決闘
――勝負。
突然、それを言い渡されたイルマは、どう答えたものか分からず、ただ目をぱちくりとさせた。
「形式はもちろん、互いにマギアへ搭乗しての魔動騎士戦!
場所は、闘技場!
時間は、十五時ピッタリだ!
いいな!?」
そんなイルマのことを気にせず、オレリア王女が次々と条件を付与してくる。
そんな妹を見て、アスル王子は天を仰いでいたが……。
「……オレリアよ。
俺の話を聞いていなかったのか?
イルマに対する非礼は、俺への……ひいては、ロンバルドそのものへのそれであると心得よ」
しばらくすると気を取り直し、妹をそういさめた。
いさめた、が……。
「だって!」
……当の姫君には、あまり効果がなかったようである。
「羽が付いてるんだか何だか知らないけど、こんな奴のマギアは大したことないんだ!
あたしが、それを衆人環視の中で知らしめてやる!
そしたら、国民だって理解するはずだ!
竜を倒せたのは、あくまでお兄様の実力!
こいつの変なマギアは、ただその場に居合わせただけのオマケだって!」
――ピキリ。
と、心のどこかで音が鳴ったのを、イルマは感じていた。
それは、何か重大なモノがひび割れ、決壊する音であり……。
あるいは、何かを締め付けている紐が、千切れた音だったのである。
「お前……。
そんなんだから、他国へ出せないんだぞ?
よいか?
お前は、三人しかいない俺たち兄妹の中で、唯一の女子なのだから、もうちょっとその辺りを自覚してだな……」
「あー!
出た出た!
お兄様の、女の子は女の子らしく理論!
マギアが戦場を支配する時代に、男も女もないでしょ!?
あたしは、魔動騎士としてそれを証明してやるんだ!」
「強い王族というのは、一戦闘単位で強い人間という意味ではない。
俺とて、よほどの非常事態でもなければ自分が出撃するような真似はせんのだ。
そもそも、お前そんなこと言っといて、ズボンじゃなくスカート履いてるじゃないか?」
「これはいいんですー!
スカートの方がかわいいんですー!
人には、自分をよりよく見せる権利があるんですー!
お兄様だって、妹がかわいい格好してた方が嬉しいよね?」
「そりゃあ、まあ……。
いや、違う。そうじゃない」
そんなイルマをよそに、ロンバルドの王子と王女は次々と言葉を交わしていたが……。
どうも、二転三転と話をすり替える妹に対し、兄の方は劣勢であった。
この男、どうやら論戦というものにすこぶる弱い。
「……ける」
そんな兄妹喧嘩を前に、イルマはぽつりとそうつぶやく。
「……ん?」
「どうした? 何か言いたいことがあるのか?」
それを聞き取り、ようやく二人の王族がこちらを向いた。
そんな二人を見ると、イルマは人生で初めて、姉以外の他者にハッキリと自分の意思を伝えたのである。
「勝負、受ける……。
受け、ます」
「これで、双方合意だな」
その言葉を聞き逃さず、オレリア王女がうなずく。
「いや、イルマ……。
妹のたわ言に、付き合う必要は……」
アスル王子がいさめようとしてくるが、そんな彼に自分の思いを伝える。
「さ、三回も、アルタイルのことを馬鹿にした……。
あの子は、大したことないマギアじゃ、ない。
私が作り上げた、世界で一番の機体……」
「ほう、アルタイル。
ほう、私が作り上げた」
アスル王子が、何やら全力で心の中へ書きつけているのを尻目に、オレリア王女を見た。
「あ、あのペガというマギアは、目じゃない……です」
「いいだろう。
だったら、実力でそれを示してもらおうじゃないか?」
腰に手を当て、ふんぞり返るオレリア王女と視線をぶつけ合う。
互いの間で、何かがバチバチと音を立てているのが感じられる。
これは、初めての感覚であった。
「勝負の条件は、さっき言った通りだ!
言い訳は聞かないから、しっかりと体調を整えておくんだな!
