オレリア・ロンバルド
「ひう……じゃ、邪魔……?」
寝台の上で後ずさるイルマを見て、黒髪の少女が再び口を開く。
「とぼけるな。
……昨日、お兄様の竜退治を邪魔したことだ」
それで、ようやく少女が何者であるか分かる。
まさか、第一王子の妹を詐称しよう者がいるはずもなく……。
とすれば、眼前の少女はアスル王子の妹君であり、この国のお姫様であるに違いない。
しかし、竜退治を邪魔したというのは、いかなることであろうか?
確かに、竜と名も知らぬ三機のマギアが戦っている現場に、乱入はした。
地を這うしかないマギア側は明らかに劣勢であり、フレイガンの有効射程外から火炎による攻撃を繰り返されれば、やがて全滅することは疑う余地もなかったからだ。
また、大陸最強の魔獣と称される竜に対し、アルタイルがどこまで通用するのかを試してみたかったという気持ちもある。
イルマにとって、マギアの性能追求は全ての事柄に優先する行為であり、例え、行き場を失った絶望感の中にいようとも、それを実行できるならば見逃す道理はなかったのだ。
結果は――完勝といってよい。
試作機ゆえ、武装の存在しなかったアルタイルであるが、その蹴りは竜に痛打を与え、地上へ落とすことに成功せしめたのである。
そうして振り返ってみても、救い主だ。
少なくとも、邪魔をしたとして糾弾される筋合いは何もない。
現に、竜へ止めを刺したマギアに搭乗していたアスル王子自身が、自分のことを命の恩人だと言っていたではないか。
もし、イルマに普通の会話能力があったならば、そのようなことを述べて反論を試みていたかもしれない。
あるいは、相手の地位を察して、平伏するなりしていたかもしれない。
だが、イルマはどちらもしなかった。
「あ、あう……あう……」
ただ、赤ん坊がそうするように声を漏らしながら、どうすればいいかも分からずに視線を向けたのである。
まこと、ひきこもり少女の真骨頂といってよい反応であった。
そんなイルマを見た少女が、どこか明後日の方に視線を向ける。
そして、夢見る少女がそうするように手を組み、つらつらと語り始めたのだ。
「ああ、おいたわしいお兄様……。
もし、余計な邪魔さえ入らなければ、最新鋭のマギアを駆るお兄様はたちまちの内に竜を倒し、竜殺しの英雄が一人として国の歴史に……いいえ、大陸史にその名を刻んだに違いないというのに……」
訂正しよう。
夢見る少女がそうするように、というのは間違いだ。
眼前にいるのは、夢見る少女そのものである。
確かに、ロンバルド製らしきあのマギアは、なかなかの動きをしてみせていたが……。
イルマの目からすれば、まだまだ鈍足であり、仮にオリオンと一騎討ちを演じた場合、劣勢へ追い込まれるに違いない。
まして、空中を自在に飛び回る竜からの火炎を避け続けるなどとは、夢物語に等しいのである。
そもそも、地上からのフレイガンでは有効打を与えられないというのに、どうやって倒すというのか?
