友達

「ん……完勝……。

 魔力も、まだまだ余裕ある……」


 頭部が切り飛ばされ、擱座かくざするペガを見やりながら、そうつぶやく。

 吐き出す息が満足げであることを、自覚する。


 すでに竜を地に叩き落したことで、本機――アルタイルの有用性は、実証されたに等しい。

 しかし、あのように強大な魔獣は例外中の例外であり、やはり、対マギア戦でこそ、マギアの真価は試されるのだ。

 そして、それは当然ながら、搭乗者の実力が真に試される場ということでもあった。


「お姉ちゃんが言ってた通りだ……。

 私は……強い……!」


 誰にも見られていないのをいいことに、操縦席内で薄い胸を張る。

 確かに、あのペガという機体とアルタイルとでは、隔絶した性能差があるといっていいだろう。

 だが、同じ機体同士で戦闘したとしても、負ける気は全くしなかった。

 そもそも、イルマが実際にマギアへ乗り込んだのはこれが二回目であり、瞬間移動めいた挙動も、空中静止を織り交ぜた立体的な格闘戦法も、今、この場で考案したものなのである。

 相手が十分に機体へ慣熟していたことを思えば、条件はイーブン……は、言い過ぎにしても、魔動騎士の腕前次第でもっと見せ場を作れたことだろう。


「いいぞ、イルマー!

 アルタイルー!」


「どこから来た何者なのかは知らないが、あんたはもうこの国の英雄だーっ!」


「こっちを向いてー!

 手を振ってー!」


 そのように回顧していると、観客席から熱烈な歓声や、あるいは黄色い歓声が降り注いでくる。


「えっと……お姉ちゃんは確か……」


 このような時、姉はどうしていたと言っていたか……。

 それを思い出し、その通りに自機を操る。

 すると、アルタイルはソードを手にしていない片手を掲げ、場内の観客席を見回しながら手を振ってみせた。


 ますます、歓声が強くなる。

 それらは、アルタイルの性能や、あるいはそれを操縦するイルマの腕前を讃えるものであり……。

 銀髪の少女は、今までに感じたことがないほどの誇らしさで、装甲越しにそれを受け取っていた。


 だが、不意にその歓声が止まる。

 注げるだけの言葉を注ぎ終えた……。

 あるいは、さすがに声を張り上げることへ疲れた……。

 その、どちらでもない。


 一人の人物が闘技場内へ姿を現わしたため、自然、歓声を止めたのである。

 その人物こそ、他でもない……。

 この国の第一王子、アスル・ロンバルドその人であった。

 いつの間にか貴賓席から姿を消していた彼は、闘技場内へと降りて来ていたのである。

 そこは、王族たる者の余裕ということだろう……。

 闘技場に敷かれた川砂の上を、黒髪の王子がゆっくりと歩む。

 そして、彼がアルタイルとペガ……勝者と敗者の中間地点に達すると、またもや歓声が湧き起こった。


 しばらく、それを待った後……。

 アスル王子が、そっと右手を掲げる。

 すると、指揮者の支持を受けた奏者のごとく、観客たちは鳴り止んだ。


「諸君……!

 まずは、勝者であるイルマと、その乗機アルタイルに、盛大な拍手を……!」


 朗々たる声で王子が告げると、求められるまま、万雷の拍手が沸き起こる。

 それが収まるのを待って、王子は再びこう告げた。


「続いて、及ばぬものの、持てる力の全てをぶつけた敗者……我が妹にも、どうか拍手を!」


 またも、拍手が降り注ぐ。

 今度の拍手も、先のそれと比べて劣るものではなく……。

 破れてなお、あの姫君が持つ人気は衰えていないことがうかがえた。


「イルマ、どうか機体を降りて来てくれるか!?」


「あ、はい……」


 拡声器を使っていないため、届いていないことは分かっているのだが、ともかくそう返事する。

 まずは、格納できぬソードを地面に突き刺し……。

 そして、魔水晶を通じてその意思を伝え、アルタイルを再びペンダントの姿に戻した。


 ――シュルリ!


 ――シュルリ!


