地対地

「これは……っ!?」


 驚きの声を上げた父王と共に、貴賓席から身を乗り出す。

 たった今、目にしたもの……。

 それは、アルタイルが背負った翼の、意外な活用法だったのである。


「背部の翼を起動させることで、地を滑るように移動してみせた……。

 いや、これはただの移動じゃない……。

 もはや、瞬間移動だ」


 あの一瞬……。

 アルタイルは背部の翼を広げ、再び魔力の光をそこに宿した。

 すると、機体本体には一切の兆候を見せず……。

 ただ、翼から発された推進力に従って、一瞬でオレリアが駆るペガの横をすり抜けたのである。

 そして、再び翼から光を発し、今度はペガの真後ろへと移動したのだ。


 点から点への、あまりに速すぎる機動……。

 アスルが、これを瞬間移動と称したのも、無理はないことであろう。


 そこからは――肘打ち。

 翼の推進力も乗せての一撃を後頭部に受け、オレリアを乗せたペガは闘技場の地面に倒れ込んだ。

 マギアの巨体が倒れ込むことにより、闘技場内に敷かれた川砂が巻き上げられる。


 しん……とした、静寂が場内を支配した。

 そして、しばらくすると……。


「うおおーっ!」


「見たか!? 今の!」


「ああ、こう……ギュン! ギュン! ってな!」


「一瞬でオレリア様の攻めをかわして、背後に回り込みやがった!」


 ようやく事態を飲み込めた観客たちが、大声を上げる。

 歓声を浴びる白銀のマギアは、そのまま追撃を加えることはせず……。

 ただ、オレリアのペガが立ち上がるのを待ち構えていた。


『く……。

 おのれ……!』


 立ち上がると共に振り返ったオレリア機から、悔しげな声が漏れる。

 アルタイルは……それに搭乗したイルマは、答えることをせず……。

 再び半身に構えると、ちょいちょいと手招きをしてみせたのだ。


『こいつ……!

 一度ならず、二度までも……!』


 オレリアの激昂する声が、ペガの拡声器を通じて放たれる。

 無理もあるまい……。

 もし、アルタイルが武装を放棄していなかったなら……。

 肘打ちではなく、エンチャントソードを叩き込まれていたのなら……。

 オレリアが駆るペガの首は、たちまち胴体と泣き別れになり、一瞬で決着はついていたのだ。


 挑発的行為をするに足るだけの、圧倒的な性能差……。

 それを見せつけるための生け贄とされたのだから、プライドの高い妹には耐えきれまい。


「オレリア! 挑発に乗るな!

 冷静に戦えば、読めぬ動きではないはずだ!

 先ほどの構えを思い出せ!」


 そんな妹に対し、朗々たる声でそう告げる。

 すると、再び突進しようとしていたオレリアのペガは、ハッと我に返り……。

 しっかりとシールドを構え、油断なく防御を固めたのであった。


「どうやらお前も、妹はかわいいと見えるな」


 そんな自分の様子を見て、隣の父王が笑いかける。

 しかし、そんな彼に対し、アスルは首を横に振った。


「それもないではありませんが、このまま見せ場もなく倒されてしまっては困るということです。

 せっかくの機会なのですから、あの機体が持つポテンシャルを、可能な限り見せてもらいたい」


「お前、実の妹を、そんな生け贄のように……」


「この試合を臨んだのは、あの娘自身……。

 ならば、可能な限り国益へ寄与してもらわねば」


 自身、冷たい声であることを自覚しながら、そう告げる。

 それは、この国を背負うことになる第一王子として……。

 そして、マギアという兵器が戦場にもたらす影響力の強さをよく知る魔動騎士として……。

 必然の行動であった。


「さあ、見せてみろ……。

 頭を冷やし、受けの構えを取った相手を、お前はどう処する?

 先ほどの機動は、見事なものだったが……。

 いかに速かろうと、直線的な動きばかりで通じるほど、俺が妹は甘くないぞ?」


 闘技場を見下ろしながら、そうつぶやく。

 目的は異なれど、観客たちも思いは同じなのだろう。


「どうしたっ!?

 今度は自分から攻めてみろ!」


「オレリア様のシールド捌きをかいくぐれるかっ!?」


「何なら、落とした武器を拾ってもいいぞ!」


 次々に、そのような言葉が降り注ぐ。

 オレリアが乗ってこないことを、悟ったのだろう……。

 白銀のマギアが、片手での挑発行為をやめる。

 そして、半身に構えた体勢のまま、ぐっと腰を落とした。

 背部に取り付けられた翼が、魔力の光を宿す。


 ――また、瞬間移動じみた動きで横をすり抜けるのか?


 先の衝撃が抜けきっていないのもあり、誰もがそう考える。

 だが、そうではない……。

 そもそも、翼というものは、飛翔するためにこそ存在するのだ。


 ――グンッ!


 またも機体本体には徴候を見せず、アルタイルが空中へ飛び上がる。

 今度のそれは、上空へ飛翔するそれではなく、半ば跳躍じみた挙動だ。

 そのまま空中で身を捻ったアルタイルが、地に頭を向けた状態から蹴りを叩き落とす。


『見えているぞ!』


 しかし、それは通じない。

 アスルの言葉で頭を冷やしたオレリアは、シールドを掲げることでその蹴りを防――。


「――いや、違う!」


 唯一、アルタイルの……イルマの狙いを読んだアスルが、そう叫ぶ。

 その読み通り、アルタイルは蹴りがシールドへ触れる寸前、ぴたりと空中で静止し……。

 その状態から身を捻ると、ペガのシールドを内側から蹴り上げたのだ。

 上へフェイントを入れられた状態で、下方からの素早い蹴撃しゅうげき……。

 オレリアはこれに対処しきれず、ペガのシールドは跳ね飛ばされた。


 この機を、逃すイルマではない。

 守りの要を失ったペガに対し、アルタイルの蹴りが次々と叩き込まれる。

 翼を利用し、時に空中を跳ね回り、時に空中へ静止しながら放たれるそれは、上下左右様々な角度から襲いくる立体的な攻撃であった。


『――くうっ!?

 うあっ!?』


 これに、オレリアのペガは対処することができない。

 変幻自在の角度から放たれる蹴りは、彼女の機体を一方的に痛めつけ続け……ついに、シールドへ続いて右手のソードも蹴り上げられてしまったのだ。

 それを見逃さず、アルタイルが跳ね上げられたソードを素早く掴み取る。

 そして、ようやく地へ降り立つと共に、横薙ぎの一閃を放った。


 沈黙が、闘技場の中を支配し……。


 ――ズンッ!


 次いで、切り飛ばされたペガの頭部が、闘技場の地面へ落ちる。


 ――ワアァーッ!


 奪ったソードで残心する白銀のマギアへ、ロンバルド国民の熱狂的な歓声が降り注いだ。


「勝負あり!」


 予想を超えるアルタイルの超性能を目にしたアスルは、それに満足しながらも手を掲げ、そう宣言したのである。

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