「えっと……その……」
そのように頭は回るが、口は悲しいほどに回らない。
イルマがどうすることもできずにいると、少女がキッと自分を睨みつけてくる。
「お兄様の話によると、何だか不思議なマギアに乗ってたらしいけど……。
そんなもの、きっと大したものじゃない。
お兄様はお優しいから、過剰に持ち上げているようだけど」
「大したものじゃ、ない……?」
その言葉が、イルマの忘れつつあった感情を呼び起こす。
他でもない……。
――怒り。
……である。
イルマにとって、マギア開発は己の存在理由そのものに等しい。
まして、あの試作機――アルタイルは、半年間心血を注いで造り上げた手製の機体であり……。
それを馬鹿にされてしまっては、長年心の奥底に眠っていた感情が目を覚ますのは、当然のことであった。
「何だ。
言い返そうっていうのか?」
「うっ……」
刺すような視線を向けられてひるみながらも、イルマが口を開こうとしたその時である。
「オレリア、こんな所にいたのか?」
部屋の扉を開き、たった今、妹によって持ち上げに持ち上げられていた兄が姿を現す。
そして、素早くイルマの方を見ると、深々と頭を下げたのだ。
「イルマ、妹の無作法を代わって詫びよう。
こやつに付けている侍女から、事情は聞いている。
この妹……オレリアは、俺のことを尊敬してくれるのはありがたいんだが、どうも、過剰に持ち上げすぎるきらいがあってな。
しかも、それが原因で暴走することもあるのだ」
――今回のように。
言外でそう付け足しながら、アスル王子が妹を見据える。
そして、腰を落とし、その瞳を覗き込みながら切々と語り始めた。
「いいか、オレリア。
確かに、俺は魔動騎士として、国一番の使い手であると自負している。
また、あの機体――ペガは、我が国が満を持して生産に乗り出した最新鋭機だ」
――最新鋭機。
聞く者が聞けば、若干のわざとらしさと共に漏らしたことが感じ取れるその単語を聞いて、イルマの胸にある思いが去来する。
そう……。
――あんなものが?
という、感想であった。
無論、実戦投入される機体に必要なのは、機体性能のみではなく、生産性や整備性も重要であることは、重々承知している。
しかし、それらの要素を加味しても、あのペガというマギアは凡庸そのものであり……。
そんなものを最新鋭機として誇らしげに語る国の人間に、我が子にも等しいアルタイルをけなされる道理はなかった。
「だがな?
実際に目にする竜というものの強大さは、話に聞いていた以上だった。
空を飛ぶ速さは、荒鷲のようであったし、吐き出す火炎はマギアのシールドをたやすく溶かす。
しかも、高高度に陣取られてしまった上、堅牢な鱗で全身を覆っていたので、フレイガンでは傷一つ与えられなかったのだ」
そんなイルマをよそに、アスル王子が妹へ語りかける。
尊敬している兄にそう言われては、返す言葉もなく……。
オレリア王女は、ただうつむいて話に聞き入っていた。
そんな妹に、アスル王子はなおも続ける。
「そうして手詰まりとなり、かといって王都を背にしていると思えば、撤退することもかなわず……。
いずれは火炎もかわしきれなくなり、やられると思ったところに、こちらのイルマが割って入ってくれたのだ。
何度でも、重ねて言おう。
彼女は俺の恩人であり、ひいては国民の救い主だ。
その救い主に対する非礼は、例え妹であっても許すことができん。
――分かれ」
妹の瞳を覗き込む王子を見て思い出されるのは、アルマの姿であった。
生まれた時間がほんの少し違うだけの、双子……。
髪型を同じにしてしまえば、母ですら見分けがつかなくなるくらいにそっくりな、写し身と呼ぶべき存在……。
けれど、アルマは常に自分を引っ張ってくれた。
守ってくれた。
そして、何かあった際は、このように優しく諭してもくれたのだ。
そんな時、自分は素直にうなずいたものであり……。
きっと、このオレリア王女もそうするものと思えたが……。
「……もん」
「何?」
よく聞き取れず、首をかしげるアスル王子に、今度はハッキリと王女が告げる。
「そんなことないもん!
お兄様は、こんな変な女のマギアに邪魔されなくたって、きっと竜を倒してたもん!」
「いや、お前……。
だから、あの戦いは今、説明した通りで――」
「――あたしが証明する!」
兄の言葉には耳を傾けず、オレリア王女がこちらにびしりと指を突きつけた。
そして、こう宣言したのである。
「勝負だ!
このオレリア・ロンバルドが、お前のマギアなんか大したことないってこと、証明してやる!」
彼女の背後では、両のまぶたを手で押さえたアスル王子が、天を仰いでいた。
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