 ……と、機体を構成する各部品が糸を抜かれた衣服のようにほどけ、布状の金属へと変じていく。

 そして、それらは徐々に縮小しながら組み合わさっていき、機体を分解すると同時にかかるよう仕組まれている浮遊魔術で降りていくイルマの胸元へと、収まっていった。

 闘技場内に敷かれた川砂はきめ細やかで柔らかく、音も立てずその上に着地する。


 機体を顕現させた時と同様、今のも人々の心を打ったのだろう。

 またもや、歓声が湧き起こった。


 その様子を見て満足そうにうなずいていたアスル王子が、今度は擱座かくざするペガの方を見やる。


「元より! 今回の一戦は、我が妹が抱いたわだかまりに端を発するもの……!

 しかし、この決着をもって、それは氷解したものと考える!

 オレリアよ! それで良しとするならば、機体を降りて自らの言葉を詫びよ!」


 王子の言葉を受けて、人々の視線が一斉に頭部を失ったペガへ集まった。

 そして、それへ応えるように……。

 バクン、という音を立てながら、ペガの胸部装甲が展開したのである。

 そうすることで露わとなった内部の操縦席から、オレリア王女が立ち上がった。

 そして、装甲の内側に仕込まれている格納式のワイヤーウィンチを使い、闘技場の上へと降り立ったのだ。


 その姿は堂々としたもので、敗戦による気の落ち込みというものは感じられぬ。

 破れてなお凛々しい姿を見せる黒髪の王女は、一歩、また一歩と、敷かれた川砂の上を歩んできた。


「うん……。

 それでいい……。

 さあ、仲直りの握手を――」


 残り数メートルというところで、アスル王子は妹の姫にそう告げたが……。

 なんと、彼女は言い終わるのを待たず、全速力で駆け出してくると、イルマの両手を握ってきたのだ。


「すごい……!

 すごい! すごい……!

 イルマ! 君の作ったマギアも、君自身もすごいよ!」


 そして、そのまま握った両手をぶんぶんと上下に振り回す。


「あ、あわわ……」


 長年、ひきこもり生活をしてきたイルマに抗うすべなどあるはずもなく、ただ、なされるがままに握られた腕を振り回されていた。


「あの、オレリアよ……?

 俺の話を……」


「本っ当にすごい!

 あれとイルマに比べたら、ペガもお兄様もカスだ!」


「どうも、カスでーす。

 あの……俺の話を……その……ね……?」


 興奮したオレリア王女は、割って入ろうとする自分の兄をガン無視して熱烈な視線を自分に向けてくる。

 そして、ついに感極まったのか、イルマの首を抱えるようにしながら抱き着いてきたのだ。


「わ、わわ……」


 当然ながら、イルマの筋力でこれを支えられるはずもなく……。

 二人仲良く、闘技場に敷かれた川砂の上へ倒れ込む。


 ――オオォーッ!


 すると、一体何が嬉しいのか、闘技場内に再び大歓声が湧き上がった。


「う……うきゅ……お、重い……」


「あ、ごめんっ!」


 がばりと、自分へ馬乗りになったまま、オレリア王女が姿勢を正す。

 ……何となく、捕食者に捕らえられた被捕食者のような気分になった。


「あらためて、非礼を詫びるよ!

 そして、その上でどうか、あたしの願いを聞き入れて欲しい!」


 あえて、そうしているのだろう……。

 闘技場内に響き渡るほどの大声で、オレリア王女がそう言い放つ。

 そして、観客が声を止めるまで待った後、そっと右手を差し出してきたのだ。


「……イルマ。

 あたしと、お友達になってくれないか?」


「友……達……」


 ――ともだち。


 その言葉を、反芻はんすうするようにつぶやく。

 それは、今までの人生で存在しなかった概念……。

 イルマは今、姉以外の人間から、初めて絶対的な好意を向けられていた。


 絵物語などを読んで夢想したのとは、あまりにかけ離れた状況……。

 そもそも、馬乗りになった状態からそれを請うなど、聞いたこともない。

 しかし、イルマはそっと自分の右手を差し出し……。

 オレリアの……初めて出来た友達の手を、握ったのである。


「なる……。

 なり……ます……」


「うん!

 よろしく! イルマ!」


 二人を祝福するように、歓声と拍手が降り注ぐ……。

 そんな二人の間近にいるアスル王子は、やれやれといった風に肩をすくめると、腰に手をやったのだった。

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