくて、くすりと笑う。

 そして、自然とその言葉が口から漏れた。


「分かり……ました。

 ……オレリア」


 その言葉に……。

 当のオレリアのみならず、ロッテンを始めとした侍女たちもまた、暖かい笑みを浮かべる。

 それが、何ともいえずこそばゆく……。

 そして、居心地が良かった。

 だが、次にオレリアが告げたのは、過酷な言葉であった。


「それじゃあ、名前も呼んでもらえたところで……。

 この後は、どうやって遊ぼうか?

 あたしとしては、イルマにこの王都を案内してあげたいな!

 ううん、決まり! そうしよう!」


「……え?」


 驚くイルマに構わず、オレリアがどんどんと計画を立てていく。


「やっぱり、噴水広場はかかせないでしょ?

 アルタイルほどのマギアを造った魔動技師なら、工廠も見てもらいたいし……。

 うううう……! 一日で回り切れるか心配だよー!」


「ええええ!?」


 ――外出。


 それは、ひきこもりにとって、死罪に匹敵する苦役くえきである。

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