空対地
「いけない、忘れてた」
この闘技場に訪れた、本来の目的……。
オレリア王女とマギア戦の最中だったことを思い出し、上空に制止する。
観客たちの反応があまりに良かったため、ついつい、対戦相手の存在を忘れてアルタイルのお披露目へ集中してしまっていたのだ。
『なるほど! ペンダントから顕現させられるというのも、空を飛び回れるというのも嘘ではなかったようだな!』
人間がそうするように、自機の肩を剣の腹で叩きながら、オレリア王女がそう告げる。
そして、何かを思い出したように貴賓席の方へ専用ペガの頭部を向けた。
『いや、お兄様の言葉を疑っていたわけではないですよ?』
その言葉に、観客席からどっと笑いの声が起こる。
おそらく、このパフォーマンスはわざとであろう。
あえて、とぼけたやり取りを交えることで、観客の意識を再び自分の方へと取り戻したのだ。
誰かの声援を受けることが力となるのは、たった今、イルマが体験したばかりのことである。
それを巧みに操り、自分の方へ向けさせるのは、この闘技場という戦場におけるオレリア王女の場慣れを感じさせた。
『さておき、だ……』
頭部を再び上空に向けたオレリア王女のペガが、軽く肩をすくめてみせる。
『今回の勝負は、最初にお兄様が告げた通り、ソードとシールドを用いての白兵戦だ。
いつまでも飛び回っているばかりでは、永遠に決着がつかないぞ?
いや、むしろ戦意なしと見なすべきであると思うが、国民の皆さんはどうかな?』
今度は、観客席に向けて問いかけた。
「そうだ! そうだー!」
「飛び回れてすごいのは分かったが、いい加減に戦うところを見せてみろ!」
すると、観客たちが同調し始め……。
先ほどまでの声援はどこへやら、上空に向けて野次を飛ばし始めたのである。
「あう……皆、冷たい……」
あっさりと手のひらを返された事実に、操縦席の中で身をすくませた。
イルマの意思に従って、アルタイルが徐々に高度を落とし始める。
「だったら、また……振り向かせる」
しかし、イルマ本人は、この状況を楽しみ始めている自分に気づいていた。
「ただ、勝つだけじゃない……。
皆を最高に盛り上げて、その上で、勝つ……。
私とアルタイルなら、やれる……!」
魔水晶を通じて、魔力と意思を注ぎ込む。
イルマが生み出した白銀のマギアは、それへ確かに応えてみせた。
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「おそらくは、上空から急襲しての一撃離脱戦法でくるだろうな……」
狭苦しいペガの操縦席で、油断なく自機の眼を向けさせながら、オレリアがそうつぶやく。
あのアルタイルなる、白銀のマギア……。
その背に備えられた白鳥のごとき翼が伊達ではなく、鳥類もかくやという立体的な機動が可能であることは、たった今、実証されたばかりだ。
もしも、これがフレイガンを用いれる実戦であったなら、オレリアは早々に勝負を諦めていたに違いない。
向こうは自由自在に空を飛びながら銃撃してくるというのに、こちらは地を這いながら対空射撃するしかないのでは、どちらに利があるかは考えるまでもないのである。
それを思うと、兄が語った竜退治の困難さも浮き彫りとなってくるが……。
ひとまず、それは忘れ、目の前の試合にのみ集中した。
先ほど、挑発の意図も込めて語った通り、これはエンチャントソードとシールドを用いての白兵戦だ。
ならば、相手の戦法もおのずと想像できる。
そして、それはオレリアにとって、十分な勝機を見い出せる戦法なのだ。
「上空からこちらに急降下し、剣を振りかざす……。
それは、直線的な動きだ。
どれだけ速くても、あたしに対応できないはずがない」
手すりへ取り付けられた魔水晶に意思と魔力を注ぎ込み、ペガに迎撃態勢を取らせる。
左手のシールドを前面に押し出し……。
深く腰を落とし、右手のソードをいつでも突き出せる構え……。
これこそが、オレリアがこの試合において見い出した必勝形であった。
こちらから攻める
ゆえに、シールドを前面に押し出すことで相手の初撃を受け流し、体勢が崩れたところへ右手のソードを叩き込むのだ。
通常の白兵戦ならば、フェイントや牽制、時には組み打ちなど、様々な選択肢がある。
だが、あのアルタイルというマギアは、抜群の飛翔力を持つが故に、この試合形式においては、本来無限であったはずの選択肢を一本に狭めてしまっているのだ。
「さあ、来い……!
返す刃で、その首を叩き落としてやる……!」
徐々に高度を落とす白銀のマギアへシールドを突き出しながら、仕掛けてくるタイミングを図る。
図ったが……しかし、なかなか仕掛けてくる様子がない。
いや、これは……。
「着地した、だと?」
アルタイルが見せた動きに、驚きの声を上げてしまう。
それは、観客たちや、果ては貴賓席にいる兄も同様であり……。
皆が皆、身を乗り出す。
「一体、どういうつもりだ?」
拡声器を通じての言葉に、アルタイルは……その操縦席にいるイルマというあの女は、何も答えない。
代わりに、せっかく受け取ったはずのソードもシールドも、闘技場へ敷かれた川砂の上へ突き刺してみせたのである。
戦わずして、負けを認めたのか?
……そうではない。
アルタイルは半身に構えると、こちらに向け、ちょいちょいと手招きをしたのだ。
明らかな、挑発。
「――舐めるなっ!」
これに、オレリアは激昂した。
ただ、地に降り立っただけならば、分からないわけではない。
こちらの戦術を読んだ上で、あえてそれには乗らず正統の白兵戦を仕掛ける……。
むしろ、好感すら抱く選択だ。
しかし、この相手は、ただ地に降りたのみならず、武装すら放棄した。
その舐め切った態度は、到底、許容できるものではない……。
オレリア・ロンバルドこそは、兄アスル・ロンバルドと並び、この国を背負い立つ魔動騎士であるのだ。
「――おおっ!」
魔水晶に意思と魔力を注ぎ込み、ペガを突進させる。
最新鋭のマギアは力強く敷かれた川砂を踏み締め、見る見る内に間合いを詰めていった。
「背部にデッドウェイトを負って勝てるほど、このオレリア・ロンバルドは甘くない!」
すでに付与された魔力も霧散し、背部で畳まれている敵機の翼は、マギア同士の白兵戦においてはただの重りとしかならない。
ゆえに、オレリアは絶対的な優位を感じながら、自機へソードを突き出させたのだが……。
その瞬間、アルタイルが再び、背部の翼を広げる。
同時に、白銀の機体がこつ然と消え去り……。
「――くあっ!?」
オレリアは、自機の後頭部に強い衝撃が加えられたのを感じていた。
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