お兄様も、それでいいよね?」
「あー……まあ……うん……。
もう、この際、好きにするがいい」
妹の言葉へ、アスル王子はやや投げやりに答え……。
こうして、イルマは人生初の決闘へと臨むことになったのである。
--
一つの国家が文明国として昇華されるには、野蛮な時代が必要不可欠なものであり……。
王都フィングの闘技場は、ロンバルド王国史に存在した蛮性を象徴する建築物であるといえた。
かつての時代は、ここで剣闘奴隷たちが命をかけて戦い、民衆は彼らが流す血と汗を見て歓声を上げたものなのだ。
しかし、現在、この闘技場で戦うのは、皮鎧をまとった闘士たちではない。
戦車戦や集団戦など、様々な催しに対応するため建築された闘技場は、十分な広さを持っており……。
今ではそれを活かし、魔動騎士たちの腕を高めるため、マギア同士の戦いが定期的に行われているのだ。
魔水晶を用いれば仮想戦は可能であるが、実戦における部品の消耗率など、実際に機体を動かさねば分からぬ事柄は数多く……。
また、観客として訪れる国民からの観戦料や賭け金が得られるのに加え、戦意高揚の効果も期待できるのだから、これは一石で何鳥もの成果がある施策であった。
そんな闘技場の中心部……。
川砂が敷かれた上に立っているのは、一機のマギアである。
曲線が複雑に絡み合うことで構成された機体には、騎士が身にまとう鎧のごとく細かな装飾が施されており……。
頭部の一つ目は、建国王が打倒したというサイクロプスを思わせた。
――ペガ。
アレキスに対抗するべく、ロンバルド王国が開発した最新鋭のマギアである。
ただし、一般機とは異なり赤紫の塗装が施されており、これは本機を預かるオレリア王女のこだわりであった。
専用機をもってこの戦いへ臨んだオレリア王女は、愛機の右手に乗っており……。
「オレリア殿下ーっ!」
「我が国の実力を見せてくれーっ!」
観客席を見上げて手を振る彼女へ、国民からの熱い声援が降り注ぐ。
急に決まった試合にも関わらず、観客席はほぼ満席であり、この闘技場で行われる試合に対する国民からの注目度と、闘技者であるオレリアの人気をうかがい知ることができた。
「まったく、大人気だな。
我が妹は……」
貴賓席からそんな妹の様子をうかがっていたのは、アスル王子である。
彼の隣には、初老の人物が座っており……。
王冠を被ったその人物こそは、現国王グスタフ・ロンバルドその人であった。
「無理もあるまい。
オレリアは、この闘技場で連戦連勝を重ねており、その戦績はお前に次ぐ。
いずれ、追い越されるやもしれぬぞ?」
「なあに、まだまだ妹には負けませんよ。
しかし、父上はよいのですか?
いやしくも王女であるオレリアが、こんな所でマギアを乗り回して……」
肩をすくめながら尋ねる息子に、同じような仕草を見せながら父王がうなずく。
「魔動技術が発達すると共に、人のあり方というものはどんどん変化していっている。
実際、かつての時代は、女工など考えられもしなかったしな……。
存外、頭が固いのはお前の方で、オレリアこそが未来を見据えているのやもしれんぞ?」
「仮にそうだったとして、それは時勢を読んでいるのではなく、単にお転婆が過ぎた結果に過ぎませんよ。
……ところで」
アスルはそう言うと、父王とは逆側……。
自分の隣に存在する、空席を見やった。
「カーチスは、結局、来ませんでしたね」
「ふむ……」
息子の言葉に、王が物憂げな顔をしてみせる。
「あやつは、兄妹の中で唯一、母親が違う身……。
ゆえに、思うところがあるのも分かるが……。
もう少し、歩み寄る姿勢があればよいのだがな」
「カーチスも今年で十五です。
成人の儀も終え、何かと思うところがある年齢ですから。
このような時は、いたずらに距離を詰めようとするのではなく、そっと見守ることも必要かと」
「頼むぞ。
ただでさえ、アレキスという外憂を抱える我が国だ。
せめて、身内同士は万事仲良くしたい」
「お任せ下さい。
――お、来ましたよ」
アスルはそう言いながら、少しだけ身を乗り上げる。
視線を注ぐ先には、ついに闘技場へ姿を現した対戦者の姿があった。
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