第2話 ひきこもりと内乱

カーチス・ロンバルド

 森林というものは、それそのものが一つの世界であると断じられるほど、多様な動植物によって構成されるものであり……。

 当然ながら、そこには、人類にとって極めて危険な存在――魔獣もまた、数多く含まれている。

 とはいえ、その脅威に怯えながら、森がもたらす豊かな恩恵をかすめ取っていたのも、今は昔の話……。


 魔動技術が発達し、マギア隊によって危険な魔獣のことごとくを駆逐するに至った昨今、ロンバルドの森林地帯は、ただ人類に恵みをもたらすだけの場所と化しており……。


 必然として、かつて、生息圏からはぐれ出てきた魔獣を迎撃すべく建設された各砦もまた、その役割を終えるに至っていた。


 ナザム砦は、そういった時代の徒花あだばなが一つである。

 今となっては、近寄る人間もいない、役割を失った施設……。

 アレキスという外憂を抱えている関係上、国内の不要な軍事施設解体にばかり金と人を向けるわけにはいかず、今はただ傷んでいくのを待つばかりだったその砦へ、密かに集いし者たちの姿があった。


 しかも、それはただの人間ではない……。

 全長は九メートルに達しており、魔力で稼働する靭帯じんたいは無限の力を秘めているかのようであり、全身は騎士鎧を彷彿とさせる装甲で覆われているのだ。


 人型魔動甲冑――マギアである。

 建国王が打倒したというサイクロプスを思わせる一つ目の鋼鉄巨人たちは、現行の主力機であるアルカスであった。


 砦の中庭に集結せしアルカスは、実に九機。

 これは、通常の部隊運用において、中隊として数えられる数である。

 確かに、アルカスは次世代機であるペガに取って代わられ、やがては第一線から消えていく定めのマギアであるが、それにしても、中隊規模のそれが人知れずこんな場所へ集結しているのは、異常といえた。


 人によっては、この光景を見てこう評するだろう。


 ――悪だくみの臭いがする。


 ……と。

 だが、その認識は間違いだ。

 マギアを駆り、密かにこの砦へと集結したのは、紛れもなき憂国の士たちであり……。

 マギアを降り、砦内部に存在する作戦会議室へ集結した彼らが語らうのは、ロンバルド王国を明るい未来へ導くための方策なのだから……。


「まずは、皆……集まってくれたことに礼を言おう」


 作戦会議室に設置された円卓……。

 その上座に位置する少年が、参列した者たちを見回しながらそう告げた。


 年の頃は、およそ十代半ばといったところだろう……。

 顔立ちは凛々しく、そして険しい。

 その表情は、若年の彼が背負った苦悩と葛藤とを、物語っているかのようであった。


 ――カーチス・ロンバルド。


 ロンバルド王国の第二王子が、母から受け継いだ黄金の髪を撫でつける。

 そんな彼へ、呼応するようにうなずいた参席者たちもまた――年若い。

 いずれもが、カーチスと同様に成人の儀を迎えたか、あるいはいまだ迎えていないかという年齢なのだ。


 共通しているのは、全員がいかにも育ちの良さそうな顔立ちをしていることと、身にまとった装束の仕立てが立派であること……。

 彼らは、カーチスの学友たちである。


 今は亡き先代ロンバルド王が聡明であったのは、教育体制を整えたことに尽きた。

 王国中の知恵者たちを王都フィングへ創設した大学へ集め、貴族階級を始めとする経済的に裕福な家の子弟……。

 そして、身分は低くとも見込みのある少年少女たちに、高度な教育を施したのである。


 その効果たるや、絶大なものであった。

 現在、ロンバルド王国がどうにかアレキスの侵略を受けず、いまだ牽制を続けていられるのは、かの国が持つ技術を盗用し、あるいは模倣することへ成功したからに他ならない。

 その源泉となったのが、王都の大学なのである。


 そして、カーチスを始め、ここに集う者たちは、まさに今、大陸最先端ともいえるその教育を受けている次代の柱たちなのであった。

 その柱たちにとって、中核といえる人物……。

 すなわち、カーチスが咳払いを交えた後、口を開く。


「さて……今日の議題、今さら語るまでもないが……。

 この国を真に明るい未来へ導くため、立ち上がる覚悟があるか否か?

 その、意思確認だ」


 兄たるアスル王子が、闘技場へ魔動騎士としてのぞむ際に見せる眼差し……。

 それとそっくりの目で、カーチスが学友たちを見回す。

 それに対し、ある者は緊張で身を正し……。

 ある者は、決意と共にうなずく。

 そして、最後の一人……この場における唯一の少女が、薄い笑みを浮かべた。


「型落ちしたとはいえ、現行機であるアルカスを秘密裏に調達しての参陣……。

 その一事のみで、この場へ集いし者たちの覚悟は証明されておりましょう」


 少女は、カーチスのそれに比べればやや薄い色合いの金髪を、一つに結んで垂らしており……。

 いかにも理知的で、見ようによっては冷たい印象も受ける。

 しかし、この少女が、胸の内で激しく愛国心を燃やしていると、この場にいる誰もがよく知っていた。


 ――キエラ・ローマール。


 ロンバルド王国において、名門として名高いローマール家の息女である。

 そして……。


「済まない、キエラ。

 戦力が不足しているとはいえ、君までも魔動騎士として働かせることになってしまって……。

 何しろ、君は兄上の……」


 カーチスの言葉を、キエラが手で制した。

 その上で、堂々とこう告げたのだ。


「確かに、私とアスル殿下は婚約関係にあります。

 しかしながら、それもこれも、より良い国を造ろうという国王陛下と父上の考えあってこそ。

 ですが、お二方は間違えました。

 真にロンバルド王国を栄えさせるためには、アスル殿下が王となってはなりませぬ」


「ああ……」


 その言葉に、カーチスのみならず、同士たち全員がうなずく。


「国土面積、約二十倍……。

 近年算出されるようになった国民総生産、十五倍……。

 保有マギアの数、実に十二倍……。

 それが、超大国アレキスだ。

 特に、マギアの保有数に関しては、まだまだこんなものではない。

 かの国が本気になって生産力を上げれば、戦力差は二十倍以上にも膨れ上がるだろう」


 すらすらと第二王子が述べた、あまりにも圧倒的な国力差……。

 それを認識していない同士たちではない。

 しかしながら、数字という決してくつがえらない目安をこうして言の葉に乗せられると、あらためて絶望的な差であることを実感できた。


「そのような国に対し、武力をもって抗うなど、正気の沙汰ではない。

 かの国に対しては、どこまでも恭順し、その繁栄に便乗するべきなのだ。

 仮に、他国から飼い犬のようだと揶揄やゆされようとも、な……」


 どこか、薄暗い色をその瞳に宿しながら、カーチスが告げる。

 その言葉に、志を同じくする少年たちと少女は、またもうなずいてみせたのだ。

 全ては、この国をより良い方向へ導くために……。

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