顕現

 本日、急に開催されることが決定したマギア同士の戦い……。

 これに駆けつけた人々がどちらを応援しているかといえば、それは当然ながらオレリア王女であった。


 かの姫君が、魔動騎士の資格を得たのは、昨年……。

 年齢と性別を考えれば、あまりに異例のことであり、当初、国民たちは、ワガママな姫の願いを、王が娘かわいさで叶えたのだろうと噂し合ったものだ。

 しかし、実際に闘技場へ彼女が姿を現し、見事なマギアの扱いを見せると、その評価は一変することとなる。


 初戦の相手は、長年マギア隊で勤め上げた熟練の魔動騎士であったが、彼女が駆る機体は、これを苦もなく打ち倒しエンチャントソードを掲げてみせたのだ。


 人々はその光景を見て、大いに湧き上がった。

 特に、女性たちの盛り上がりぶりは、いっそ異常であるといってもいいだろう。

 魔動技術が発達して以降、今や女性は、女工など様々な形で社会へと進出している。

 しかしながら、王国社会は……ひいては、この大陸においては、まだまだ男性優位であるのが現状なのだ。


 だが、マギアを介してのものとはいえ、武芸という男性の聖域において、年若き少女が勝利してみせた。

 ロンバルドの女たちにとって、それは新しい時代の到来に思えたのである。


 しかも、それを成し遂げたのは、実に可憐な姫君であったのだから、これが人気にならないわけがない。

 今や、オレリア王女は、第一王子アスルと国民人気を二分するほどの存在なのだ。


 そのようなわけで、闘技場に押しかけたほとんどの人々がオレリア王女を応援していたわけであるが、では、対戦相手を注目していないのかといえば、これは嘘になるだろう。


 王都から目と鼻の先にある山岳地帯へ竜が飛来したのは、知らぬ者がいない事実であり……。

 アスル王子率いるマギア隊が、これの討伐に成功せしめたのもまた、知らぬ者のいない出来事である。


 何しろ、王子らの操るペガは竜の死体を牽引し、フィングの目抜き通りを堂々と練り歩いているのだ。

 竜という天災の襲来に怯えていた人々は、それを見て、熱狂したものである。

 だが、同日の夕方頃から、状況は変わり始めた。


 ――竜の討伐へ真に貢献したのは、王子らの駆るマギアではない。


 ――遥か遠方からした謎のマギアこそ、真に竜を打ち倒した存在なのだ。


 そのような噂話が城勤めの者を通じ、王都中へ広まっていったのである。

 これは、アスル王子が国民の誤解により人気が高まるのを嫌ったからであり、同時に、その事実を一切口止めしなかったからであった。


「王子を救った人物とは、いかなる人間なのだろうな?」


「俺は、乗っているというマギアが気になるぞ。

 なんでも、空を飛ぶとかいう話だが……」


「それは、さすがに噂へ尾ひれが付いているんじゃないか?

 マギアが空を飛ぶなんて、考えられないぞ」


 闘技場の観客たちが、口々にそのようなことを言い合う。

 一方、観戦に訪れた魔動騎士など、子細を知る者たちは、王子の言葉が真実であることを確認するべく固唾を飲んでいた。


 対戦者が姿を現したのは、そのような時である。

 闘技場に姿を現した人物を見て、何も知らぬ国民たちが驚きの声を上げた。

 何故ならば、その人物こそは……。


 ――抜群の美少女。


 ……だった、からである。


 銀色に輝く髪は、腰の辺りまで伸ばされており、闘技場内を吹く風が、時折これを揺らしている。

 小柄であるため、少々幼い印象を受けるが、それでも十代の半ばは超えており、オレリア王女よりは歳上であるとうかがえた。

 その顔立ちは、猫科の幼獣めいていて愛くるしく……。

 群衆に慣れていないのか、観客席を見上げてはびくついた様子を見せるのが、何やら庇護欲を注ぐ。

 着ている装束は、オレリアと同様に軍の正装へスカートを合わせたもので、太ももの辺りまで覆うブーツが、かえって見えている地肌を輝かせる。


 総じて、オレリアとは対極的な……。

 しかし、間違いなく、そうそうお目にかかれない美少女なのであった。


 観客たちは、可憐な少女が姿を現したことにも驚いたが、もう一つ、驚いたことがある。

 そう……。


 ――マギアはいずこに?


 ……このことである。


 言うまでもなく、今回の戦いはマギア同士の魔動騎士戦であり、魔力で動く巨人の存在が必要不可欠だ。

 しかし、対戦相手であるはずの少女は、これに搭乗して現れなかったのである。


「マギアがいない……。

 これは、どういうことだ?」


「王家を愚弄しているのか?」


「いや、アスル殿下もグスタフ陛下も、落ち着いておられるぞ」


 観客たちが語り合う通り、貴賓席の王と王子も、ペガの手に乗って待ち構えるオレリア王女も落ち着き払った様子であり……。

 となれば、野次などを飛ばすわけにもいかず、観客たちはただ黙って見守ることにした。


「よく姿を現したな!

 しっぽを巻いて逃げ出さなかったことは、褒めてやる!」


 兵たちや聴衆へ届くよう、大きな声を出せることもまた、王族の資質……。

 オレリア王女はそれを遺憾なく発揮し、おどおどしながら川砂の上を歩く対戦者に呼びかける。

 銀髪の少女は、それに何も答えず、とにかく歩くことへ専念しているようであり……。

 どうにか、所定の位置――闘技場の中心部へと、辿り着いたのであった。


 銀髪の少女が対戦者であるオレリア王女……そして、闘技場へ押し寄せた国民たちが座る観客席を見回す。

 その様は、まことに怯えきっており、捨てられた子猫を思わせたが……。

 少女はやがて意を決し、胸元のペンダントを握り締める。


 果たして、何をするつもりなのか……。

 この場へいる全ての者が見守っていると、それは起こった。


 ペンダントを構成する金属が、糸を抜かれた服のようにほどけていき、布状となる……。

 そして、それらは徐々に大きさを増すと共に、複雑な絡み合いを経てマギアの各部品を構成していったのだ。

 中途の過程で、銀髪の少女も内部に取り込まれ、やがて、一機のマギアが闘技場内に顕現する。


 全体的に鋭角なシルエットは、伝え聞くアレキス製マギアの特徴と一致しているが、もう一つの特徴であるスリット状の眼は持っておらず、代わりに、人間のそれを思わせる一対の鋭い眼が備わっていた。

 機体は白銀に塗装されており、闘技場内へ降り注ぐ陽光を反射し、きらきらと輝いている。

 最大の特徴は、その背だ。

 まるで、白鳥のような……。

 純白の翼が、背部に備わっているのである。


 およそ、見たことも聞いたこともない謎のマギア……。

 ペンダントから変形と巨大化を経ることで完成したそれを見て、観客たちが息を呑む。


 それは、詳細を聞いていた魔動騎士など城中の関係者も同じであり……。

 皆が皆、ただ圧倒されていたのである。


「対戦者イルマの機体――アルタイルに、武器をもて!」


 立ち上がったアスル王子が、そう命じた。

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